【1】胃の中の君彦【完結】

羊夜千尋

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変化

第十二話 変化3

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 翌日、授業が終わって教室を出ても佐野の姿がなかった。この曜日は互いに違う授業のため、登校しているのかどうかわからない。いつもならドア出てすぐのところに佐野が立っているのだが、彼女らしき人影はなかった。何をするわけでもなく立っていると、後ろから肩をたたかれ、驚いて振り向く。
「神楽小路くん、お待たせ! 授業ちょっとおしちゃって。今日は中華屋さん行こう!」
 いつもの声と笑顔にどこか安心した神楽小路は、あえて無関心を装って、
「どこでも好きな食堂にすればいい」
 と言った。

 中華屋は店名がないため、みな「中華」「中華屋」「中華食堂」と好きに呼んでいる。中華料理専門店は喜志芸には一軒だけゆえ、どう呼ぼうが大体の学生に通じる。二食のある総合体育館の一階、店内はやや薄暗いが、鍋とコンロがぶつかる音、学生の声でにぎやかである。
 佐野はイカやタコなどの魚介とキャベツ、にんじんなど野菜が山盛りの「ちゃんぽん麺」、神楽小路はちゃんぽん麺に負けず劣らず野菜の量が多く、揚げたての豚のから揚げが甘酸っぱいタレと合う「酢豚」を注文した。
「次の記事からは神楽小路くんも書いてもらうからね」
「わかっている」
 そう言うと、神楽小路はカバンから黒い革のカバーがかけられている手帳を取り出した。中は罫線が引かれたややくすんだ白のページが続いている。いつぞや父親からお土産としてもらい、昨日まで自室の引き出しの中に入れたままにしていたものだった。
「俺も感想はこれに書いていく」
「いいねいいね! やっと神楽小路くんもやる気出してくれてうれしいなぁ」
「一度提出してしまったからな。もう授業を捨てることが出来なくなってしまった。やるしかないだろう」
 佐野は満面の笑みでつるつると麺をすすった。

 食べ終わると、今日からは互いに食べた感想を書き留める。
「書くのは一行だけでも良いよ」
「ちなみに佐野真綾、お前はどういう風に書いているんだ?」
「えっ? 前見せてなかったっけ……?」
「表紙は見たが中身は見ていない」
「そ、そうだっけ……」
「何を渋ることがある」
「うっ……、じゃ、じゃあ」
 神楽小路は受け取ったノートをパラパラと見ていく。とある一日は以下の通りである。

 四月二十八日
 朝 おにぎり(シャケ)二個 寝坊した。お母さんが置いてくれてたからバスで食べた。
 昼 からあげカレー、アロエヨーグルト えみちゃんに教えてもらった、食券の上にプラス百五十円で出来る裏メニュー・からあげカレー。具が煮込まれて小さいから、からあげが乗ることによって豪華になった。またやりたい。
 おやつ コロッケ 駅の前で移動販売のコロッケ屋さんが! ホクホクしてておいしかった。
 夜 白飯、ワカメのみそ汁、サバの味噌煮、サラダ、ケーキ二個(ショートケーキとチーズケーキ) お母さんがケーキ買ってきてくれた。たぶん隣駅の大きなホテルのケーキ。ショートケーキは甘さがかなり抑えられて、物足りなくてチーズケーキも食べてしまった。

 ノートを閉じ、佐野に返す。
「なるほど、こう書いていくのか。……それにしても、間食が多くないか? ほぼ毎日だが」
「お母さんと同じこと言う。この世界はおいしいものが多すぎるのが悪いんだよ。それなのに、時間は二十四時間だし、満腹中枢なんて備えちゃてるし。食べたいものが追いつかないよ」
「……お前の思考にはついていけないものがある」
 と、会話していると、
「お、真綾じゃん」
 二人のいるテーブルに一人の女性がやってきた。オーバーサイズの黒Tシャツの胸元にでかでかと猫の大きな顔写真が印刷されていてインパクトがある。デニムのショートパンツ、ビビットなピンクの厚底スニーカーに、黒のキャンバスリュックとスポーティーな服装。長くしなやかな黒髪はポニーテールにしている。
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