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三章
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第三章 いざ、勝負!
大樹たちは関所を突破し、順調に鞍馬山の入り口に到着した。
山道はうっそうと茂る大木に遮られ、昼間だというのに薄暗い。
『止まれ!』
鞍馬山にどこからか声が響く。
「な、なんの声ですかぁ」
陽菜が声に驚き、きょろきょろと辺りを見渡す。
「怪しいもんちゃうよ。ほら」
真白は落ち着いた様子で隠していた尻尾を出してみせた。
静かな羽音を立てながら頭上から何かが降りてくる。
現れたのは山伏装束に黒い羽。鳥の様な口ばしを持った頭部。
カラス天狗である。
「何用だ?」
カラス天狗が問う。
「あんたらの頭に話し合ってな、取り次いでくれや」
カラス天狗が値踏みするような目で大樹達を見る。
「しばし、またれい」
カラス天狗が森の奥に飛んでいった。
「突然訪ねて来てあわせてもらえるもんなのか?」
「ああ、あいつは好奇心が強いんや。おもしろそうなことには自分から首突っ込んでくるタイプやから」
「なんか、きさくそうな人ですね」
そんなことを話しているうちにカラス天狗が戻ってきた。
「頭が会われるそうだ。奥に進め」
用件だけ伝え、カラス天狗はすぐに奥に飛んでいってしまった。
「ほな、行こか」
三人はからす天狗が飛んでいった方に歩き出した。
あってないような獣道を足場に注意しながら進む。山奥に進むほどに辺りは薄暗くなっていく。足場の悪さに山道に不慣れな大樹は何度か転びそうになる。
一方、真白は慣れてるようにしっかりとした足取りで進んでいく。
そして、なぜか平然と進む陽菜。
「はよしぃ、大樹」
「そうですよ。早く行かないと天狗さんに失礼ですよ」
「生憎と、俺は普通の人間なんでね」
精一杯強がりながら歩みを進める。
しばらく歩く傾斜も緩く歩きやすい道になった。
「で、どんな奴なんだ? 鞍馬天狗って」
歩きに余裕ができた大樹が真白に話しかける。
「どんなって普通や。普通の天狗」
「普通の天狗ねぇ」
修験者の装束。特徴的な高い鼻。
大樹はそんな様子を想像した。
そのまま少し行くと広い場所に出た。
その場所には平らなでかい岩が置かれていた。その岩の上にひとつの人影。
その周りをからす天狗たちが囲む。
どうやら岩の上の人影が鞍馬天狗らしい。
その姿は……
レザージャケットにジーンズ。足元はブーツを装着。
天狗の特長の鼻は高くない。それどころか男ですらなかった。目鼻立ちの整った女性だった。
「一個もあってねえし!」
大樹が怒鳴る。
「ん? なにがや?」
「どこが普通の天狗だってんだよ! あれならまだ天狗よりカウボーイの方が近いわ!」
「あいつはいつもあんな感じやで。まぁ、認識の相違っちゅうやつやな。はは」
真白にとってはこれが普通らしい。
「で、なんなんじゃん。用件ってのは?」
鞍馬天狗が口を開ける。
「え~、そのまえにその格好は?」
大樹が鞍馬天狗に尋ねてみた。
「ああ、これか? 外国から取り寄せたんじゃんよ」
ジャケットを広げてみせる。インナーはTシャツにドクロ。
「田舎のヤンキーかよ」
ぼそりと大樹が呟く。
「なんか言ったじゃん?」
「なんでもない、なんでもない。それで、一応確認するけどあんたが鞍馬天狗で間違いないよな?」
「ああ、そうじゃん。面倒だから鞍馬でいいじゃんよ! で、あんたらは?」
フレンドリーな人物のようだ。
「ああ、俺は大樹」
「真白や」
「陽菜です」
簡単にそれぞれ名前を名乗る。
「それで、用件ってのは隠れ蓑を貸してもらいたいんだけど」
「隠れ蓑じゃん? まあ、いいじゃんけど、ひとつ条件があるじゃん。それは……」
「勝負をして勝つ! だろ」
大樹が鞍馬の声を遮って言った。
「わかってるなら、話は早いじゃん」
鞍馬がにやりと笑う。
「三人いるからな。一人一回ずつ勝負してやるじゃん。勝負方法はそっちで決めていいじゃん」
「ほな、相談するよって待っててや」
真白がちょいちょいと二人を呼ぶ。
「勝てる見込み、あるんやろな」
真白が大樹の顔をみる。
「ああ、もちろん!」
当然とばかりに力強く答える。
大樹には、ひとつだけ天眼を使った必勝法があった。いままでこれを使って負けたことは無い。
それは……、
『ジャンケン』である。
数秒後の未来しか見えなくてもこれなら必ず勝てる。これが大樹の狙いだ。
「まずは、オレからだ。勝負はじゃんけんだ」
「ジャンケンとは、ずいぶんシンプルじゃん。いいじゃん? 俺はジャンケンで負けたことがないじゃん」
「奇遇だな。俺もだ」
大樹が張り合う。
「いくぞ」
「じゃん・けん」
天眼発動!
