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第6章「ずっと、大切にしたい」

幸せな花火大会 桜十葉side

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裕翔くんの、昔の話。

それはとても素敵で、なぜ裕翔くんがこの公園を特別に思っているのかも知ることが出来た。



「やっぱりあの人達は、昔から優しい人達だったんだね」


「ああ、……そうだ」



裕翔くんは今、何を考えてる?

私はね、裕翔くんが昔の話をしてくれて嬉しいって思ったよ。



今まで不思議に思っていた事が1つずつ、消えていく。これからどんどん裕翔くんの事を知っていきたい。もっともっと、裕翔くんの事を知りたい。



そう思うのは、あなたの事が好きだから……。

世の中、大人と高校生がこうやって付き合うという事は良くは思われていない。



でも、何があっても私は裕翔くんの傍を離れたりなんてしない。



「桜十葉、明後日の花火大会、一緒に行かない?」



花火大会……?急に話を変えた裕翔くんを訝(いぶか)しく思いながらも……。

……ってもう!?
ずっと楽しみにしていた花火大会はどうやら明後日、あるらしい。



「うんっ!行きたい!」


「はは、良かった。桜十葉、めっちゃ嬉しそうだね」


「だって裕翔くんと花火大会、ずっと行きたかったもん!」


「可愛い……、キスしてもいい?」



えっ!?突然可愛いと言われた事にも驚いたけれど、一番驚いたのはキスしてもいい?と裕翔くんが聞いてきたからだ。



今まではそんな事、聞いてこなかったくせにぃ……。絶対私の反応楽しんでる!

私はそんな裕翔くんに仕返しをしようと思って、自分から裕翔くんに近づく。



「え、桜十葉……何して……っ」



そっと、裕翔くんの唇に自分の唇を重ねた。

裕翔くんは動揺したように声を出して、私を自分から引き離した。



え……?どうして、……。



「桜十葉、俺の事殺す気?……やば、理性死にそう」



裕翔くんは何やらブツブツと呟いた後、今度は強引に私の唇を奪った。



「っん!?はぁ、……ひ、ひろ……く、苦し」



「だーめ、俺から離れようとしないで。俺を煽った桜十葉が悪い」



どうやら、裕翔くんに仕返しをしたら、その倍返しを私は食らってしまったようです……。



その後は裕翔くんが満足するまで離して貰えなくて、家に帰れたのは夕方頃になってしまいました……。 



「桜十葉、早かったね。早く俺の部屋に行こ?」



私はただいま不機嫌中。お風呂から上がって、裕翔くんに手を引かれるままに部屋に入る。



「ほら、ここに座って」



裕翔くんがソファに座り、その隣をとんとんと手で示す。



ふんっ!裕翔くんの言う事なんて聞いてあげないんだから!



なぜ、私が今こんなにも不機嫌なのかと言うと……。



遡ること、公園にいた時。



「んっ、ぁっ……んんっ」


「桜十葉、口開けて……」



酸素を吸おうと口を開けると、裕翔くんの舌が私の口の中に入ってくる。裕翔くんは私と舌を絡ませ、深い深いキスをしていた。



そんな時、目の前でガサッと何かが落ちる音がしたのだ。



「え、……おと、ちゃん……?」



誰かの声がして、それでもキスを続けようとする裕翔くんの胸を叩いて、ようやくキスが止まったと思えば、視界に入った見知った人の影。



「……え。あ、やっ……、ま、真陽くん!?」



そこには、私と裕翔くんのキスの光景を見ていたらしい、最近はまともに目を見て話していなかった真陽くんが目を見開いて立っていたのだ。



私は思わず、裕翔くんの胸に顔を埋(うず)めた。



うぅ、恥ずかしい……恥ずかしすぎるよぉ。



「なんだよ、……またお前かよ」



恥ずかしがる私とは違い、裕翔くんの口から出るのは不機嫌な声。 



「あなたこそ、ここが公共の場だって事知ってます?」


「ああ、知ってるよ。だから早く帰れよ」



その後、裕翔くんのとても恐ろしい低い声にさすがの真陽くんも何も言えなくなって、公園を出ていったのだ。



でも、私がこんなに不機嫌な理由はそこじゃない!同級生に裕翔くんとのキスを見られたのに、裕翔くんは満足そうに笑っていることが問題なのだ!



