あの夏

taisei

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1話 この夏から始まった

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 2015年7月24日、俺(佐藤大成)は高校野球最後の夏大に負け引退した。とても悔しかった。みんなの努力を知っていたし、みんなとまだ野球がしたかった。ただその思いだけが、俺の心を締め付けた。
 数日後、俺は野球部の高倉勇人と内田将吾を連れて隣町の球場に県予選の決勝戦、いわば甲子園出場を決める試合をこの目で確かめたくて、観に行った。
「俺もここで試合がしたかったな…」
と高倉が少し涙を浮かべながら言った。それはそうだみんなこの球場で試合して勝って甲子園に行きたかったに決まっている。甲子園は高校球児誰しもが憧れる場所。あの大歓声の中プレーできる喜びがどんなものなのか想像しても、体験しなければわからないことがたくさんある。俺はそう思っていた。しかしもうそれは叶わないと思うと試合に負けた日のことを思い出し苦しくなった。試合も終わり甲子園出場校が決まった。テレビ局の人が優勝チームの主将と監督にインタビューしている。俺たちはその場にいるのが苦しくなって、そそくさと球場をあとにした。近くの駅で電車を待っていると
「今日、地元の夏祭りじゃね?」
と、不意に内田が声を出した。
「そうだっけ?」
高倉はあまり地元のことには興味がないらしい。
「行こうぜ、行こうぜ!」
内田が声をはって俺たちを説得した。別に予定も入っていなかった俺と高倉は、内田の言葉を軽く承諾した。野球部に所属していた俺たちは、夏は野球で忙しく祭りなんてここ数年行った記憶が頭の奥を覗き込んでも見当たりもしなかった。電車の中から見えるあまり見覚えのない景色が、新鮮で嬉しかった。そんなことを考えているうちに、地元の駅に着いた。
「たくさん人がいるな。」
俺は思い浮かんだ言葉をそのまま口に出していた。
「祭りなんだから当たり前だろ!」
と笑って高倉が僕に返答した。
「どうやって行くんだろ。」
「さあ?この駅から祭りなんて行かないからな~。周りの人についていけば行けるさ!」
内田と高倉が興奮を表に出し、はしゃいでいた。
「今まで野球ばっかだったもんな。今日は楽しもうか!」
と俺も楽しむことにした。数十分歩いただろうか。俺たちは夏祭りが行われる場所に到着した。
「やっと着いたよ~。」
「意外に遠かったな。」
「地元って言うけど、案外わかんないもんだな~。」
と高倉と内田が話している。
「どこの屋台から行く?」
と俺が2人に問いかけた。
「射的!射的!」
と夏祭りに行くことを提案した内田が自分のやりたいことを真っ先に主張した。まるで子供のように。すると高倉が
「絶対、リンゴ飴だよ。分かってないな。」
とまるでソムリエみたいに軽くあしらうように内田に反論した。
「俺は、焼きそばが食べたいな。」
と見事に意見が割れた。こういうことは部活をやっていても少なくなかった。
「仕方ないジャンケンで決めるか。」
と俺が提案し、2人も望むところだと勝つ気満々で出す手を考えていた。
「じゃあ行くぞ。ジャンケン、ポイ!」
3人の声でジャンケンが行われ、出す手を見ると俺が運良く勝っていた。
「お前野球やってた時はジャンケン弱かったのに、今は勝つのかよ~」
と高倉は笑って俺に話しかけてきた。
「仕方ないだろ、運なんだから。現役の頃は他のことに運を使ってたんだよ。」
と話が弾んでいた。しかし、内田だけはどうしても最初は射的がしたかったらしい。すごく悔しがっている。
「どんだけ最初に射的がしたかったんだよ。」
俺たち2人は顔を見合わせ腹を抱えて笑った。
「俺のルーティーンなんだよ。祭りでの最初の射的は!」
「お前のルーティーンって長続きしないのがオチじゃん?」
と高倉がさらに笑いに拍車をかけた。
「まあまあ、射的もあとで行くから我慢しろ。運なんだから。」
俺の言葉で落ち着いた雰囲気を出す内田を見て、少しほっとした。そしてまず、焼きそばの屋台を探すことにした。
「あ!あそこにある店じゃない?」
と祭りに行きたがっていた内田が真っ先に見つけた。「じゃああそこにしよう!」
と俺が声を出した。その屋台の前に着いて値段を見ると、
「え!?500円?高くね?」
と高倉が声を荒げた。
「祭りってそういうもんだろ。年に1回しかないんだから、そこんところは目つぶろうぜ。」
俺が言った。それでも納得がいかないらしく
「他にもう少し安い店あるんじゃない?探そうよ。」と俺たち2人に提案してきた。
「いやいや他も同じだって!それにめんどくさいじゃんか!」
と内田が言った。珍しく俺と内田の意見が一致した。野球をしていた時は、プレーに関していろいろ対立することがあった。それだけプレーの幅が広がるということで気にもとめていなかったが…
「しょうがないな。これで安いとこあったら怒るからな!」
「はいはい。」
軽く内田が高倉をあしらった。焼きそばを買い終えた俺たちはどこに行こうかと話し合い、再び内田と高倉がジャンケンを始めた。
「やった~!俺の勝ち~!」
と満面の笑みを浮かべる高倉を見て、内田が悔やんでいた。
「やっとリンゴ飴が食べられるぜ!」
