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なによりも大切な人たち
第一話 なによりも大切な人たち1
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恋だとか愛だとか、ワタシはよくわからない。
小・中・高校の友達は恋愛の話をすることにいつも熱くなってた。「今日はAくんが挨拶してくれた」とか「Bくんと目が合った」とか。ワタシは相槌を打つ係に徹してたけど、「で、桂さんは誰が好きなの?」と訊かれる。みんなの目がキラキラ輝いて、誰の名前が飛び出すかと期待される。「いないかな」と正直に答えると、その場がしらける。「私たち、友達なのに言ってくれないんだ」と。本当にそういう人がいないのに。何度こういう場面で困り、それが原因で何度絶交を静かに突きつけられたか。
そもそも人と話すのがちょっと苦手だ。
同性の友達は「少なからずいる」とワタシの中で思ってる。芸能人についてテレビを観て勉強したし、メイクも研究したし、服だってみんなと買いに行ったりした。けど、ワタシだけ深くその輪に入れてない気がして、卒業したらほとんど疎遠になった。かといって、男子と話すのはもっとハードルが高い。女子よりも何を話せばいいんだかわからない。
だから、ワタシは家で本を読んでいる時が一番安心した。
本を読んでいれば、話をしなくていい。みんなの興味に合わせないと、嫌われないようにしないととか考えなくて済む。中学生くらいからは自分で小説も書くようになった。最初はどう書きはじめたらいいのか、そこからわからなかったけど、手探りで書き始め、完成した時の快感がたまらなかった。小説を書くのも読書と同じくらい熱中できたものの一つで、ワタシの場合、勉強も宿題も忘れて何度も両親からゲンコツを喰らった。
本の中で起こる恋はわかるようで、わからなかった。相手を振り向かせる駆け引きだとか、気持ちのすれ違いとかにやきもきしながら読んでいる。何度「早く告白しちまえ!」ってなったか。いや、それじゃあ、物語として面白みがなくなるけど。
「好き」って言える相手がいる、「好きだ」って言ってくれる相手がいるってどんな感じなんだろう。いつかワタシもすべてのことがどーでもよくなるほど恋焦がれる人に出会って、登場人物たちの気持ちをもっと知りたい。
そんな恋の報せはないまま、気がつけば大学生になっていた。
四月に喜志芸術大学、文芸学科への入学が終わったと思えば、目まぐるしい新生活が訪れて、慣れてきたらもう六月も後半になっていた。一日過ぎるごとに気温も湿度も上がっていく。喜志芸術大学は山奥にある。山奥だから涼しいなんてことはなく、強くなってきた日差しに容赦なく体から汗が流れる。次の教室は隣にある教室棟の一階。たった五分なのにこの暑さにぐったりしそうだ。
「咲ちゃん、そのスニーカーかわいいね」
そう話しかけてくれたのは真綾だった。
佐野真綾は大学内唯一の同性の友達だ。ゆるくパーマをかけたボブヘア、かわいらしさが前面に出ている赤色のギンガムチェックワンピース。身長が一七〇センチとワタシより十センチ高く、スラリと伸びる脚もキレイ。非の打ち所がない。大きくうるんだ瞳がワタシの顔とピンクのスニーカー交互に注がれる。
「ありがとう。こないだプレゼントでもらった」
「プレゼント!?」
「声がデカい!」
慌てて口の前で人差し指を添える。
「土曜日に駿河と天王寺行った時、靴擦れして。出血して靴も汚れちゃってさ。そしたら、アイツがこのスニーカーを『桂さんの誕生日プレゼントまだ渡してない』って」
「なにそれ!? すごいね!」
「すぐにプレゼントしようっていう考えに至るのはすごいっちゃすごいよな」
「駿河くん素敵なことするねぇ~」
プレゼントをくれたのも嬉しかったけど、アイツの優しさにほんと助けられた。痛くて歩きづらくしてたら腕を貸してくれたり、靴屋に着いたら、ワタシの代わりに店員さんにいろいろ訊いてくれたり。普通だったら、靴擦れした程度でそこまでしてくれないだろう。思い出すと、なんでか顔が熱くなる。「そうだな」と短く返した後、ワタシはすぐに話題を変えるべく口を動かす。
「そんなことより、真綾はどうなんだ? 今日も神楽小路と昼ご飯食べてたじゃん」
「課題があるからね。それでご一緒出来てるようなものだから。今はただただ嬉しくて楽しいよ」