「あいつ、桜十葉の事好きって顔に書いてあった。だからキス続けたんだよ」



裕翔くんは最初から、真陽くんが見ていると知っていて、私にあんなに深いキスをしてきたらしい。



「ごめん、俺があいつに桜十葉とのキス見せつけたかっただけなの……」



目の前にはしゅんとした顔で捨てられた子犬のように俯く裕翔くん。



むぅ、そんな可愛く落ち込んだってダメなんだから!



……でも、ツンツンしている事に直ぐに疲れてしまうのが私だ。



私は仕方なくだけど、裕翔くんの隣のソファに座る。すると、裕翔くんが嬉しそうに顔を上げた。



「桜十葉、機嫌直った……?じゃあもう1回続き……」


「ぜーったいにし・な・い!」



この人は本当に反省しているのかどうなのか……。裕翔くんは不満そうにしていたけれど、私が抱きしめることならと裕翔くんに了承したからか、満足そうに頬を緩ませていた。



これじゃ、どっちが不機嫌だったかなんて分からなくなるよ……。



私は本当に、裕翔くんに弱い。



そして、花火大会の日がやってきた。



私は今、自分の家でお手伝いの由美子さんに浴衣の着付けをしてもらっている所だ。



「すごくお綺麗ですよ!お嬢様!」 



着付けてくれた由美子さんは浴衣を着た私を見て、感心したように声を上げる。 



そうかな?私は大きな姿見鏡の前に立った。



鏡に映る私は、なぜだか知らない人に見えた。

綺麗な桔梗柄の淡いピンク色の浴衣に、由美子さんがメイクをしてくれた顔。



目元にはキラキラとアイシャドウが付けられていて、リップはほんのりとしたピンク色が私の唇を艶やかに彩っていた。



「す、凄いです……!まるで私じゃないみたい……」


「これはきっと、裕翔様もお気にいられますよ」



裕翔くんに可愛いって思ってもらえるかな?
いつもとは違う私の姿。

裕翔くんも隣の部屋で、お手伝いさんに浴衣を着付けてもらっている。



最後の仕上げに由美子さんが髪飾りを付けてくれて、私は着付けを終えた。

部屋を出ると、隣の部屋から裕翔くんも出てきていた。



「っ、……」



部屋を出た瞬間、目が合って裕翔くんが目を見開いたまま動かない。そして私も裕翔くんの浴衣姿に目が見開いてしまう。



黒色の浴衣に散りばめられた金色の模様。

裕翔くんのスタイルの良さがそれを見ただけで分かってしまう。



「かっこいい……。裕翔くん、すごくかっこいいよ」



私が思わず声に出してしまっていたのか、裕翔くんが褒めすぎ、と手を口に当てて言った。



「私の浴衣、……どう、かな?」



さっき由美子さんにあんなに褒めてもらって、自分でも別人みたいと思った程なのに、裕翔くんを前にすると自信がなくなってしまう。



「っ、可愛すぎ……。こっちにおいで」



頬を真っ赤に染める裕翔くん。

浴衣姿を可愛いと言って貰えた事がとても嬉しくて、私は思わず頬が緩んでしまう。



裕翔くんの方に歩いていくと、裕翔くんが私の腕を優しく掴んで自分の胸に抱き寄せた。



「っ、……」



裕翔くんの甘い香りが鼻腔をくすぐる。



「俺ばっか赤くなって、……やだ」


「ひ、裕翔くん……?」



裕翔くんが私の首筋に顔を埋めて、そう呟いたから、今度は私が赤くなってしまう番だった。