大樹の眼に未来の映像が浮かぶ。
鞍馬の手はグー。
「ぽん」
大樹の手はパー。
鞍馬の手はチョキ。
「俺の勝ちじゃん!」
鞍馬は笑ってみせる。
ドゲシィッ。
後ろから大樹の背中にとび蹴りが炸裂する。
「負けてるやないか」
真白が大樹の襟首をつかみ首をかっくんかっくん揺らす。
「いや、だって、あいつ……」
大樹が途中で口を閉ざす。
「さて、次はどいつが勝負じゃん?」
鞍馬が次の勝負を急かす。
「ちょい待ち。作戦タイムや」
ガシッと真白が大樹の首に手をまわす。
「で、なんで勝たれへんかったん?」
鞍馬に聞こえないように、小さな声でささやく。
「た、確かにあいつ途中まではグーのはずだったんだ。一瞬でこっちの手を見て変えやがったんだ。たぶん」
つまり天狗は手が振り下ろされるその一瞬の間に大樹の手を見て自分の手を変えたのだ。
げに恐ろしき天狗の動体視力と反射神経。
「すまん」
申し訳なさそうに頭を下げる。
「なんや。やっぱり、うちが締めんといかんか」
やれやれといった感じで真白が天狗の前にでた。
「うちが勝負するのは……」
「オセロや」
盤上はすべて白に埋められた。
「フッ」
真白が笑みを浮かべる。
「負けました。てへ」
ズコッ。
大樹と陽菜が派手にこけた。
「さっきの自信はなんだったんだよ」
「いやああ。あいつめちゃめちゃ強かってんな」
頭をかきながら笑う。
「まあ、次言ってみよ、次ぃ」
「次っていわれてもなあ」
ちらりと陽菜のほうを向く。
「もう、だめだあああ」
「もう、だめやあああ」
二人が綺麗にハモる。
「それはちょっとひどくないですかあ。わたしだって自信のあることくらいあるんですから!」
あんまりな二人の反応に春菜が文句を言う。
「そ、そうだな。なにかひとつくらい人間取り柄があるもんだしな」
「そやな。苦瓢にも取柄ありっちゅうしな」
「なんか、それ馬鹿にしてませんかあ」
ジト目で大樹たちをみる。
「気のせい、気のせい」
「まあ、いいですけどお」
「で、なにで勝負するんや?」
「ふっふっふ。それはですねえ」
陽菜が不敵に笑う。
「料理です!」
「「終~了~」」
二人がまた綺麗にハモった。
「ってまだはじまってもいないじゃないですかああ」
陽菜が両手を振り回しながら怒る。
「冗談はおいといてもそれは止めといたほうがいいんじゃないか」
「そやで、負ける勝負はしたらあかん!」
大樹と真白が揃って止めにかかる。
「二人とも私の料理食べたことないじゃないですか。なんでそこまでいうんですか」
二人はしばし腕を組み、そしてほぼ同時に答えた。
「「この世の真理?」」
「真理とまで!?」
春菜は膝を落とした。
が、すぐに立ち上がる。
「ふっふっふ。いいでしょう。その真理。ひっくり返してみせますよ」
不適に笑ってみせる
「あかん。負け犬のセリフや」
真白がぼそっと言った
「でも、お二人だってあっさり負けてるじゃないですか!」
グサッ×2。
大樹と真白は押し黙る。その様子をみて陽菜が調子に乗った。
「ようやく、納得しましたね。私は負け犬ではない。負け犬はあなたたちだってことがね。では、いってきます」
陽菜が意気揚々と天狗に向かって歩いていった。
「く、調子に乗りやがって」
「時間の問題やで。負け犬か、じきに負け犬になるかの違いや」
ぶつぶつ文句をたれる。
二人を他所に陽菜は鞍馬の前に進んだ。
「私は、料理勝負を提案します!」
自信満々に声を張り上げた。
「料理?」
「そうです。私が鞍馬さんを満足させる料理を作ったら、勝ちにしてください」
鞍馬は自分の腹をさすり、
「腹も減ったし、いいじゃん。でも、一人分じゃあ、食い足んねえじゃん。全員作っていいじゃん。一人でも満足いくもんだったら、お前らの勝ちでいいじゃんよ」
鞍馬の提案に大樹と真白が露骨に顔をしかめる。
「げええ、オレも作るのかよ」
「うちも面倒やしなあ」
不機嫌そうにする。
「何いってるんですかぁぁああ!。せっかく誰か一人でもうまく作れれば勝てるんですよおお」
陽菜が騒ぐ。そして、
「まあ負け犬さんたちには無理かもしれませんねぇ。ぷぷっ」
口を押さえて笑う。
ブチッ×2。
「なめやがって。ぽけぽけくのいちのくせに」
「やってやろうやないかい」
一気に二人がヒートアップする。
「食材は、からす天狗に用意させるじゃんよ」
こうして、クッキング勝負が始まった。
「って何を作りゃあいいんだよ」
今一緒にいるのは真白と大樹である。
カラス天狗は三人にそれぞれの調理場を用意してくれた。陽菜はもう作るものが決まっているらしくすでに自分の調理場に移動し調理を始めている。
乗りで料理をすることになった大樹ではあったが、普段からコンビニ弁当とインスタント食品ばかりの食生活。料理などめったにしない大樹に得意料理があるはずもない。
「なんや、決まってへんのかい。うちはもう決まってんで」
「どうせ、稲荷ずしとか狐うどんだろ」
はぁ、と大樹がため息をつく。
「べ、別にいいやんか」
真白が恥ずかしそうに頬を赤く染めた。
「図星かよ」
「あ、カッチーン」
どうやらその言葉が真白のプライドに火を着けた。
「そんならみせてやろうやないかい。至高の料理っちゅうやつをな!」
