手の届かない君に。

平塚冴子

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1学期

彼女と僕と秘密の鍵

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ESS教室。最新鋭の機器とかスクリーンとかが英語学習の向上の為に室内に設置されている。
全ての机にパソコン、ヘッドフォンつき。防音壁も完備で広さも教室2つ分の広さがあった。
隣には準備室もありそこそこ広く映像機器まで完備されていた。
入学式から半月たってやっと機材搬入が終了したのだ。
「いいな~英語教師は。特別室管理なんて言ってるけど、要は自由に使って下さいって訳だろ。羨ましいな。」
鍵を僕に手渡しながら清水先生がボヤく。
「何に使うんですか?清水先生だったら。」
「決まってるだろ。大スクリーンでのエロ動画!暗室にもなるし興奮するね。」
アホだ…この人マジで最低だ。
「学校でンなの観て何楽しいんですか?僕なら家で観ますね。
しかもこんな大スクリーンとかなんて別物にしか思えなくなりそうですよ。」
「んー。やっぱり武本も観るんだそう言うの。ひひひ。」
ああ!もうこの人は!殴りてえぇ。
イラつきながらも拳を抑えた。
「現国の教師なんて教室と職員室だけだよ。
化学や物理も新しい理科室あるし。
家庭科だって…。チクショー。」
「旧校舎の教室でも使ったらどうですか?同好会とか部室のないとこは使ってるんでしょ。」
「ランク低い~。…そういえば、旧理科室は生徒会が予備室として申請されてたな。あんなに、生徒会室立派なのにな。」
「えっ。旧理科室?!」
「まぁ、旧理科室と言っても、薬品倉庫は新校舎に移動してあるし、ただの大テーブルのある教室って感じだな。
作業場としては使いやすいのかね。
水場もあるし。」
旧理科室…。初めて彼女を見かけた場所。生徒会が申請…。
無関係ではないような気がした。

僕は授業の合間の休憩時間に旧理科室へ向った。
鍵を管理している岸先生から鍵を借りてきた。
旧理科室は旧理科準備室と隣り合わせで中からは閂止めのドア1枚で繋がっている。
鍵も生徒にはあまり知られてないらしいが両方同じ物だ。
あの時、彼女が旧理科室にいて姿を消すとなると、理科準備室に隠れた可能性が高い。
恐る恐る、薄暗い理科準備室に入る。
しばらく使われていなかったはずの理科準備室は小綺麗に掃除されていた。
こじんまりした机に丸椅子が一つ。
古い校舎の木の匂いがする。
「何か、結構落ち着くな。ここ。」
秘密基地を見つけた子供のような気持ちになった。
ESS教室よりもワクワクしていた。
棚とかも綺麗に片付けられていて好きな本とか持込めそうだった。
簡易ポットとかも付けたら、落ち着いてコーヒーを飲める。
色々想像しながらほくそ笑んでると、パタパタと軽い足音がした。
隣の旧理科室をガチャガチャと鍵を開ける音がして、足音も中に消えた。
内側の隣合わせのドアには小さな窓が付いていた。
僕はこっそりと様子を覗いた。
…田宮姉妹!

「はい。約束通り、ここの合鍵。
ここは好きに使っていいわよ。
そのかわりなるべく他人に見られないように。」
「…。」
姉よりも背が高いせいか下を向いていて彼女の表情が見えない。
合鍵って…。
「あんたの居場所をわざわざ作ってやったんだから感謝しなさいよ。
例の物はもう少し待ちなさい。」
「…。」
彼女が小さく頷いた気がした。
腰に手を当てて威張りちらすこの姉に言葉を発する事はなかった。
キーンコーンカーンコーン。
始業のベルがなった。
「ったく、あんたのせいで時間に間に合わなくなっちゃう!
とにかく、あんたは目立たなく、大人しくしててちょうだいよ。判ったー?!」
慌ただしく叫びながら、田宮美月は廊下を駆けていった。
彼女は受け取った鍵を大事そうに眺めた後、ゆっくりと顔を上げて室内を見回した。
そして、深呼吸すると鍵を掛けて部屋を出て行った。
収穫はあったがとりあえず、僕も後を追うようにして授業に向かった。