「そんな可愛い格好、誰にも見せたくない」



裕翔くんの独占欲のせいで、私の心臓がどんどん速く鳴る。



「……バカ」


「あぁ、……俺めっちゃバカだよ?」



そうやって、いつも私は裕翔くんには勝つことが出来ない。いつもいつも、裕翔くんは私の1つ上をいく。



「でも、花火大会……行きたい」


「……知ってる。ほら、行こうか」



裕翔くんが抱きしめていた腕を解(ほど)いて、私の手を握った。



私達は家を出て、玄関の先に止まっていた車に乗り込む。



私のおじいちゃんとも言える年齢の白嵜(しろざき)さんという執事さんがいつも運転してくれている車で、私と裕翔くんは花火大会の会場に向かった。



白嵜さんは一条がこの家を去ってから、新しく入ってきた執事さんだ。でも、思っていた以上に白嵜さんはすごい腕のベテラン執事さんだった。



車の中で、私達はずっと手を握っていた。



「もう少しですよ」



車の中の車窓から外を眺めると、空がオレンジ色に色づいていて、とても綺麗だった。

夜の街が暗くなるにつれて、明かりがぽつぽつと明るくなっていく。



心臓がドキドキと鳴っている。



「桜十葉は花火大会、……行ったことある?」



隣で、裕翔くんが静かに聞いてきた。



「ううん。……実はないの。だから今日裕翔くんと初めて行けてとっても嬉しい」


「……そっか」



今日は裕翔くん、優しい顔ばかりするな……。

その事を不思議に思ったけれど、それは花火大会の会場に到着した頃には忘れていた。



「では、お嬢様。またお迎えに参りますので、ゆっくりと裕翔様とお楽しみくださいね」



そう優しい微笑みを添えて、丁寧にお辞儀をした後、車を発進させて元来た道を戻って行った。



外は、お祭りでとても賑わっていた。

もう空は真っ暗で、でも沢山の屋台の灯りがこの会場をキラキラと輝かせていた。



初めて見る光景に、私は息を飲む。



「ほら、行くよ。桜十葉が迷子にならないために、ね?」



人混みの中、私が迷子にならないようにと、いたずらっ子のような顔をして恋人繋ぎをした裕翔くん。



「う、うん……!」



目の前のお祭りの光景に夢中になっていたので、裕翔くんの体温が突然手に伝わってきて恥ずかしかった。



カランカランカラン



私と裕翔くんの下駄の音が歩く度に心地の良い音を出す。



いつもは着ない浴衣。

ちらりと隣を盗み見ると、いつもよりも数倍色気が増した浴衣姿の裕翔くんの綺麗な横顔が私の視界に入った。



「なに、俺の顔になんか付いてる?」


「な、なんにも……!」



見つめてたことがバレたのか!?という様子の私に裕翔くんがふふっ、と笑う。



「てか、さっきから男の視線がうざい……」



裕翔くんはそう言いながら、私を自分の背の影に隠すようにして歩き出す。



男の視線……?



さっきからみんなが裕翔くんを2度見するくらい見てるなと思ってたけど、男の人も裕翔くんのこと見てたの……!?



もし裕翔くんがそっちの世界に行っちゃったら……。



「……っ、いたっ」


「なーに変な事考えてるの」



裕翔くんが手に持っていた扇子で私の頭を軽く小突く。



へ、……!?
考えてた事、バレた……!?



