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スパイ活動と保健室同盟(仮)

第6話

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「ゴメンゴメン!気のせいだったかも!
 早く走ろう!時間ないし。」

 僕は奈落の只ならぬ表情に、聞いてはいけない事を聞いてしまった気がした。

「…そうだな。
 行こう。」
「うん。」

 僕は飛び出すように走り出した。
 奈落も気持ちを切り替えて、僕の後方数メートル後から走って来た。

 本当はもっと、あの少年の事を聞きたかった。
 あの冷たい少年。
 走りながら思い出して、ぶるっと身体が震えた。
 スパイ…?
 何かのスパイ活動かな?
 一応、僕もスパイ活動らしき事はしてるし。
 でも、だとすると彼等の方が経験値が高かそうだ。

 保健室同盟(仮)をスパイして来なきゃいいけど…。
 保健室の中だからって安心しきれないって事かな。
 かと言って、神谷先輩や土屋先輩に話すと、せっかくアゲアゲだったテンションを下げてしまいそうだ。
 僕が気を付けて警戒しないと。
 何か異変があればすぐに動けるように。

 一抹の不安を抱えつつ、僕は奈落の作ったメニュー通りに公園通りを抜け、奈落と再び玄関前まで戻って来た。

 「…有村、さっき言ってた2人の容貌…一応、参考までに聞いてもいいか?」

 どうやら、奈落はかなり引っかかっているようだった。

 「あ、うん。
 えっと1人は体格が良くて3年に見えた。
 スポーツ刈りみたいな単発で…もう1人は…!」

 ゾグッ!
 思い出しただけで、また寒気が蘇った。
 …冷たい…視線…。

「どうした?有村。」
「あ、えっと、小柄でか細くて色白の美少年。
 ストレートのおかっぱくらい。」
「わかった、何も無ければいいが、一応情報として入れておく。
 爽に確認は無理だろうし。
 他の被験者情報は一切漏らさないのが鉄則だし。
 こっちから探るのもNGだからな。」

 奈落はそう言って、頷いた。

 その後、別れて僕はアパートに入った。

「ただいま。」
「お帰りなさい。
 お風呂沸いてるから先に入って来なさい。」
「ん、そうする。」

 母さんに言われるまま、風呂場へ向かった。

…そうか、考え付かなかった…僕が被験者であるように、どこかの誰かもまた被験者なんだ。
 そして、同じ学校に通ってないとは言い切れない…。
 確かに突拍子も無い様だけど、華京院の仕事場の範囲が近場に多いと言う事は…他の被験者はそれ程遠くにいる訳じゃないんじゃないかな?

 道で何度もすれ違ってたり、相手サポーターがウロウロしてたりとか…ふむ。
 僕がやってる事なんてきっと大した事ない…同じような事なんて、とっくにしてるかも知れないんだ…。
 そして、それを誰にも聞いてはいけない…。

 僕はシャワーで身体中の汚れを洗い流して、湯船に浸かった。

 いや…やっぱり、可能性としては奈落の言った通り低い…情報漏洩にかなり気を遣ってる実験だ。
 近過ぎれば、相手に悟られるのは必然だろう。
 そんな危ない橋を渡る意味がない。
 リスクがあり過ぎる。
 
 とは言え、この実験のおかげで色んな業種や色んな事をしてる人達の存在に気付かされたのは、言うまでもない。
 僕の実験とは別に、奈落達のような事を生業にしてる人達がいるのかも…。
 ふと、思考が別方向へ向いた。

 そういえば…華京院より凄い新生院ってどんな仕事を家業としてるんだろう。
 グレーな仕事がどうのこうのって奈落と槇さんが話してたのを盗み聞きしちゃったけど…。
 まさか…ヤクザとかじゃないよね。
 けど…神楽さんにも、抹殺されるぞ~とか言ってたし…満更、ヤクザ説も無きにしもあらずなのかも。

 湯船に入って、温まってるはずの背筋がゾワゾワして、思わずうずくまってしまい…結局、長湯の末に湯当たりをしてしまった。
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