「はぁ。旧理科室の鍵ですか。」
授業を終えて僕は真っ直ぐに職員室奥の席に座る岸先生の元に向かった。
「しーっ。ええ、僕が預かってても平気でしょうか?」
なるべく他の先生に話を聞かれないようにヒソヒソとお願いしてみる。
「何でまた?まぁ、あそこには何も無いから鍵があっても無くても誰も困らないとは思いますが。」
「実は、落ち着くんですよね。あそこ。
こう…1人で考えたりするのに。」
「でも、武本先生ってESS教室も自由に使えるんじゃ…防音だし、広いし。」
「逆に広すぎかな~。
僕、英語教師のわりに和風が好きになんです。落ち着くんですよね。」
少し、考えてから岸先生が耳元で答えた。
「なるほど。いいですよ。
…では、こちらもお願いしようかな。」
「?何です?」
「たまにでいいですから、ESS教室使わせていただきたいんです。
最新鋭の機器も触ってみたいし。」
「そんな事くらいでいいのなら。
交渉成立!あっと、ちなみに清水先生には絶対に内緒でお願いします。」
1番大事なところを抑える。清水先生に何かを勘ぐられては困る。
彼女達は居場所を作ったと言っていた。その上合鍵まで手にして。
つまりは頻繁に彼女があの旧理科を使用する可能性が高いという事だ。
あの場所で観察していれば、何かが掴めるはずだ。
急な展開に少し興奮気味になった。
彼女と僕の2人が持つ共通の鍵。
遠かった彼女に少しだけ近づいた気がした。

昼休みに一応旧理科準備室で待ってはみたものの、彼女は来なかった。
きっと、この前のように友達とでも食堂にいるのだろう。
放課後のほうが入る確率が高いのかもしれないと思いつつ、1年の廊下を通ると、何やら揉めていた。

うちのクラスの葉月と、4組の牧田銀子だった。
牧田は下の名前も変わっているが本人も個性的な感じで、ちんまりした身長に地味な顔の割に派手な格好を好む女生徒だった。
数人の野次馬が2人を囲んではやし立てている。
「だからー。
あんたに迷惑かけたっつーの?
いちいちうるさいのよ!
特進クラスくらいで威張りちらして。」
「あなたの様な生徒1人でこの学年の品位が下がるのよ!
大体、校則違反でしょ!そのハデなリボンに短すぎるスカート!化粧までしてるでしょ!」
「いい?私は4組!あんたは3組!
関係ないでしよ!
人の好みに口出しするなんてなんて下世話なの!」
「下世話って!悪い事してるのはあなたでしょ!ルールなのよ!」
僕的に2人共、なんて下らない事で騒いでくれてんだ、と呆れた。
女のこういう言い争いに巻き込まれるのは本来ならゴメンなのだが、一方が自分のクラスの生徒となると見て見ぬふりもできない。
やる気のない声で止めにはいった。
「ほら、ほらー。その辺でやめておけ。」
2人は鬼の形相でふりかえった。
勘弁してくれー。
女ってのは本当にやっかいだ。

すっと、1人の生徒が風のように2人の間に入って行った。
「銀ちゃん、もうそろそろ教室に行かないと。」
田宮真朝だった。
「ちょっと、まだ話しはついてないわ。」
ヒートアップした葉月が彼女の肩を掴んだ。
彼女が葉月の方を真っ直ぐに見据えた。
「そうね。確かに、銀ちゃんはルール違反をしているかもしれない。
…でも、そのルールで人権が損なわれるとしたらどうかしら?」
優しく、しかしながら底に真のある口調だった。
「何?!どういう…。」
「人が全て同じで平等だなんて偶像。
それぞれ似てはいても全く別よ。
あなたの正義が彼女の正義と同じとは限らないでしょ。
例えば、肌の病気で化粧で隠していたとしたら、それでもあなたはルールを押し付けるつもり?」
「屁理屈だわ!」
「そうね、でも屁理屈もその理論が真っ当であれば理屈になるわ。
相手に確認も取らずに勝手に思い込みで物を押し付ける事が正義と言えるかしら?」
「…!!」
「自分の理論を正当化したいのなら、相手を納得させるだけの話術を身につけるといいわ。」
穏やかだがその言葉の奥には大きく鋭い剣が隠されていた。
僕はその場に居ながらなにも発する事が出来なかった。
葉月を言いまかした後、彼女は牧田の方に向きを変えた。
「ねぇ、銀ちゃんは自分の行動に100パーセント罪悪感がないって言えるかしら。」
「それは…。違反してるのは私は判ってるけど。」
「じゃあ、その罪悪感分でいいから控えてみたら。
自分に嘘ついてまで派手な格好しなくても、納得できる程度で好きにした方が気が楽よ。」
ニッコリと牧田に笑顔を向けた。
「そっか。そうかもね。ありがとう、まーさ。
もう、行こう。」

