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1学期
勉強会と彼女の世界
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牧田の提案で、偶然を装って食堂で僕と清水先生、牧田と田宮が同じテーブルに着く事になった。
清水先生はやる気のなさそうに同意した。
とりあえず、これでメモの件だけは解決させなければ。
昼休の時間が来て、僕と清水先生は食堂へ一緒に向った。
食堂は相変わらずの人混みだった。
2人を探し出せるか不安だったが、そんな心配は無用だった。
何せ、牧田の派手な格好は小さくてもかなり目立つ。
牧田のいるテーブルを確認後、僕はオムライスの食券を買った。麺類なんか食べてむせたりするのは勘弁だった。
失敗したくない気持ちが膨れ上がる。
清水先生と僕は席を探すフリをして牧田の近くを通った。
「シミ先~。ここ、空いてるよ~。」
打ち合わせ通り、牧田が僕らに声を掛けた。
田宮が顔を上げてこちらを見上げた。
何も言わず、軽く会釈した。
清水先生は牧田の正面、僕は田宮の正面に座った。
「そーだ、武ちゃん。この間のイケメン騒ぎ、テニス部の関係者だったんでしょ。」
牧田が間髪入れずパスを投げてよこした。
牧田~。お前、本当に見かけと反対にいい奴だなぁ。
「ん、あ、南山高校のテニス部なんだが、しばらくテニスコートを共同で使う事になったんで、その打ち合わせに来たんだ。
田宮と知り合いだって言ってたな。」
「私と…?」
クラブハウスサンドを持つ手を置き、彼女が僕を見た。
今だ!今しかない!
空かさず、僕は例のメモを彼女に渡した。
「久瀬から、これを。
連絡を取りたいらしい。」
「久瀬君…。
もう、2度と会わないと思ってたのに。」
彼女はメモを見ながら遠い目をした。
「久瀬君って言うの?
そのイケメン!まーさの知り合いなら紹介してよ~。」
「知り合いって言っても、小学生の同級生なだけよ。
友達ともちがうし…そうね、勉強会の仲間かな。」
「勉強会?なーに、そのガリ勉集団みたいな集まり。」
クスッと彼女が笑った。
「違うわよ。
むしろ落ちこぼれ扱いされてる子の方が多かったわ。
5.6年の担任がプライドの高い教師でね、成績の悪い生徒のテスト勉強や宿題の面倒を好成績だった私と久瀬君に押し付けたの。
クラスの平均点を上げる為にね。」
「担任って、仕事放棄だろそれ。」
思わず、いつもの毒が口から出た。
隣で清水先生が笑いをこらえて肩を小刻みに震わせていた。
「今思えばそういう事よね。
でも勉強会はとても楽しかったわ。
場所はいつも、久瀬君のお家。
お医者さんの家だから広いの。
もちろん実際の勉強もするけど…その後でディスカッションとでも言うのかな、お互いの考えや悩みを討論していくの。」
「でぃ…。よくわかんない。
銀子ちゃんには遠い世界~。
でも、久瀬君がお金持ちの医者の子供ってのは理解出来たわ。」
おいおい、そこそんなに必要か?牧田。
「久瀬が初恋の相手とか、好きだったとかではなかったのか?」
話しの流れでつい口が滑って聞いてしまった。
清水先生は目に涙を溜めながら笑いをこらえて必死に肩を震わせていた。
「!あははは。ないわ~それ。
久瀬君だってそう言うわ。あり得ないって。」
彼女がポニーテールを揺らし、珍しく大笑いした。
「あのイケメンだぞ、しかも医者の息子なら昔からモテてただろー。」
「今はイケメンかもしれないけど、昔はそうでもなかったし。
…それどころじゃなかったから、あの時は…。」
ふと、一瞬、彼女の顔がとても哀しげに見えた。
アレ??
今、僕は田宮と普通に会話してる!!