「あとちなみに男の視線っての、さっきから桜十葉を何度も見てくる男どもの事だから」



これだから天然は、……と裕翔くんが何やら呟いていた。当の私は裕翔くんの声なんて聞こえておらず、



「わぁ!裕翔くん、あれ食べてみたい!」



とお祭り気分になってしまっていた。私が見つけたのは、歩いている途中に見つけたりんご飴の屋台。



「食べたことないの?」


「うん、…実はないの」



そう言う私に裕翔くんは優しく笑い、りんご飴の屋台に向かってくれた。



「りんご飴、1つください」



裕翔くんがそう言って財布からお金を出そうとすると、屋台のおじさんが何だかとても慌てた様子で金は払わなくてもいい、と言った。



こういう事、裕翔くんには良くある事なのかな…。



裕翔くんはこういう態度を取られても、何でもないような顔をしているけれど、本当は少し傷ついてるんじゃないかな……。



「いえ、別に今お金を払ったからって脅したりする事はありませんので、払わせてもらいます」



裕翔くんの真っ直ぐな言葉におじさんの声が詰まった。そして、申し訳なさそうな顔をしてお金を受け取り、りんご飴を渡してくれた。



裕翔くんと私はその後も、2人で食べられる分だけの食べ物を屋台で買って、花火を見るために人気(ひとけ)の少ない河川敷の方へと向かった。



「裕翔くん、ありがとう」



実は、さっきのりんご飴の屋台だけでなくほぼ全ての屋台の人達がお金は払わなくてもいいと怯えたように言って、裕翔くんは毎度の事、同じセリフを口に出していたのだ。



「だから言ったでしょ、あんなの気にしなくてもいいって、」



「ううん、それだけじゃないよ。今日、裕翔くんと一緒に来れて嬉しかったから…」



裕翔くんは一瞬、驚いたような顔をしたけれど、また直ぐに優しい表情に戻った。



「俺も、桜十葉と来れてよかった」



そして、裕翔くんは私の唇に優しく口付けをした。



「ほら、そのりんご飴食べないの?」



いきなりキスをしてきた裕翔くんに私の体は恥ずかしさのあまり、固まってしまう。



裕翔くんはいたずらっぽく、私が手に持っていたりんご飴を指さした。



「た、食べる!」



少々拗ねたような口調でそう言って、私はりんご飴をかじってみた。



「お、おいしい……!」



りんごの風味が口の中で広がる。りんご飴ってこんなに、甘くて美味しいんだ……。



甘いものが大好きな私は、一瞬でりんご飴の虜(とりこ)になってしまった。



と、その時─────、



「………桜十葉、もう始まるよ」



大きな音が、辺りに木霊するように大きな大輪が夜の空に咲いた。



それは、とても一瞬で空に広がりパチパチと音を立てて消えていく。



大きな大輪が空に咲いて、消えていくと思ったら、またどんどんと空に綺麗な花火が打ち上がる。



小さい頃からお祭りなんて行ったことはなくて、行く事も出来なかった。



いつもは優しいお母さんとお父さんも、私をお祭りに連れて行ってくれた事は1度もない。



だから小さい時は、自分の部屋の窓の外から聞こえてくる花火の音に自分の夢を馳(は)せながら想像していた。



「すごく、……綺麗」



思わず漏れた感嘆の声。その言葉に、裕翔くんが私の手を握る力を強くした。



裕翔くんの方をちらりと盗み見る。

その横顔はとても綺麗で、でもなぜか裕翔くんが泣いているように見えた。



「裕翔くん、来年も再来年も、…ずっと一緒に行きたいな」



花火が打ち上がる様子を見つめていた裕翔くんにそう伝える。



こんな事を言うなんて恥ずかしかったけれど、そうしなきゃ裕翔くんが離れていってしまう気がしたんだ。



「っ、……うん」



裕翔くんは、一瞬顔を歪めて、時間をかけて頷いた。



裕翔くんは、他に何を隠しているのかな。
何にそんなに苦しそうな顔をしているのかな。

前に言ってくれた事だけが裕翔くんが隠していた事だとは思えないよ、……。



「桜十葉、俺ちょっとトイレに行ってくるから待ってて」


「うん……」



裕翔くんは私に背を向けて、人混みの中に入っていった。



私は1人、誰もいない河川敷に取り残されたような気分になる。



お祭りの屋台の明かりが次々と消えていく。

明るく照らされていた夜の風景が、暗闇に染まっていく。



なんだか、……怖い。



すると、どこからか何人かが走ってくる足音が聞こえてくる。その音はどんどん大きくなって、私は身を縮めた。 



そして、あの日の事を思い出す。