「お騒がせしてごめんなさい。先生。」
すれ違いざまに、彼女は僕を横目でみた。
彼女は牧田に手を引っ張らて4組の教室に消えて行った。
ポニーテールを揺らし凛々しくも、静かに戦う…その姿はジャンヌダルクのようだった。
周りの生徒の半数は彼女の言葉を理解していなかったのか、埴輪のように口を開けて呆然としていた。
隣で葉月が歯ぎしりしながら顔を赤くして悔しがっていた。
教師の僕でさえ、お互いをいさめる事に躊躇し、両成敗の方法をみつけられずにいたのに。彼女はあっという間に収めてしまったのだ。
僕は、立ち尽くして彼女が教室に消えていくのを眺めるしか出来なかった。

あ…れ…?
今、確かに『先生』って言ったよな。
それが、彼女が初めて僕に先生という言葉を発した瞬間だった。
「武本先生!私、悔しいです。4組の生徒にあんな言われ方!」
「あ、ああ。」
上の空で僕は返事をしつつ4組の教室を見つめていた。
放課後、彼女は旧理科室に来るのだろうか…。

「参ったね~。また3年が1人不登校だ。」
清水先生が回収ノートのチェックをしながら呟く。
「不登校?この学校そんなに不登校多かったでしたっけ?」
僕は放課後が待ち遠しくてソワソワしながら赤ペンをクルクル回していた。
「ここ最近だよ。3年が4人も立て続けに不登校。」
「家庭の事情とかですか?」
「それも無くはないだろうが、ほとんどが恋愛問題だ。しかも、不登校は全員男子。」
「うわっ。男子メンタル弱いな。」
「ばーか。問題はそこじゃねぇ。4人共、田宮美月に振られてる。」
「!!まじっすか?怖い女とは思ってたけど相当じゃないですか。」
「かと言って、田宮を責める事は出来ない。別に悪い事はしていないしな。」
末恐ろしく感じたと同時に、彼女との関係性に不安を覚えた。
あれだけ、芯の通った思考の彼女が姉には反論すらしない。
何かしらのプレッシャーを掛けられている事は間違いなかった。
「でも、清水先生には関係ないでしょ?1年の学年主任だし。」
「まあな。ただ、スクールカウンセラーでもお手上げらしくて。
神の声を聞きに俺に相談持ち掛けてくるんだよ。」
十字架を掲げる清水先生を冷ややかな視線で見つめる。
「神の声って…。スクールカウンセラー終わってるじゃないですか。全く。
ガキの扱いは面倒ですね。」

ガキか…。生徒のほとんどは本当にガキっぽい。
けど、彼女は違うな…まだ1年なのに、妙に大人びた思考を持ってる。
あの田宮美月がいる家庭環境が彼女をそうさせたのだろうか?

肘をついて思いふけっていると、テニス部顧問の田中先生が僕に声を掛けた。
「武本先生!今日、テニス部の緊急ミーティングやるんで必ず出席して下さいよ~!」
「…!!」
思わず、肘から顎がズレ落ちた。
放課後、ミーティング終わって行っても間に合うだろうか…。
彼女はそこにいるだろうか。
無意識に旧理科室の鍵をギュッと握りしめていた。
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