そう、気づいた瞬間、顔が一気に赤くなった。
それに、気づいたのか清水先生が急に席を立ち僕の顔を手で抑えた。
「あっ!武本!忘れてんぞ。
ほら、この後の会議!」
「えっ…かい…。」
清水先生が助け船を出して来たんだ。
察した僕も慌ててその場を離れた。
ほんの少し後ろ髪を引かれる思いだった。
もう少し…話していたかった…。
翌日、土曜日だったが午前中からテニス部の合同練習があり、朝から学校で生徒の指導にあたった。
しかし、コーチのジャージ、白ってあり得ね~。白に緑のラインが入ったダサダサのデザインだ。
既婚者は洗濯もしてもらえるからいいけど、独身の僕はなるべく汚さない事を気にしなきゃならなかった。
爽やかなスカイブルーのジャージの集団がこちらに手を振ってやって来た。
南山高校テニス部の一員だ。
「おっはよ~!武本っちゃん!」
でけぇし、目立つし、おかげで野次馬の女生徒の視線が僕にグサグサ突き刺さっていた。
久瀬ぇ~。
「おはようございます。
武本先生、今日はよろしくお願いします。
えー。何かと、ご迷惑おかけするとは思うんですけどね。」
安東部長の辛さは痛いほど通じた。
「いえ、気にしないで下さい。
こちらも私立なのでわりかし個性豊かな生徒もいるので。」
フォローしつつ、久瀬の方をチラ見した。
相変わらず、女生徒にリップサービスしてご機嫌なようだ。
田宮は彼と連絡を取ったのだろうか。
彼女は2度と会うことはないと思ってたと言っていた。
久瀬は彼女に会って何をしたいのか…。
「武本っちゃん、武本っちゃん。」
しばらく練習を腕組みして眺めていると、久瀬が目の前にやってきた。
背の高さが日陰になってちょうどいい。
「ありがと。田宮から連絡もらった。」
「いや、別に…。」
「日にち、かかったみたいだけど。」
「そ、それは…。」
「でさ、これから会う約束してんだけど、チョット協力してくれないかな。」
「会う?土曜日なのに田宮は学校に来てるのか?」
「あっ、えーと、今日は居るみたい。
で、ホラ、僕の今の状況じゃすんなり会いに行けないでしょ。
連れ出してくれないかな?」
「はああ?僕にどうしろと?」
「今から、ラリーをしましょう。
そこで、重い球打つから怪我したフリでもしてくれたら、保健室に連れてくフリして2人でバックレる。ねっ。」
相変わらず、強引な物言いだったが確かに、この野次馬に田宮と久瀬の事が知れたらと思うとゾッとして協力する事にした。
ラリーを始めると、女生徒の黄色い声があちらこちらから響いてくる。
格好いい久瀬と違って、僕は単なる奴の引き立て役だった。
久々にラケットを握るとしばらく使ってない筋肉がギシギシいってる気がした。
そのうえ、久瀬のサーブがかなり重かった。
デカいせいか、かなりの迫力の球を繰り出してくる。
ラリーといっても向こうは軽めな感じでやってるが、こっちは息もキツいし脚は痙攣し始めるし、マジで怪我する!このままじゃ!
