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被験者で金持ちになる

第7話

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 ノートを開き取り敢えず、思い付く事を坦々と記入して行こう。
 
「えっ…と、広い家に住みたい。
 母さんを安定した職に就かせたい。
 生活を援助したい。
 えっ…と自転車!そうだ電動アシスト自転車なら通学が楽になる…!」

「ぶっ!」

 僕が呟きながらリストを上げてると、それを聞いていた奈落が吹いた。

「変…かな…。」
「いやいや、大金使えるってのに夢が小さいと思ってさ。
 若い奴ってのは、もっと貪欲にならなきゃ。
 …あ、そっか。
 有村!お前さ、今まで物事を諦め過ぎたんじゃねー?」
「えっ…。」
「だと思った。
 その、オドオドした話し方!
 自身のねぇー奴の特徴そのものだ。」
 
 僕は反論出来なかった。
 だって、全くもってその通りなんだ。
 この歳まで、イジメられ、蔑まされて生きてきた僕には、夢も希望も無かった。
 しいて言えば、極普通の生活をしたかった…。

「………!」
「わー!泣くな!泣くな!被験者泣かすなんて事になったら最悪だ!絶対泣くな!」
 
 目に涙を浮かべて歯をくいしばる、僕の姿を見て、奈落が大慌てした。

「わかった!先ずは小さくて、楽に叶えられる夢から叶えて行こう!いいな、だから泣くなつっーの!
 その先は徐々に、馴れてくるはずだ!
 そしたら、もっと大きな夢に挑戦だ!」
「ん…んん。」
 
 目を擦る僕の頭に、奈落がポンと手を乗せた。

「じゃあ!電動アシスト自転車買いに行くぞ!」
「えっ…。」
「そんなの、商店街のクジ引きにでも当たったとか、サイトの抽選で当たったとか、理由は何でも付けられるだろ!」
「ああ、そうか。
 明日、明後日は学校だし。
 今日買った方がいいかな。」
「それに、生活費援助ならアルバイトするとか何とか言えるし、電動アシスト自転車持ってれば、バイト先は遠いとか何とか言ってごまかせるだろ。」
「す…すごい!アシスト自転車1つで、そんな嘘考え付かなかった!」
「…どういう尊敬の仕方だよ!
 俺はホラ吹き男か?オオカミ少年かよ!
 『有意義』っつて馬鹿正直に使うだけか?
 いいか、『有意義』に見えるかどうかっつたろ!見えるかどうか!
 理由付けが大事なんだよ!」

 奈落はそう言ったけど、僕は本当に尊敬した。
 そして、彼が側にいる事を心強く思った。
 しかも…同世代の男子と買い物なんて…友達じゃないけど…それもで僕の夢だった。

 確かに、大金を使えるのは夢の様な話だけど…。
 僕には、こうやって会話の出来る同世代の男子が側にいる事の方が夢の様な気がした。
 しかも…彼は絶対に僕をイジメたりしない。

 たった1人…そんな存在がいるだけで、死にたい気持ちが嘘のように薄れて行った。

 

 駅前の大型スーパーの端にあるサイクリングショップに奈落と向かった。
 色とりどりの沢山の種類の自転車に大興奮してしまった。
 いつもは素通りしていた…絶対に良い自転車なんて、買ってもらえない。
 今のママチャリも母親のお古だ。
 
「そんなに嬉しいのか?
 目が星でいっぱいだぞ。
 たかが、自転車で。」
「だって…!だって…!好きなの選べるんだよ!何の気兼ねも無くさぁ!」
「購入時には、俺が側にいる。
 大金を1人で使うには、怪しまれる歳だからな。
 スーツ姿の俺が側にいるだけで、店側も怪しまない。
 これも、大金を使う時のテクニックの1つだ。
 憶えておけ!使えるものは、俺でも使え!」
「うん!うん!」
「マジで聞いてんのか?
 早く自転車選べよ。
 昼飯の時間になっちまう。」

 奈落に急かされながらも、僕は自転車を30分掛けて選んだ。
 格別機能が言い訳でもなく、高価なのではなく、結局リーズナブルな物を選んだ。

「これでいいのか?マジで?
 しかも…真っ赤って。」
「色は理由があるんだ…その、イタズラされたり、隠されても目立つ色に…。」
「お前…。」
「わかってるよ!代わりを買えばいいって言うんだろうけど…僕はこの、じっくり選んだ自転車を大切にしたいんだ。」
 
 恥ずかしい話し、僕が新しいこんな自転車に乗ってる事がバレたら、何かしらのイタズラをされるのは目に見えていた。
 この赤は…僅かな僕の抵抗の証しの色なんだ。


 
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