あの時は、裕翔くんが坊主頭の男から守ってくれたけれど、もしまたあんな事があったら次は無事では済まないだろう。



「ねぇねぇ、君1人~?」



悪い予感が、当たってしまった。

後ろからとても強い力で肩を掴まれて、身動きが取れない。



男の耳障りな声が、鼓膜に響く。



や、やだっ……、怖い、怖いよ……。



「あっれ~?君、めっちゃ可愛いじゃん。俺たちとこれから遊ばな~い?」



“俺たち”という事は、この男だけでなく、まだ他にもいるという事だ。



裕翔くん、……助けて。
早く、戻ってきて……。



「おい、こいつ、……坂口裕翔の女じゃねぇか?」



後から走ってきた男が、私の顔を覗き込んでそう言い放った。



「え、まじ?、……っふ、あはははははは!!好都合じゃねぇかよ!!」



一体何がそんなに面白いのか。私には分からなかった。



「なぁなぁ、せっかくだしさー、ちょっとこの女で遊んでもいいんじゃね?」


「さんせーい」



男たちがニヤニヤとした気持ちの悪い笑みを称え、私にどんどん迫ってくる。



「っ、……い、いやっ!!!やめてっ……」



祭りの喧騒がどんどん遠ざかっていく。真っ暗な夜の中、私だけが取り残されたような感覚に陥る。



裕翔くんっ……!!!助けて、怖いよっ……!



そして、次の瞬間には私の意識はプツリと途切れた───。



***



ひんやりとした空気が、私の頬をさすった。



「ん、……」



ゆっくりと目を開けた先には────、何も無かった。唯一分かる事はここがとても暗くて何も見えないという事。



「起きたの?可愛い子猫ちゃん」



突然目の前から聞こえてきた男の人の声。

でも、ここは真っ暗で何も見えないから、その人の顔を見る事は出来ない。



私は必死に抵抗した。でも、口には喋れないようにガムテープで塞がれていて、手はがっしりとしたロープで縛られている。



「んん、んんんーーー!」



怖くて怖くて、必死に声を上げる。



「はぁ、そう騒ぐなって。別に君を取って食べたりしないから」



すると、顔も知らない男の人の手が私の顎に触れて、少し持ち上げた。



「たださ、……俺、君に惚れた」



─────!?ほ、惚れた!?

私に触れてきた手が、とてもとても冷たかった。そして、ゆっくりとガムテープを剥がしていく。



「え………」



男はそれだけ言って、私の唇に自分の唇を重ねた。



「っ、……!?」



必死に抵抗した。でも、唇を離して、私を見つめる顔があまりにも裕翔くんに似ていた事に、心臓が止まりそうになった。1つだけ裕翔くんと違うのは、髪が黒色じゃなくて、明るいミルクティー色のだということ。



そして、その顔があまりにも悲しそうな表情をしていた事に、また息が止まりそうになった。



「俺の事、覚えて、ない……よね?」



月明かりが、彼の顔を照らしていた。
 


裕翔くんよりも薄い琥珀色のビー玉みたいな綺麗な瞳。すっきりとした鼻筋に、艶やかな唇。
とても、綺麗な人。



目の前にいる彼はとても危険なのに、裕翔くんの顔にそっくりな彼にドキドキしてしまった。



「やっと、見つけた」



そう言って、彼は私を優しく抱きしめた。



何も考えれなくて、ただ、驚きと動揺だけが心の中を支配する。



この人は、危険な人なんじゃないのか。
あの男たちが、私を連れ去ったんじゃないのか。



「あなたは、一体……」



裕翔くんに似た、綺麗な指が私の唇に触れる。



「その先は、言えないよ」


「あの、じゃああなたの名前は……」


「……裕希(ひろき)」



彼が、……裕希さんがそう名乗った直後、───バァーン!!!という大きな音がこの暗い部屋に響いた。



「桜十葉っ、……!!!」



裕翔くんの声が必死に私の名前を叫んだ。
今までずっと、強ばっていた体から力が抜けていく。



「裕翔くんっ、……!!!」



私も一生懸命に叫んで、裕翔くんに居場所を伝える。



「桜十葉っ、……!!」



裕翔くんは直ぐに駆けつけ、私を抱きしめている裕希さんを見た途端、綺麗な顔を苦しそうに歪めた。



「な、んで……」



裕翔くんは私の方なんか1度も見ずに、裕希さんに釘付けになっている。



裕希さんはとても楽しそうな顔をして、ゆっくりと立ち上がった。



「よう、……裕翔。何年ぶりだろうな?お前の兄貴がわざわざ会いに来てやったぜ」



顔がそっくりな2人はまさか兄弟なの────!?