そういって真白は自分の調理場に行ってしまった。
料理が決まらないのは、大樹一人だけになった。
「う~ん。これでオレだけか決まってないのは。どうすっかなあ」
頭を抱えること数秒。
「よし、カレーにしようっ、アーモンドにしようっ」
あまり考えない。それが長所だと大樹は思っている。
すぐに大樹も自分の調理場に向かった。
大樹は自分の調理場に着くとカラス天狗に食材を持ってきてもらい調理にかかった。
「えーと、じゃがいも、人参、玉ねぎ、肉」
とってきた食材をてきとーに切って、てきとーに炒め、てきとうーに煮はじめた。
「後はカレー粉をいれるだけだな。よし、あいつらの様子見てこよっと」
大樹は自分の料理を適当にすまし、二人の料理を見に行くことにした。
まず大樹は陽菜の調理場を訪れた。
「それで自信満々だった陽菜は何を作るんだ?」
「ああ、大樹さん。あとは煮込むだけですよ」
大樹はそろ~り鍋の中を覗いてみた。
ぐつぐつ煮立つ真緑色のスープ。蝙蝠の羽やら、蜥蜴の尻尾その他わからない物体がスープから顔を出している。
どことなくねるねるねるねのCMを大樹に彷彿とさせた。
「味見してみますかあ」
陽菜がおたまですくって大樹の前に持ってくる。
なぜかしゅわしゅわ音を立てている。
「え~と、一応聞いておくと、これは、何の料理だ?」
とりあえず、尋ねる。
「なにってみて分かるじゃないですかあ」
「みて分からないから、尋ねてるのだが」
「味噌汁ですよ。味噌汁」
当然とばかりに答える。
「謎の緑色の液体を味噌汁とは呼ばねえええ」
叫びながら、大樹はおたまを蹴りとばす。
近くに咲いていた花に味噌汁(?)が降りかかる。降りかかった部分からみるみるうちに花は枯れて散った。
沈黙する二人。
しばしの沈黙のあと、
「食べ物を粗末にしちゃだめですよ。はい、どうぞ」
ふたたび、大樹の前におたまを差し出す。
「花ああ、めちゃめちゃ枯れてるから! 。そんなもん食ったら死ぬから! 普通に死ぬから!」
「嫌ですよ。熱かったから、花がしおれただけじゃないですか」
陽菜の自信は揺るがない。
「く、どうしても認めないつもりだな。そういう自分は味見したのかよ、これ!」
「つまみ食いはだめなんですよお」
「つまみぐいじゃねええし。いいから自分で食ってみろって!」
話しても無駄だと悟った大樹は、おたまをひったくり無理やり陽菜に食べさせる。
「や、やめてください。そ、そん、むぐむぐ」
ゴックンッ。
「げほ、げほ。なんてことするんですかあ」
むせるだけで特に陽菜に異常はみられない。
「平気なのか、あんなもの食って」
驚愕の眼差しで陽菜をみる。
「平気に決まってるじゃないですか」
「見た目が悪いだけなのかあ」
大樹は首を捻る。
(花は枯れたのに)
「そうですよ。あれ、急に目の前が暗くなって、音も遠く、なっ」
バタッ。
陽菜が突然倒れ、びくびくと痙攣しだした。
「だれか衛生兵!衛生兵を!」
すぐに騒ぎを聞いて、カラス天狗が飛んできた。そのまま担架で陽菜をどこかに運んでいった。
「ふぅ、危うく生死をさまよわされるところだった」
大樹は額の汗を拭った。
「遅効性の毒とは、逆に性質が悪いな」
そして、もう一人の料理人の様子を窺いに歩き出した。
「調子はどうよ?」
大樹が調理場に立つ真白に声をかける。
「順調やで!」
包丁を置き、大樹のほうをむく。
「で、なにを作ってるんだ?」
「稲荷ずしときつねうどんや。稲荷はできたし、うどんも後は、麵を切って茹でるだけや」
自信満々に答える。
「なんやったら、味見するか?」
すでに出来上がっている稲荷寿司をさらに持ってきた。
甘く煮付けた油揚げに酢飯を詰め込んだものであろう物体が差し出される。
見慣れた稲荷ずしだ。
「一応確認するけど、油揚げの中身は何?」
「は? 酢飯にきまっとるやろ。それ以外の稲荷なんて知らんわ」
「もう一個確認するが、酢飯の色は、エメラルドグリーンやショッキングピンクじゃないよな」
「んなわけないやろ。うちを馬鹿にしとんのか!」
真白は、空いている左手で大樹の胸ぐらをつかむ。
「わ、わっりい。さっき変なものを食わされかけたからさ」
「なんやそりゃ。まあええわ」
掴んでいた左手を離す。
「まあ、気にしない。気にしない。じゃあ、遠慮なくいただきます」
稲荷寿司をつかみ、ぱくっ。
「こ、これは」
大樹が目を見開く。
「お揚げの旨味はもちろん、米の炊き具合、人参のすりおろしや糸昆布や蓮根の煮つけが混ぜられた酢飯が存分に含んでジュワッと口いっぱい広がる」
「どや、うまいやろ」
にしししし、と得意げに笑う。
「ああ、マジでうまい。さすがだな」
「そやろ~。ほめるがよい、ほめるがよい」
機嫌よく胸を張った。
「で、そっちはどんな感じや」
「俺のほうもあとカレー粉を鍋に入れるだけだぜ」
「カレーかいな。あんたやて、安直やんか」
「しゃーねーだろ。料理なんて得意じゃないんだよ」。
「でも、よくカレー粉なんてあったなぁ」
「へ?」
大樹が間の抜けた声を上げる。
「いやだって、こんな昔からカレーってあったんやなって…」
「あああああああ、やっべえええ」