真綾には好きな人がいる。神楽小路君彦という男だ。出席番号がワタシの一つ前だから、嫌でも目に入る。いつも真綾が神楽小路のことを熱心に目で追ってるから、ゴールデンウィーク直前のある日、「真綾ってアイツのこと好きなのか?」って軽い気持ちで訊いたら、真綾は顔を真っ赤にして「なんでわかったの⁉」と返された。どうやら目で追ってたのは無自覚だったらしい。そこから、真綾の恋路を陰ながら応援しているというわけだ。
高長身、長い巻き髪、整いすぎた顔。いつも無表情で、つまらなそうに窓の外を見てるようなヤツで誰とも交流を持とうとしてなかった。真綾が課題制作を一緒にやろうと声をかけるまでは。
「咲ちゃん、今日初めて神楽小路くんとお話してみてどうだった? 悪い人じゃなかったでしょ?」
「まぁ思ってたよりは」
そんな神楽小路と今日初めて話した。
昨日、瞼を腫らし、鼻をすすっている真綾を見かけた時は、昼休み明けだったこともあり、神楽小路に何かひどいことをされたり言われたりしたのではと、思わず訊いてしまった。真綾は首を横に振った。自分の書く文章の実力が足りない悔しさで泣いていたという。
「そんなわたしを神楽小路くんはむしろ励ましてくれたの」
いつも見ているだけだと、人を励ますなんて行動を起こすようなヤツには見えなかったからその意外さに驚いた。
だから今日、駿河を引き連れ、真綾と神楽小路を尾行し、昼休みどんなことをしているのかを観察していた。一緒にご飯を食べて、話して。予想していたより、何倍も楽しそうだった。神楽小路のヤツも真綾相手ならあんなに話すんだなって新しい一面を見た。そのあとワタシは駿河と共に二人のもとに直撃した。「人に興味はない」と言った神楽小路には思わず、
「興味ねぇっていうのは勝手だが、真綾のこと泣かすなよ」
と威嚇してしまった。それ以上何も言うつもりはなかったのに、ケンカになるとでも思われたのか、真綾と駿河の双方からストップがかかった。
とにもかくにもワタシにとって重要なことは、
「真綾が幸せになればそれでいいよ」
それに尽きるから、ちゃんと真綾に伝える。すると真綾の顔がぱあぁっと明るくなり、
「咲ちゃん、かっこいい~!」
そう言って両手を握られた。
「そ、それは神楽小路に言えよ」
「いつか言えたらいいな」
小・中・高校の友達は恋愛の話をすることにいつも熱くなってた。「今日はAくんが挨拶してくれた」とか「Bくんと目が合った」とか。ワタシは相槌を打つ係に徹してたけど、「で、桂さんは誰が好きなの?」と訊かれる。みんなの目がキラキラ輝いて、誰の名前が飛び出すかと期待される。「いないかな」と正直に答えると、その場がしらける。「私たち、友達なのに言ってくれないんだ」と。本当にそういう人がいないのに。何度こういう場面で困り、それが原因で何度絶交を静かに突きつけられたか。
そもそも人と話すのがちょっと苦手だ。
同性の友達は「少なからずいる」とワタシの中で思ってる。芸能人についてテレビを観て勉強したし、メイクも研究したし、服だってみんなと買いに行ったりした。けど、ワタシだけ深くその輪に入れてない気がして、卒業したらほとんど疎遠になった。かといって、男子と話すのはもっとハードルが高い。女子よりも何を話せばいいんだかわからない。
だから、ワタシは家で本を読んでいる時が一番安心した。
本を読んでいれば、話をしなくていい。みんなの興味に合わせないと、嫌われないようにしないととか考えなくて済む。中学生くらいからは自分で小説も書くようになった。最初はどう書きはじめたらいいのか、そこからわからなかったけど、手探りで書き始め、完成した時の快感がたまらなかった。小説を書くのも読書と同じくらい熱中できたものの一つで、ワタシの場合、勉強も宿題も忘れて何度も両親からゲンコツを喰らった。
本の中で起こる恋はわかるようで、わからなかった。相手を振り向かせる駆け引きだとか、気持ちのすれ違いとかにやきもきしながら読んでいる。何度「早く告白しちまえ!」ってなったか。いや、それじゃあ、物語として面白みがなくなるけど。
「好き」って言える相手がいる、「好きだ」って言ってくれる相手がいるってどんな感じなんだろう。いつかワタシもすべてのことがどーでもよくなるほど恋焦がれる人に出会って、登場人物たちの気持ちをもっと知りたい。
そんな恋の報せはないまま、気がつけば大学生になっていた。
