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第三章 【不聴】
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残業を終えると、橋へ向かう。その中腹で、今日もナズが待っている。あれ以来、毎日ここでナズと雀心やおしゃべりをする。天真爛漫なナズを見ていると、仕事の疲れが吹き飛ぶような気がした。
子供っぽい印象のナズだが、僕よりはるかに年上らしい。年齢は教えてくれなかったけど。
仕事はしていない、いわゆるニートでその日暮らし。楽しいことならなんでも好き。それが今は、僕とやる雀心だそうだ。
麻雀している時と同様に会話をしている時も勘が鋭い。会話の流れから、僕が悩んでいることを察知し、上手く聞き出してくる。吐き出させてくれる。
恋愛経験が乏しいこと、自分に自信がないこと。毎日上司に嫌味を言われ、もう仕事なんて辞めたいこと。
人生で一番好きだった女性が、一昨年亡くなってしまったこと。
昨年、してしまったこと。
そして、 月へ誓ったこと。
「こんな話、信じられないよね」
そう言っておどけて見せたが、ナズは真剣に聞いてくれた。
「じゃぁ、しっかり栄養のある物食べて強くならないとね」
時々、ナズはタッパーを持ってくるようになった。中身は、ゴーヤチャンプルーだったりゴーヤパスタだったり。ゴーヤが大好物だそうだ。それを食べると、僕も元気になれた。
別れ際に、ナズは必ず言う。
「帰り道、月明かりに誘われて寄り道なんてすんなよー。早く帰ってちゃんと寝ろよー」
でも、僕は寄り道をする。
きち子に会いたくて、きち子と話したくて。きち子の代わりを求めて。
おたまさんは、何も言わずに微笑みかけてくれる。
神棚に供えられた御神酒を盃に注がれる。それを一口飲むと、お腹の中が熱くなり、フワフワとした気持ちになる。
視界が歪む中、おたまさんが近づいてくる。僕の頭を優しくなでる。
「良く頑張ったね」
そう言うと、僕の頭に腕を回し、優しく力を込めて抱きしめる。
おたまさんの、大きくて柔らかい胸の感触。懐から漂う、甘い香り。そして、夢見心地の僕の耳元で囁く。
「一緒にいよう、一緒に行こう」
おたまさんの胸の中で、言葉では言い表せない心地よさと幸福感に包まれて、夢うつつ。
夢の中で、きち子と一緒に月を見ながら微笑み合う。
そして、自宅の布団で目が覚める。同時に、辛い日常が始まる。
ある日、僕は寝坊した。目覚めたときには始業時間を過ぎていた。
当然、遅刻を激しく叱責される。そして、いつのまにか人格まで否定される。
いつもより長い残業を終え、落ち込んだままいつもの場所へ向かう。しかし、橋へは行けなかった。
明日、埋め立て工事の着工。既に、バリケードが設置されている。それに寄り掛かるようにして、ナズが座っている。
空は曇り。月は出ていない。なんとなく、雀心をする気が起きず、二人でバリケードの前で話す。いつものように、仕事の愚痴をこぼす。今日は特に、励ましてもらいたかった。
けど…。
「なんで仕事なんかするの?」
ナズは静かにそう言った。食べる為にも住むためにもお金が必要で、そのためには働かなくちゃいけない。そんな当たり前のことを話すが、ナズは納得しない。
「海だって山だって、湖だって誰のものでもないよ。魚だってゴーヤだって生きてるんだよ。それをお金で自分のものにするなんて変だよ。お金の為にやりたいこと我慢して、やりたくないことさせられて、心を擦り減らせて、どうかしてる」
言い終えると、ナズは立上がり、駆け出していった。年上のナズが、この日は思春期の少女のように見えた。
帰り道、Bar OTAMAに立ち寄りたかったが看板が出ていない。ナズとの楽しい雀心の時間も、おたまさんとの幸福な時間もない。最悪の一日になってしまった。
子供っぽい印象のナズだが、僕よりはるかに年上らしい。年齢は教えてくれなかったけど。
仕事はしていない、いわゆるニートでその日暮らし。楽しいことならなんでも好き。それが今は、僕とやる雀心だそうだ。
麻雀している時と同様に会話をしている時も勘が鋭い。会話の流れから、僕が悩んでいることを察知し、上手く聞き出してくる。吐き出させてくれる。
恋愛経験が乏しいこと、自分に自信がないこと。毎日上司に嫌味を言われ、もう仕事なんて辞めたいこと。
人生で一番好きだった女性が、一昨年亡くなってしまったこと。
昨年、してしまったこと。
そして、 月へ誓ったこと。
「こんな話、信じられないよね」
そう言っておどけて見せたが、ナズは真剣に聞いてくれた。
「じゃぁ、しっかり栄養のある物食べて強くならないとね」
時々、ナズはタッパーを持ってくるようになった。中身は、ゴーヤチャンプルーだったりゴーヤパスタだったり。ゴーヤが大好物だそうだ。それを食べると、僕も元気になれた。
別れ際に、ナズは必ず言う。
「帰り道、月明かりに誘われて寄り道なんてすんなよー。早く帰ってちゃんと寝ろよー」
でも、僕は寄り道をする。
きち子に会いたくて、きち子と話したくて。きち子の代わりを求めて。
おたまさんは、何も言わずに微笑みかけてくれる。
神棚に供えられた御神酒を盃に注がれる。それを一口飲むと、お腹の中が熱くなり、フワフワとした気持ちになる。
視界が歪む中、おたまさんが近づいてくる。僕の頭を優しくなでる。
「良く頑張ったね」
そう言うと、僕の頭に腕を回し、優しく力を込めて抱きしめる。
おたまさんの、大きくて柔らかい胸の感触。懐から漂う、甘い香り。そして、夢見心地の僕の耳元で囁く。
「一緒にいよう、一緒に行こう」
おたまさんの胸の中で、言葉では言い表せない心地よさと幸福感に包まれて、夢うつつ。
夢の中で、きち子と一緒に月を見ながら微笑み合う。
そして、自宅の布団で目が覚める。同時に、辛い日常が始まる。
ある日、僕は寝坊した。目覚めたときには始業時間を過ぎていた。
当然、遅刻を激しく叱責される。そして、いつのまにか人格まで否定される。
いつもより長い残業を終え、落ち込んだままいつもの場所へ向かう。しかし、橋へは行けなかった。
明日、埋め立て工事の着工。既に、バリケードが設置されている。それに寄り掛かるようにして、ナズが座っている。
空は曇り。月は出ていない。なんとなく、雀心をする気が起きず、二人でバリケードの前で話す。いつものように、仕事の愚痴をこぼす。今日は特に、励ましてもらいたかった。
けど…。
「なんで仕事なんかするの?」
ナズは静かにそう言った。食べる為にも住むためにもお金が必要で、そのためには働かなくちゃいけない。そんな当たり前のことを話すが、ナズは納得しない。
「海だって山だって、湖だって誰のものでもないよ。魚だってゴーヤだって生きてるんだよ。それをお金で自分のものにするなんて変だよ。お金の為にやりたいこと我慢して、やりたくないことさせられて、心を擦り減らせて、どうかしてる」
言い終えると、ナズは立上がり、駆け出していった。年上のナズが、この日は思春期の少女のように見えた。
帰り道、Bar OTAMAに立ち寄りたかったが看板が出ていない。ナズとの楽しい雀心の時間も、おたまさんとの幸福な時間もない。最悪の一日になってしまった。
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