大樹は自分の料理場に一目散に走っていった。
「ん~確認してへんかったな。ありゃあ」
大樹の背中を見送り真白が目を細めた。
「やっぱり、カレー粉なんか無いってよ」
大樹が自分の調理場で頭を抱える。
調理場に戻りすぐにカラス天狗に聞いてたが、やはり手に入らなかった。
「カレー粉なしにカレーなんて作れねえしな」
しばらく、考えこんで、
「よし、真白に聞きに行こう。料理得意そうだったし」
他力本願である。
大樹は真白のところに歩き出した。
そこで不運が起こった。
一つは、足場が悪くバランスを崩したこと。
もう一つは、その場所が調理している鍋の近くだったこと。
結果……、
大樹は鍋の中身を大地に食わせることになった。
ついでに、熱湯は大樹にも降りかかった。
「アッチイイイイイッ」
大樹の悲鳴が森に響いた。
「じゃあ、料理を出してくれじゃんよ」
天狗がテーブルに座って料理が出てくるのを待っている。
「じゃあ、私からですね」
いつの間にやら死の淵から復活した陽菜が料理を持ってきた。
よほどカラス天狗の手当てが適切だったのか、陽菜が丈夫だったのか。おそらく、その両方だろう。
「じゃじゃ~ん!」
陽気に皿に乗っていた蓋を開けた。
中身は先ほどの緑色のスープではなかった。
銀色のスープ。
なにをどうしたら料理が銀色になるのか謎である。
すかさず大樹と真白に手をつかまれた。
「それは、料理への冒涜だ!」
「料理ですらないわ。あえていうなら、兵器!」
「へ、兵器とまで!」
がくっと膝をつく。
「それを食べるくらいなら、レタスまるごとだされて、野菜サラダですって言われて食べる方がましや」
「それを出したら、この勝負自体終わってしまう。だから、あきらめてくれ」
ぽんっと、大樹が陽菜の肩に手を置く。
「もういいです。わたしが食べますから」
大樹の手を振りほどき、陽菜が自棄になって自分でスープを飲もうとする。
「ま、待て」
「そや、はやまるんやない。人生まだ長いんやぞ」
大樹と真白が説得する。いくら陽菜でもこのスープを飲んだら今度は生きてはいないだろう。そう思わせるほどの料理だった。
「田舎の母さんが泣くぞ」
「あんたみたいな、おとぼけ忍者でも死んだら悲しむ奴がおるんやで」
陽菜の手がピタリと止まる。
「わ、私だって、これがもう、料理だっていえない存在だって分かってるんです。ぐずっ。でも、でも……」
陽菜の手から皿がこぼれ落ちる。ついで、陽菜が膝を落とす。
「もういいんや。終わったことや」
「真白さん。え~~ん」
真白と陽菜が抱き合う。
画面にエンドロールが流れる。
「あ~、え~と。これは、どうすればいいじゃんよ」
鞍馬が呆れている。
「ああ、もう終わりだから。次、真白、料理出してくれよ」
「よっしゃあああ。うちの番やな」
真白が抱き合っていた春名を突き飛ばす。
「きゃ。ひどいです。真白さん」
「いつまでも、あんたのコントに付きあっとれんのや」
自分の料理を持って、天狗の前に出す。
「これがうちの料理や!」
出された料理は、稲荷ずしと狐うどん。
「真白さんだって、ただの稲荷ずしに狐うどんじゃないですか」
陽菜が呟く。
「いや、真白の料理はいける」
一度味見をしている大樹が力強く答える。
鞍馬が箸をとり、
「やっと食べられるじゃんよ」
ぱくっ。稲荷を一口。
ずるずる。うどんを一口。
「こ、これはっ!」
天狗の目が見開かれる。
「稲荷ずしは、油揚げの絶妙な味付けはもちろん中の人参や糸昆布や蓮根のハーモニー。うどんの汁は、醤油、昆布、削り節、鯖節などのだしを基本に高いレベルにまとまってるじゃんよ。麵もコシが強く舌触りも抜群じゃん」
三人は顔を見合わせる
「やりましたよ。真白さん」
「ああ、すごいぞ」
「これがうちの実力や!」
三人はすでに勝利ムード一色だ。
「だが、駄目じゃん」
予想外の一言。
「「「えーーーー」」」
三人が同時に叫ぶ。
「なんでだよ、うまかったんじゃないのか」
大樹は納得できない。それは、真白も陽菜も同じだ。
「ああ、確かにうまかったじゃん。でも、俺これと同じもの、食ったことあるんじゃん」
「はーそんなわけが……」
大樹がしゃべろうとして、後ろから、
「あーしもうたぁぁああ!」
真白が叫んだ。
「なんだよ。真白、どうなってんだ?」
「あ~こいつとうちのおかん仲良くてやな。この料理はおかんに教わったもんやから、食べたことがあっても不思議やないかも」
真白が気まずそうに目を逸らす。
「ってわけで、残念だけど、駄目じゃんよ」
「すまん! でも、次の大樹のカレーなら絶対食べたことないやろうから、いけるんちゃう?」
「ああ、そのことなんだがな」
真白に耳打ちする。
ごにょごにょ。
「なにいいいい! 鍋ぇ、ひっくりかえしたあああああ! でどうするんや料理はぁ?」
真白が詰め寄る。その迫力に大樹が後ずさる。
「一応これを……」
ごそごそと懐から何かを取り出す。
ほぼ円柱形のフォルム。
「カップラーメンやないかい!」
「いやだって、もうこれしかなくて」
二人が騒いでいると天狗が、
「なんだそれ、変わった料理じゃん。早く出すじゃん」
しかたなく大樹がカップラーメンを持っていき、