四月に喜志芸術大学、文芸学科への入学が終わったと思えば、目まぐるしい新生活が訪れて、慣れてきたらもう六月も後半になっていた。一日過ぎるごとに気温も湿度も上がっていく。喜志芸術大学は山奥にある。山奥だから涼しいなんてことはなく、強くなってきた日差しに容赦なく体から汗が流れる。次の教室は隣にある教室棟の一階。たった五分なのにこの暑さにぐったりしそうだ。
「咲ちゃん、そのスニーカーかわいいね」
そう話しかけてくれたのは真綾だった。
佐野真綾は大学内唯一の同性の友達だ。ゆるくパーマをかけたボブヘア、かわいらしさが前面に出ている赤色のギンガムチェックワンピース。身長が一七〇センチとワタシより十センチ高く、スラリと伸びる脚もキレイ。非の打ち所がない。大きくうるんだ瞳がワタシの顔とピンクのスニーカー交互に注がれる。
「ありがとう。こないだプレゼントでもらった」
「プレゼント!?」
「声がデカい!」
慌てて口の前で人差し指を添える。
「土曜日に駿河と天王寺行った時、靴擦れして。出血して靴も汚れちゃってさ。そしたら、アイツがこのスニーカーを『桂さんの誕生日プレゼントまだ渡してない』って」
「なにそれ!? すごいね!」
「すぐにプレゼントしようっていう考えに至るのはすごいっちゃすごいよな」
「駿河くん素敵なことするねぇ~」
プレゼントをくれたのも嬉しかったけど、アイツの優しさにほんと助けられた。痛くて歩きづらくしてたら腕を貸してくれたり、靴屋に着いたら、ワタシの代わりに店員さんにいろいろ訊いてくれたり。普通だったら、靴擦れした程度でそこまでしてくれないだろう。思い出すと、なんでか顔が熱くなる。「そうだな」と短く返した後、ワタシはすぐに話題を変えるべく口を動かす。
「そんなことより、真綾はどうなんだ? 今日も神楽小路と昼ご飯食べてたじゃん」
「課題があるからね。それでご一緒出来てるようなものだから。今はただただ嬉しくて楽しいよ」
真綾には好きな人がいる。神楽小路君彦という男だ。出席番号がワタシの一つ前だから、嫌でも目に入る。いつも真綾が神楽小路のことを熱心に目で追ってるから、ゴールデンウィーク直前のある日、「真綾ってアイツのこと好きなのか?」って軽い気持ちで訊いたら、真綾は顔を真っ赤にして「なんでわかったの⁉」と返された。どうやら目で追ってたのは無自覚だったらしい。そこから、真綾の恋路を陰ながら応援しているというわけだ。
高長身、長い巻き髪、整いすぎた顔。いつも無表情で、つまらなそうに窓の外を見てるようなヤツで誰とも交流を持とうとしてなかった。真綾が課題制作を一緒にやろうと声をかけるまでは。
「咲ちゃん、今日初めて神楽小路くんとお話してみてどうだった? 悪い人じゃなかったでしょ?」
「まぁ思ってたよりは」
そんな神楽小路と今日初めて話した。
昨日、瞼を腫らし、鼻をすすっている真綾を見かけた時は、昼休み明けだったこともあり、神楽小路に何かひどいことをされたり言われたりしたのではと、思わず訊いてしまった。真綾は首を横に振った。自分の書く文章の実力が足りない悔しさで泣いていたという。
「そんなわたしを神楽小路くんはむしろ励ましてくれたの」
いつも見ているだけだと、人を励ますなんて行動を起こすようなヤツには見えなかったからその意外さに驚いた。
だから今日、駿河を引き連れ、真綾と神楽小路を尾行し、昼休みどんなことをしているのかを観察していた。一緒にご飯を食べて、話して。予想していたより、何倍も楽しそうだった。神楽小路のヤツも真綾相手ならあんなに話すんだなって新しい一面を見た。そのあとワタシは駿河と共に二人のもとに直撃した。「人に興味はない」と言った神楽小路には思わず、
「興味ねぇっていうのは勝手だが、真綾のこと泣かすなよ」
と威嚇してしまった。それ以上何も言うつもりはなかったのに、ケンカになるとでも思われたのか、真綾と駿河の双方からストップがかかった。
とにもかくにもワタシにとって重要なことは、
「真綾が幸せになればそれでいいよ」
それに尽きるから、ちゃんと真綾に伝える。すると真綾の顔がぱあぁっと明るくなり、
「咲ちゃん、かっこいい~!」
そう言って両手を握られた。
「そ、それは神楽小路に言えよ」
「いつか言えたらいいな」
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