湖に浮かぶ月

やっさん@ゆっくり小説系Vtuber

文字の大きさ
4 / 8

第三章 【不聴】

しおりを挟む
 残業を終えると、橋へ向かう。その中腹で、今日もナズが待っている。あれ以来、毎日ここでナズと雀心やおしゃべりをする。天真爛漫てんしんらんまんなナズを見ていると、仕事の疲れが吹き飛ぶような気がした。

 子供っぽい印象のナズだが、僕よりはるかに年上らしい。年齢は教えてくれなかったけど。
 仕事はしていない、いわゆるニートでその日暮らし。楽しいことならなんでも好き。それが今は、僕とやる雀心だそうだ。

 麻雀している時と同様に会話をしている時も勘が鋭い。会話の流れから、僕が悩んでいることを察知し、上手く聞き出してくる。吐き出させてくれる。

 恋愛経験が乏しいこと、自分に自信がないこと。毎日上司に嫌味を言われ、もう仕事なんて辞めたいこと。
 人生で一番好きだった女性が、一昨年亡くなってしまったこと。

 昨年、してしまったこと。

 そして、 月へ誓ったこと。


「こんな話、信じられないよね」

 そう言っておどけて見せたが、ナズは真剣に聞いてくれた。

「じゃぁ、しっかり栄養のある物食べて強くならないとね」

 時々、ナズはタッパーを持ってくるようになった。中身は、ゴーヤチャンプルーだったりゴーヤパスタだったり。ゴーヤが大好物だそうだ。それを食べると、僕も元気になれた。

 別れ際に、ナズは必ず言う。
「帰り道、月明かりに誘われて寄り道なんてすんなよー。早く帰ってちゃんと寝ろよー」

 でも、僕は寄り道をする。
 きち子に会いたくて、きち子と話したくて。きち子の代わりを求めて。

 おたまさんは、何も言わずに微笑みかけてくれる。
 神棚に供えられた御神酒をさかずきに注がれる。それを一口飲むと、お腹の中が熱くなり、フワフワとした気持ちになる。

 視界が歪む中、おたまさんが近づいてくる。僕の頭を優しくなでる。
「良く頑張ったね」
 そう言うと、僕の頭に腕を回し、優しく力を込めて抱きしめる。

 おたまさんの、大きくて柔らかい胸の感触。懐から漂う、甘い香り。そして、夢見心地の僕の耳元で囁く。

「一緒にいよう、一緒に行こう」

 おたまさんの胸の中で、言葉では言い表せない心地よさと幸福感に包まれて、夢うつつ。

 夢の中で、きち子と一緒に月を見ながら微笑み合う。

 そして、自宅の布団で目が覚める。同時に、辛い日常が始まる。



 ある日、僕は寝坊した。目覚めたときには始業時間を過ぎていた。
 当然、遅刻を激しく叱責される。そして、いつのまにか人格まで否定される。

 いつもより長い残業を終え、落ち込んだままいつもの場所へ向かう。しかし、橋へは行けなかった。
 明日、埋め立て工事の着工。既に、バリケードが設置されている。それに寄り掛かるようにして、ナズが座っている。

 空は曇り。月は出ていない。なんとなく、雀心をする気が起きず、二人でバリケードの前で話す。いつものように、仕事の愚痴をこぼす。今日は特に、励ましてもらいたかった。

 けど…。

「なんで仕事なんかするの?」

 ナズは静かにそう言った。食べる為にも住むためにもお金が必要で、そのためには働かなくちゃいけない。そんな当たり前のことを話すが、ナズは納得しない。

「海だって山だって、湖だって誰のものでもないよ。魚だってゴーヤだって生きてるんだよ。それをお金で自分のものにするなんて変だよ。お金の為にやりたいこと我慢して、やりたくないことさせられて、心を擦り減らせて、どうかしてる」

 言い終えると、ナズは立上がり、駆け出していった。年上のナズが、この日は思春期の少女のように見えた。

 帰り道、Bar OTAMAに立ち寄りたかったが看板が出ていない。ナズとの楽しい雀心の時間も、おたまさんとの幸福な時間もない。最悪の一日になってしまった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...