「えーこれに、お湯をいれてしばし待ちます」
三分後。
「できました」
見たことのない料理に鞍馬が興味を示す。
鞍馬が蓋をはがし麵をすする。
そして、箸をおいた。
「やっぱりだめか」
「あたりまえや。だだのカップヌードルやん」
真白はすでにあきらめて天を仰いでいる。
一呼吸置いて、
「うまあああい!」
鞍馬の叫びが森に響いた。
「「へ?」」
「こんな料理は始めてじゃん! お湯を入れるだけってのもすごいじゃんよ。約束どおり、あんたらの勝ちじゃん」
「マジで?」
「マジじゃんよ」
「「「よしゃあああああ」」」
今度は歓喜の声が森に響いた。
大樹たちは関所を突破し、順調に鞍馬山の入り口に到着した。
山道はうっそうと茂る大木に遮られ、昼間だというのに薄暗い。
『止まれ!』
鞍馬山にどこからか声が響く。
「な、なんの声ですかぁ」
陽菜が声に驚き、きょろきょろと辺りを見渡す。
「怪しいもんちゃうよ。ほら」
真白は落ち着いた様子で隠していた尻尾を出してみせた。
静かな羽音を立てながら頭上から何かが降りてくる。
現れたのは山伏装束に黒い羽。鳥の様な口ばしを持った頭部。
カラス天狗である。
「何用だ?」
カラス天狗が問う。
「あんたらの頭に話し合ってな、取り次いでくれや」
カラス天狗が値踏みするような目で大樹達を見る。
「しばし、またれい」
カラス天狗が森の奥に飛んでいった。
「突然訪ねて来てあわせてもらえるもんなのか?」
「ああ、あいつは好奇心が強いんや。おもしろそうなことには自分から首突っ込んでくるタイプやから」
「なんか、きさくそうな人ですね」
そんなことを話しているうちにカラス天狗が戻ってきた。
「頭が会われるそうだ。奥に進め」
用件だけ伝え、カラス天狗はすぐに奥に飛んでいってしまった。
「ほな、行こか」
三人はからす天狗が飛んでいった方に歩き出した。
あってないような獣道を足場に注意しながら進む。山奥に進むほどに辺りは薄暗くなっていく。足場の悪さに山道に不慣れな大樹は何度か転びそうになる。
一方、真白は慣れてるようにしっかりとした足取りで進んでいく。
そして、なぜか平然と進む陽菜。
「はよしぃ、大樹」
「そうですよ。早く行かないと天狗さんに失礼ですよ」
「生憎と、俺は普通の人間なんでね」
精一杯強がりながら歩みを進める。
しばらく歩く傾斜も緩く歩きやすい道になった。
「で、どんな奴なんだ? 鞍馬天狗って」
歩きに余裕ができた大樹が真白に話しかける。
「どんなって普通や。普通の天狗」
「普通の天狗ねぇ」
修験者の装束。特徴的な高い鼻。
大樹はそんな様子を想像した。
そのまま少し行くと広い場所に出た。
その場所には平らなでかい岩が置かれていた。その岩の上にひとつの人影。
その周りをからす天狗たちが囲む。
どうやら岩の上の人影が鞍馬天狗らしい。
その姿は……
レザージャケットにジーンズ。足元はブーツを装着。
天狗の特長の鼻は高くない。それどころか男ですらなかった。目鼻立ちの整った女性だった。
「一個もあってねえし!」
大樹が怒鳴る。
「ん? なにがや?」
「どこが普通の天狗だってんだよ! あれならまだ天狗よりカウボーイの方が近いわ!」
「あいつはいつもあんな感じやで。まぁ、認識の相違っちゅうやつやな。はは」
真白にとってはこれが普通らしい。
「で、なんなんじゃん。用件ってのは?」
鞍馬天狗が口を開ける。
「え~、そのまえにその格好は?」
大樹が鞍馬天狗に尋ねてみた。
「ああ、これか? 外国から取り寄せたんじゃんよ」
ジャケットを広げてみせる。インナーはTシャツにドクロ。
「田舎のヤンキーかよ」
ぼそりと大樹が呟く。
「なんか言ったじゃん?」
「なんでもない、なんでもない。それで、一応確認するけどあんたが鞍馬天狗で間違いないよな?」
「ああ、そうじゃん。面倒だから鞍馬でいいじゃんよ! で、あんたらは?」
フレンドリーな人物のようだ。
「ああ、俺は大樹」
「真白や」
「陽菜です」
簡単にそれぞれ名前を名乗る。
「それで、用件ってのは隠れ蓑を貸してもらいたいんだけど」
「隠れ蓑じゃん? まあ、いいじゃんけど、ひとつ条件があるじゃん。それは……」
「勝負をして勝つ! だろ」
大樹が鞍馬の声を遮って言った。
「わかってるなら、話は早いじゃん」
鞍馬がにやりと笑う。
「三人いるからな。一人一回ずつ勝負してやるじゃん。勝負方法はそっちで決めていいじゃん」
「ほな、相談するよって待っててや」
真白がちょいちょいと二人を呼ぶ。
「勝てる見込み、あるんやろな」
真白が大樹の顔をみる。
「ああ、もちろん!」
当然とばかりに力強く答える。
大樹には、ひとつだけ天眼を使った必勝法があった。いままでこれを使って負けたことは無い。
それは……、
『ジャンケン』である。
数秒後の未来しか見えなくてもこれなら必ず勝てる。これが大樹の狙いだ。
「まずは、オレからだ。勝負はじゃんけんだ」
「ジャンケンとは、ずいぶんシンプルじゃん。いいじゃん? 俺はジャンケンで負けたことがないじゃん」
「奇遇だな。俺もだ」
大樹が張り合う。
「いくぞ」
「じゃん・けん」
天眼発動!