高倉が上機嫌で言った。よほど高倉に負けたのが悔しかったらしく、こればっかり運だから仕方ないと俺が、内田を慰めた。
 リンゴ飴の店を探すため歩き出した俺たちは、人混みを掻き分けながら、必死に店を探した。2、3分たった頃であろうか、高倉が声を荒げて言った。
「おい!ここ焼きそば450円じゃんかよ!」
不覚だった。まさか本当にあるとは。俺と内田は顔を見合わせ見て見ぬフリをしてその屋台の前を素早く通り過ぎようとした。
「やっぱり俺が正しかったよ~。あの時探しとけばな~。」
と嫌味ったらしく言った。
「500円も450円も変わんないって。」
俺たち2人はそのぐらいの反論しかできなかった。
「まあ祭りなんだし、細かいことは気にすんなって!」
内田が場を収めるように言った。
「しょうがないな。早くリンゴ飴買いに行こうぜ!」
リンゴ飴で頭がいっぱいな高倉なのであまり深くこのことについて話をしようとしなかった。
「助かった~。俺がジャンケン勝ってたら何言われるかわかんなかったよ。ある意味ついてるな。」
と内田が言った。
「お前あんだけ射的やりたがってたのに負けても良かったのかよ。」
と俺が内田に聞き返した。
「最初に行くから意味があるんだよ!」
と声を大きくして言った。俺には到底理解できなかった。
「なんだそれ。」
俺は独り言をこぼした。すると高倉が俺の独り言が聞こえたらしく
「大成なんか言ったか?」
と声をかけてきた。
「いや何もないよ。」
俺はすぐ答えた。
そんな話をしているうちに、リンゴ飴の店に着いた。「リンゴ飴1つ150円か。さっきの焼きそばよりは妥当だな!」
と高倉が焼きそばの件を再び話題に出してきた。
「さっき悪かったよ。あまり愚痴愚痴言うなよ~。」
俺が言った。
「わかったよ。リンゴ飴もあるしもう言わねえよ。」
と素直に高倉がこの件を水に流してくれた。
「次、射的な!待ってました!」
と1人内田だけテンションが上がっている。よほど射的に腕があるのかわからないがリンゴ飴を持ちながら、射的の店に歩を進めた。
「さっき店あったよね?」
と俺が言うと、
「あまり景品が良くなかった。もっといい店がいい。」
とこだわりを主張してきた。射的で景品を取ったことのない俺はどこでもいいという表情をしていたかもしれない。
そして数分後内田が歩くのをやめた。
「ここがいい!いろんな商品あるじゃん!」
内田のテンションは最高潮だった。
「よーし!いっちょやりますか!」
と興奮している後ろで景品を取ったことのない俺と、同じく景品を取ったことがないと言っている高倉と2人で後ろに立って見ることにした。
「いらっしゃい!ボウズ!5発で300円だよ!やってかないかい?」
「おっちゃん!やりますよ!景品取られても知らないよ?」
「なかなかのビックマウスじゃないか!頑張ってくれ!」
と店のおっちゃんと会話を交わしている。何が狙いなのと高倉が尋ねると、
「wii U!」
と自信満々に言った。絶対無理だよと高をくくっている俺たちは静かに見守ることにした。5発を打ち終えた内田は、
「おっちゃん!もう5発!」
と店のおっちゃんに言った。
「おお!ボウズ!チャレンジ精神旺盛だな!」
とすぐに弾を用意してくれた。
「今度こそ…」
気合が入った内田を静かに見守る。4発を打ったところで内田はひと息ついた。
「あと少し…」
最後の1発が放たれる。それは見事に景品に当たり絶対に落ちないだろうと思っていた景品が落ちたのだ。
「まじかよ。」
と高倉が小声で言った瞬間、
「やった!やった!」
と内田が飛び跳ねていた。まさか落ちるとは思わなかった。弾と景品の大きさだけを比較したただの偏見だったのかもしれない。店のおっちゃんも声を出せずにいた。それもそうだ、店にとって明らかな大損なのだ。景品を受け取った内田はとても上機嫌そうだった。辺りも薄暗くなり、帰ろうかという話が出た。
「せっかく来たんだから、花火くらい見て行こうぜ。」
俺は提案した。
「そうだな。見ていくか。」
高倉の返答をきっかけに次の目的が決まった。この場所は海に近いところなので花火が大きく上がる。だから花火だけを見に来る人も少なくなかった。
少し花火を見るための場所を探して海沿いを歩いていると、騒がしい女子のグループが浴衣を着て、写真を撮っていた。
「みんな楽しそうだな。」
と小さなため息のような声を出した時、その女子グループの中で知っているような人を見つけた。
「ねえ、あの子どっかで見たことない?」
俺がその子の浴衣の特徴などを言って、2人に尋ねた。
「あーあの子ね。同じ学校だよ。確か、2年生の内山舞ちゃん…だったはず…。」
と高倉が言った。
「後輩か。」
俺はそう呟いた。
「おい!2人とも!もうすぐ花火始まるぞ!」
内田は射的でのテンションをそのまま花火にぶつけるかのように、打ち上がるのを楽しみにしていた。数分後、ヒュ~パパーンと花火が打ち上がり始めた。夏の夜空に散りばめられた宝石のような花火が俺の目を通して脳内をを彩る。俺は、さっき見た後輩のことが気になっていた。今度学校で探してみよう、そう思いながら、過ぎ行く時間を長く感じる季節の中でただ花火の音が僕の鼓膜を震わせていた。
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