【1】胃の中の君彦【完結】

羊夜千尋

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七夕週間

第十六話 七夕週間2

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 週明けの月曜日。二限が終わり、教室を出ると、
「神楽小路くん、お昼の時間だよ!」
 いつも通り佐野の呼ぶ声が聞こえた。声のする方を向くと、そこいたのはもちろん佐野真綾であったが、神楽小路の動きが止まる。浴衣を着ていた。藍色地に向日葵が描かれており、水色の帯。左の髪を耳にかけて、そこに金色のヘアピンで留めている。頬と耳のふちを少し紅く染めながら、
「どうかな?」
 と、訊く。神楽小路は今の自分の感情に戸惑っていた、想像していた以上に佐野真綾の浴衣姿が美しく、見惚れている自分に。胸が高まり、言葉が出なかった。黙る神楽小路にどうしたらいいのかわからなくなった佐野は、困ったように笑う。
「とっ、とりあえず、お昼行こっか。今日は二食のそうめんチャレンジに行くよ!」
「……ああ」

 神楽小路はいつも通りに歩いているが、浴衣を着ている佐野の歩幅は狭く、どんどん後ろに取り残される。それに気づいた神楽小路は立ち止まり、なんとか追いつこうと早足になっている佐野を待つ。
「ごめん……! 先に行って席取っててくれてもいいよ……!」
 肩が上がり、息を切らせて言う。佐野の背負う大きなリュックを指さし、
「荷物、貸せ」
 神楽小路は言った。
「今日、帰る時の着替え入っててかなり重いから……」
「だったらなおさらだ。歩きにくいだろう」
 佐野からリュックを受け取ると肩にかけた。
「ごめんね、ありがとう」
「浴衣、買ったんだな」
「うん。土曜日にね、咲ちゃんと一緒に買いに行ったの。せっかく七夕週間っていうイベントあるなら、一度はその波に乗ろうって話になってね。でも七夕の日は天気予報で大雨らしいから、今日着ようってなったの」
「そういうことか」
 神楽小路はそう言ったあと、一呼吸おいて、
「……似合っているんじゃないか」
「ありがとう」
 と返す、佐野の耳のふちがまた紅く色づいた。

 二食に到着すると、『限定メニュー残り僅か』の紙が貼られていた。慌てて列に並ぶ。
「ギリギリ二人分買えてよかったね~」
 トレーの上にガラスの器にそうめんと、星形にくりぬかれた茹でにんじんが二つのせられている。めんつゆが入った器のそばには、薬味皿が添えられており、わさび、ねぎ、みょうがの三種が並んでいる。
「すごいかわいい! 咲ちゃんに送ろうっと」
 スマホで写真を撮っている佐野をよそに、神楽小路はそうめんをすする。
「そうめんはそうめんだな」
「まぁまぁ。でもこの星型のにんじんがあるだけで、特別感が出るよね」
「特別感か……」
 手元のそうめんから佐野の方へと視線を上げる。佐野は微笑みながらスマホを操作している。だが、浴衣を着て、髪形が少し違うだけで脳が佐野真綾だと認識してるような、していないような不思議な感覚に陥る。
「まぁ、今ならわからなくもない」
 と小さく呟いた。
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