大樹の眼に未来の映像が浮かぶ。
鞍馬の手はグー。
「ぽん」
大樹の手はパー。
鞍馬の手はチョキ。
「俺の勝ちじゃん!」
鞍馬は笑ってみせる。
ドゲシィッ。
後ろから大樹の背中にとび蹴りが炸裂する。
「負けてるやないか」
真白が大樹の襟首をつかみ首をかっくんかっくん揺らす。
「いや、だって、あいつ……」
大樹が途中で口を閉ざす。
「さて、次はどいつが勝負じゃん?」
鞍馬が次の勝負を急かす。
「ちょい待ち。作戦タイムや」
ガシッと真白が大樹の首に手をまわす。
「で、なんで勝たれへんかったん?」
鞍馬に聞こえないように、小さな声でささやく。
「た、確かにあいつ途中まではグーのはずだったんだ。一瞬でこっちの手を見て変えやがったんだ。たぶん」
つまり天狗は手が振り下ろされるその一瞬の間に大樹の手を見て自分の手を変えたのだ。
げに恐ろしき天狗の動体視力と反射神経。
「すまん」
申し訳なさそうに頭を下げる。
「なんや。やっぱり、うちが締めんといかんか」
やれやれといった感じで真白が天狗の前にでた。
「うちが勝負するのは……」
「オセロや」
盤上はすべて白に埋められた。
「フッ」
真白が笑みを浮かべる。
「負けました。てへ」
ズコッ。
大樹と陽菜が派手にこけた。
「さっきの自信はなんだったんだよ」
「いやああ。あいつめちゃめちゃ強かってんな」
頭をかきながら笑う。
「まあ、次言ってみよ、次ぃ」
「次っていわれてもなあ」
ちらりと陽菜のほうを向く。
「もう、だめだあああ」
「もう、だめやあああ」
二人が綺麗にハモる。
「それはちょっとひどくないですかあ。わたしだって自信のあることくらいあるんですから!」
あんまりな二人の反応に春菜が文句を言う。
「そ、そうだな。なにかひとつくらい人間取り柄があるもんだしな」
「そやな。苦瓢にも取柄ありっちゅうしな」
「なんか、それ馬鹿にしてませんかあ」
ジト目で大樹たちをみる。
「気のせい、気のせい」
「まあ、いいですけどお」
「で、なにで勝負するんや?」
「ふっふっふ。それはですねえ」
陽菜が不敵に笑う。
「料理です!」
「「終~了~」」
二人がまた綺麗にハモった。
「ってまだはじまってもいないじゃないですかああ」
陽菜が両手を振り回しながら怒る。
「冗談はおいといてもそれは止めといたほうがいいんじゃないか」
「そやで、負ける勝負はしたらあかん!」
大樹と真白が揃って止めにかかる。
「二人とも私の料理食べたことないじゃないですか。なんでそこまでいうんですか」
二人はしばし腕を組み、そしてほぼ同時に答えた。
「「この世の真理?」」
「真理とまで!?」
春菜は膝を落とした。
が、すぐに立ち上がる。
「ふっふっふ。いいでしょう。その真理。ひっくり返してみせますよ」
不適に笑ってみせる
「あかん。負け犬のセリフや」
真白がぼそっと言った
「でも、お二人だってあっさり負けてるじゃないですか!」
グサッ×2。
大樹と真白は押し黙る。その様子をみて陽菜が調子に乗った。
「ようやく、納得しましたね。私は負け犬ではない。負け犬はあなたたちだってことがね。では、いってきます」
陽菜が意気揚々と天狗に向かって歩いていった。
「く、調子に乗りやがって」
「時間の問題やで。負け犬か、じきに負け犬になるかの違いや」
ぶつぶつ文句をたれる。
二人を他所に陽菜は鞍馬の前に進んだ。
「私は、料理勝負を提案します!」
自信満々に声を張り上げた。
「料理?」
「そうです。私が鞍馬さんを満足させる料理を作ったら、勝ちにしてください」
鞍馬は自分の腹をさすり、
「腹も減ったし、いいじゃん。でも、一人分じゃあ、食い足んねえじゃん。全員作っていいじゃん。一人でも満足いくもんだったら、お前らの勝ちでいいじゃんよ」
鞍馬の提案に大樹と真白が露骨に顔をしかめる。
「げええ、オレも作るのかよ」
「うちも面倒やしなあ」
不機嫌そうにする。
「何いってるんですかぁぁああ!。せっかく誰か一人でもうまく作れれば勝てるんですよおお」
陽菜が騒ぐ。そして、
「まあ負け犬さんたちには無理かもしれませんねぇ。ぷぷっ」
口を押さえて笑う。
ブチッ×2。
「なめやがって。ぽけぽけくのいちのくせに」
「やってやろうやないかい」
一気に二人がヒートアップする。
「食材は、からす天狗に用意させるじゃんよ」
こうして、クッキング勝負が始まった。
「って何を作りゃあいいんだよ」
今一緒にいるのは真白と大樹である。
カラス天狗は三人にそれぞれの調理場を用意してくれた。陽菜はもう作るものが決まっているらしくすでに自分の調理場に移動し調理を始めている。
乗りで料理をすることになった大樹ではあったが、普段からコンビニ弁当とインスタント食品ばかりの食生活。料理などめったにしない大樹に得意料理があるはずもない。
「なんや、決まってへんのかい。うちはもう決まってんで」
「どうせ、稲荷ずしとか狐うどんだろ」
はぁ、と大樹がため息をつく。
「べ、別にいいやんか」
真白が恥ずかしそうに頬を赤く染めた。
「図星かよ」
「あ、カッチーン」
どうやらその言葉が真白のプライドに火を着けた。
「そんならみせてやろうやないかい。至高の料理っちゅうやつをな!」
そういって真白は自分の調理場に行ってしまった。
料理が決まらないのは、大樹一人だけになった。
「う~ん。これでオレだけか決まってないのは。どうすっかなあ」
頭を抱えること数秒。