「っ!!お前、桜十葉に何してんだよ!!」


「何って?ただ逃げられないように手を縛ってるだけだけど」



裕翔くんは冷たい床に座り込んでいた私を立たせ、キツく縛られていたロープを解いてくれた。



さっき、裕翔くんが来てくれて安心した事で抜けてしまっていた力はまだ今もそうで、私は裕翔くんに体を預ける。



「とにかく、……二度と俺と桜十葉の前に現れるなよ」



裕翔くんがこんなに怒っているのを見たのは今日で初めてだった。



「ふっ、それは出来ないかも」


「っ!!なんだと、ごらぁ!!!」



裕翔くんが私を自分の背中に隠して、裕希さんを1発殴った。



い、痛そう……!



裕翔くんに殴られた裕希さんも負けじと殴り返した。傷つけあって、どんどん傷を作っていく2人。



裕希さんのことはまだよく知らないけれど、それでも私はこの2人が傷つくのは嫌だった。



「っ、やめて……!!なんでこうなってるのかまだ分からないけど、それでも傷つけ合うのは良くないよ!!」



まだ16年しか生きていないけれど、人生の中で1番勇気を出した。



私は殴り合う2人の間に割って入った。



「っ、はぁ、はぁ……桜十葉、そこをどけ」


「やだ!!どかない!!」


「こいつにはしっかり痛みで思い知らせなきゃなんねーんだよ」



今までにないくらい、裕翔くんにとても鋭い眼光で睨まれる。



これが、暴走族の総長の裕翔くんの姿なのかな……。



「私、人を殴って傷つけてしまうような裕翔くんは好きじゃない……!もう、裕翔くんが傷ついてる姿を見るのは嫌なの……っ!だから、もうやめて……」



泣きそうになる気持ちを押し殺して、裕翔くんの瞳を真っ直ぐに見つめた。



「っ……、ごめん」



裕翔くんは、顔を歪めて私を抱きしめた。
抱きしめる力をどんどん強める。



「でも、…私はね、どんな裕翔くんでも、ずっと大切にしたいって思ってる」



裕翔くんの体が、ビクリと震えた。



「いいねぇ~、2人ってそんなにラブラブなの?俺が入る隙とか、ねーじゃん……」



後ろから裕希さんの声が聞こえて、私はハッとして裕翔くんから離れる。



離れた私にむっとした様子の裕翔くんだったけれど、その言葉にイラッとしたのか裕希さんを怖い目で睨みつけていた。



「お前…、桜十葉にしたこと忘れたとか言わねぇだろうな」



心の底からゾワッとするほど低くて恐ろしい声で裕翔はそう言った。



私に、……したこと?裕希さん、が?



「ああ、忘れたことなんかないよ。でも、お前だって俺と同類だろ?俺はもう諦めたのに、お前はまだ桜十葉に執着している。桜十葉がお前を好きになってくれたのだって、記憶を失っているからだ」



最後の言葉は小さくて聞こえなかった。でも、そう言って笑う顔が、なんだかとても怖かったのは気のせいだろうか。裕翔くんのおでこに青筋がいくつも浮かんだ。



「でも、お前だって俺と同じくらい酷いことをしただろう?……過去は、変えられねぇよ」



裕希さんが帰り際に、裕翔くんの耳元で何かを告げた。その内容は、私の耳にまでは入ってこなかった。



背を向けて去っていく裕希さんを、裕翔くんが青筋を立てて睨んでいた。



“なにかを恐れるように”



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