「よし、カレーにしようっ、アーモンドにしようっ」
あまり考えない。それが長所だと大樹は思っている。
すぐに大樹も自分の調理場に向かった。
大樹は自分の調理場に着くとカラス天狗に食材を持ってきてもらい調理にかかった。
「えーと、じゃがいも、人参、玉ねぎ、肉」
とってきた食材をてきとーに切って、てきとーに炒め、てきとうーに煮はじめた。
「後はカレー粉をいれるだけだな。よし、あいつらの様子見てこよっと」
大樹は自分の料理を適当にすまし、二人の料理を見に行くことにした。
まず大樹は陽菜の調理場を訪れた。
「それで自信満々だった陽菜は何を作るんだ?」
「ああ、大樹さん。あとは煮込むだけですよ」
大樹はそろ~り鍋の中を覗いてみた。
ぐつぐつ煮立つ真緑色のスープ。蝙蝠の羽やら、蜥蜴の尻尾その他わからない物体がスープから顔を出している。
どことなくねるねるねるねのCMを大樹に彷彿とさせた。
「味見してみますかあ」
陽菜がおたまですくって大樹の前に持ってくる。
なぜかしゅわしゅわ音を立てている。
「え~と、一応聞いておくと、これは、何の料理だ?」
とりあえず、尋ねる。
「なにってみて分かるじゃないですかあ」
「みて分からないから、尋ねてるのだが」
「味噌汁ですよ。味噌汁」
当然とばかりに答える。
「謎の緑色の液体を味噌汁とは呼ばねえええ」
叫びながら、大樹はおたまを蹴りとばす。
近くに咲いていた花に味噌汁(?)が降りかかる。降りかかった部分からみるみるうちに花は枯れて散った。
沈黙する二人。
しばしの沈黙のあと、
「食べ物を粗末にしちゃだめですよ。はい、どうぞ」
ふたたび、大樹の前におたまを差し出す。
「花ああ、めちゃめちゃ枯れてるから! 。そんなもん食ったら死ぬから! 普通に死ぬから!」
「嫌ですよ。熱かったから、花がしおれただけじゃないですか」
陽菜の自信は揺るがない。
「く、どうしても認めないつもりだな。そういう自分は味見したのかよ、これ!」
「つまみ食いはだめなんですよお」
「つまみぐいじゃねええし。いいから自分で食ってみろって!」
話しても無駄だと悟った大樹は、おたまをひったくり無理やり陽菜に食べさせる。
「や、やめてください。そ、そん、むぐむぐ」
ゴックンッ。
「げほ、げほ。なんてことするんですかあ」
むせるだけで特に陽菜に異常はみられない。
「平気なのか、あんなもの食って」
驚愕の眼差しで陽菜をみる。
「平気に決まってるじゃないですか」
「見た目が悪いだけなのかあ」
大樹は首を捻る。
(花は枯れたのに)
「そうですよ。あれ、急に目の前が暗くなって、音も遠く、なっ」
バタッ。
陽菜が突然倒れ、びくびくと痙攣しだした。
「だれか衛生兵!衛生兵を!」
すぐに騒ぎを聞いて、カラス天狗が飛んできた。そのまま担架で陽菜をどこかに運んでいった。
「ふぅ、危うく生死をさまよわされるところだった」
大樹は額の汗を拭った。
「遅効性の毒とは、逆に性質が悪いな」
そして、もう一人の料理人の様子を窺いに歩き出した。
「調子はどうよ?」
大樹が調理場に立つ真白に声をかける。
「順調やで!」
包丁を置き、大樹のほうをむく。
「で、なにを作ってるんだ?」
「稲荷ずしときつねうどんや。稲荷はできたし、うどんも後は、麵を切って茹でるだけや」
自信満々に答える。
「なんやったら、味見するか?」
すでに出来上がっている稲荷寿司をさらに持ってきた。
甘く煮付けた油揚げに酢飯を詰め込んだものであろう物体が差し出される。
見慣れた稲荷ずしだ。
「一応確認するけど、油揚げの中身は何?」
「は? 酢飯にきまっとるやろ。それ以外の稲荷なんて知らんわ」
「もう一個確認するが、酢飯の色は、エメラルドグリーンやショッキングピンクじゃないよな」
「んなわけないやろ。うちを馬鹿にしとんのか!」
真白は、空いている左手で大樹の胸ぐらをつかむ。
「わ、わっりい。さっき変なものを食わされかけたからさ」
「なんやそりゃ。まあええわ」
掴んでいた左手を離す。
「まあ、気にしない。気にしない。じゃあ、遠慮なくいただきます」
稲荷寿司をつかみ、ぱくっ。
「こ、これは」
大樹が目を見開く。
「お揚げの旨味はもちろん、米の炊き具合、人参のすりおろしや糸昆布や蓮根の煮つけが混ぜられた酢飯が存分に含んでジュワッと口いっぱい広がる」
「どや、うまいやろ」
にしししし、と得意げに笑う。
「ああ、マジでうまい。さすがだな」
「そやろ~。ほめるがよい、ほめるがよい」
機嫌よく胸を張った。
「で、そっちはどんな感じや」
「俺のほうもあとカレー粉を鍋に入れるだけだぜ」
「カレーかいな。あんたやて、安直やんか」
「しゃーねーだろ。料理なんて得意じゃないんだよ」。
「でも、よくカレー粉なんてあったなぁ」
「へ?」
大樹が間の抜けた声を上げる。
「いやだって、こんな昔からカレーってあったんやなって…」
「あああああああ、やっべえええ」
大樹は自分の料理場に一目散に走っていった。
「ん~確認してへんかったな。ありゃあ」
大樹の背中を見送り真白が目を細めた。
「やっぱり、カレー粉なんか無いってよ」
大樹が自分の調理場で頭を抱える。
調理場に戻りすぐにカラス天狗に聞いてたが、やはり手に入らなかった。
「カレー粉なしにカレーなんて作れねえしな」
しばらく、考えこんで、
「よし、真白に聞きに行こう。料理得意そうだったし」
他力本願である。
大樹は真白のところに歩き出した。
そこで不運が起こった。
一つは、足場が悪くバランスを崩したこと。
もう一つは、その場所が調理している鍋の近くだったこと。
結果……、
大樹は鍋の中身を大地に食わせることになった。
ついでに、熱湯は大樹にも降りかかった。
「アッチイイイイイッ」
大樹の悲鳴が森に響いた。
「じゃあ、料理を出してくれじゃんよ」
天狗がテーブルに座って料理が出てくるのを待っている。
「じゃあ、私からですね」
いつの間にやら死の淵から復活した陽菜が料理を持ってきた。
よほどカラス天狗の手当てが適切だったのか、陽菜が丈夫だったのか。おそらく、その両方だろう。
「じゃじゃ~ん!」
陽気に皿に乗っていた蓋を開けた。
中身は先ほどの緑色のスープではなかった。
銀色のスープ。
なにをどうしたら料理が銀色になるのか謎である。
すかさず大樹と真白に手をつかまれた。
「それは、料理への冒涜だ!」
「料理ですらないわ。あえていうなら、兵器!」
「へ、兵器とまで!」
がくっと膝をつく。
「それを食べるくらいなら、レタスまるごとだされて、野菜サラダですって言われて食べる方がましや」
「それを出したら、この勝負自体終わってしまう。だから、あきらめてくれ」
ぽんっと、大樹が陽菜の肩に手を置く。
「もういいです。わたしが食べますから」
大樹の手を振りほどき、陽菜が自棄になって自分でスープを飲もうとする。
「ま、待て」
「そや、はやまるんやない。人生まだ長いんやぞ」
大樹と真白が説得する。いくら陽菜でもこのスープを飲んだら今度は生きてはいないだろう。そう思わせるほどの料理だった。
「田舎の母さんが泣くぞ」
「あんたみたいな、おとぼけ忍者でも死んだら悲しむ奴がおるんやで」
陽菜の手がピタリと止まる。
「わ、私だって、これがもう、料理だっていえない存在だって分かってるんです。ぐずっ。でも、でも……」
陽菜の手から皿がこぼれ落ちる。ついで、陽菜が膝を落とす。
「もういいんや。終わったことや」
「真白さん。え~~ん」
真白と陽菜が抱き合う。
画面にエンドロールが流れる。
「あ~、え~と。これは、どうすればいいじゃんよ」
鞍馬が呆れている。
「ああ、もう終わりだから。次、真白、料理出してくれよ」
「よっしゃあああ。うちの番やな」
真白が抱き合っていた春名を突き飛ばす。
「きゃ。ひどいです。真白さん」
「いつまでも、あんたのコントに付きあっとれんのや」
自分の料理を持って、天狗の前に出す。
「これがうちの料理や!」
出された料理は、稲荷ずしと狐うどん。
「真白さんだって、ただの稲荷ずしに狐うどんじゃないですか」
陽菜が呟く。
「いや、真白の料理はいける」
一度味見をしている大樹が力強く答える。
鞍馬が箸をとり、
「やっと食べられるじゃんよ」
ぱくっ。稲荷を一口。
ずるずる。うどんを一口。
「こ、これはっ!」
天狗の目が見開かれる。
「稲荷ずしは、油揚げの絶妙な味付けはもちろん中の人参や糸昆布や蓮根のハーモニー。うどんの汁は、醤油、昆布、削り節、鯖節などのだしを基本に高いレベルにまとまってるじゃんよ。麵もコシが強く舌触りも抜群じゃん」
三人は顔を見合わせる
「やりましたよ。真白さん」
「ああ、すごいぞ」
「これがうちの実力や!」
三人はすでに勝利ムード一色だ。
「だが、駄目じゃん」
予想外の一言。
「「「えーーーー」」」
三人が同時に叫ぶ。
「なんでだよ、うまかったんじゃないのか」
大樹は納得できない。それは、真白も陽菜も同じだ。
「ああ、確かにうまかったじゃん。でも、俺これと同じもの、食ったことあるんじゃん」
「はーそんなわけが……」
大樹がしゃべろうとして、後ろから、
「あーしもうたぁぁああ!」
真白が叫んだ。
「なんだよ。真白、どうなってんだ?」
「あ~こいつとうちのおかん仲良くてやな。この料理はおかんに教わったもんやから、食べたことがあっても不思議やないかも」
真白が気まずそうに目を逸らす。
「ってわけで、残念だけど、駄目じゃんよ」
「すまん! でも、次の大樹のカレーなら絶対食べたことないやろうから、いけるんちゃう?」
「ああ、そのことなんだがな」
真白に耳打ちする。
ごにょごにょ。
「なにいいいい! 鍋ぇ、ひっくりかえしたあああああ! でどうするんや料理はぁ?」
真白が詰め寄る。その迫力に大樹が後ずさる。
「一応これを……」
ごそごそと懐から何かを取り出す。
ほぼ円柱形のフォルム。
「カップラーメンやないかい!」
「いやだって、もうこれしかなくて」
二人が騒いでいると天狗が、
「なんだそれ、変わった料理じゃん。早く出すじゃん」
しかたなく大樹がカップラーメンを持っていき、
「えーこれに、お湯をいれてしばし待ちます」
三分後。
「できました」
見たことのない料理に鞍馬が興味を示す。
鞍馬が蓋をはがし麵をすする。
そして、箸をおいた。
「やっぱりだめか」
「あたりまえや。だだのカップヌードルやん」
真白はすでにあきらめて天を仰いでいる。
一呼吸置いて、
「うまあああい!」
鞍馬の叫びが森に響いた。
「「へ?」」
「こんな料理は始めてじゃん! お湯を入れるだけってのもすごいじゃんよ。約束どおり、あんたらの勝ちじゃん」
「マジで?」
「マジじゃんよ」
「「「よしゃあああああ」」」
今度は歓喜の声が森に響いた。
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