「行くよー!武本っちゃーん。」
久瀬が合図をして来た。
僕はその球を打ち返すと同時にラケットを落とした。
「あー。ストップ。脚首捻った!」
大袈裟に言って久瀬と観客にアピーした。ワザとらしくてちょっと、恥ずかしかった。
久瀬はネットを飛び越えて、僕に駆け寄ると観客に聞こえる声で言った。
「大丈夫じゃなさそうっね!保健室に行きましょう!」
背もデカいが声もでけぇな。
「部長ー!武本っちゃん、保健室に連れて行きまーす!すぐ戻ります!」
すぐ戻るって…嘘だよなやっぱり。
しかし、すぐ戻ると言ったからか女生徒達はついては来なかった。
ザワザワするコートから、僕は久瀬に肩を借りながら保健室へ向った…フリをした。
校舎の角を曲がり一階のホールに出た。
久瀬の肩から手を離す。
しかし、腰を支えている久瀬はその手を離さない。
「…おい。もう、終わったぞ。腰から手を離せ。」
「ああ。そっか。武本っちゃん、いいケツしてるからつい。」
「ついってなんだよ。おふざけに付き合ってる暇はない!」
「…別に、ふざけてる訳じゃ無いんだけど。
言ったでしょ。
武本っちゃん気に入ったって。」
「お前…何言って…。」
「そっか、言ってなかったね。
俺、男が好きなんだよね。つまりゲイ。
女の子は可愛いけどそれまで。
男の方が断然好きなんだよね。」
「はああ?」
久瀬はにこやかに微笑んだ。
僕は思い切り遠退いた。
ち、ちょっとまて。
どおりで、やたらと腰を触ってくるととは思ってたけど…。
勘弁してくれ!僕にはそんな趣味は無い!
食堂で田宮が大笑いした理由は…これなのか?
「まっ、いいや。旧理科室まで案内してくれないかな。
大体の場所は聞いたんだけど、迷ってウロウロするの見られたくないし。」
「旧理科室!」
あの、旧理科室。彼女の居場所…。
この2人の関係性を知る事が出来るかも…。
そうだ、久瀬をキッカケに僕は彼女との距離を少し縮める事が出来た。
これから久瀬と田宮の間に起こる事が、また僕と彼女を近づけてくれるかも知れない。
彼女の事を知れたら、あの夏の日にまた一歩近く事が出来る。
僕は久瀬を旧理科室のある廊下まで案内した。
「ありがと。武本っちゃん。」
「僕は…もう行くよ。」
僕は、引き返す振りをして角を曲がると壁に潜んだ。
久瀬が旧理科室に入るのを確認したところで、ゆっくりと旧理科準備室にすべり込んだ。
「久しぶりだね。田宮。」
旧理科室の中央のテーブルの上に腰掛けている田宮真朝に久瀬は声を掛けた。
いつもは見ない、真剣な面持ちだった。
田宮は髪を下ろしているうえに、角度が悪く旧理科準備室の小窓からはハッキリとした表情は伺えない。
「久瀬君は元気そうで良かったわ。」
「…どうしても直接話さなきゃならない事があるんだ。
何度か連絡取ろうとしたけどね、君の家族は…。」
家族…って田宮美月に妨害されたのか?
「そう。ごめんなさい。」
久瀬は一呼吸置くと、彼女の正面に歩み寄って、泣きそうな顔で目線を合わせた。
「田宮…。麻里子が死んだよ。」
「そう…。」
麻里子?2人の共通の友達とかか?
「今度、墓参りでも行こうよ。」
「…。」
彼女は首を振った。
泣きそうな久瀬の頬を撫でた。
「麻里子にはいつでも会えるから。」
「…そう、言うと思った。
田宮はまだ、ソコにいるんだな。
たった一人で…。」
「うん。」
会話の内容が理解出来なかった。
死んだ人間にいつでも会えるって、霊能者とかか?まさかな…。
僕は息を潜め話し声をしっかり聞き取ろうと耳をそばだてた。
「麻里子の最後の言葉は……。
『真朝、ごめん。』だった。
麻里子は気が付いてたんだ。
僕らが君を踏み台にしてその挙句…置き去りにしてた事に!
君が僕らを全力であの世界から救い出してくれたのに…君を救い出す者は誰も居なかったのに…。」
置き去り…した?久瀬は彼女に何かしたのか?
置き去りなんて言葉、ただ事じゃないだろ。
久瀬は以前、彼女とは特殊な関係と言った、その事と関係性があるのか?
久瀬の頬からは涙が流れていた。
綺麗な顔がクシャクシャになっていた。
「置き去りなんて…私は好きでいるのよ、ふふふ。」
「…まだ、田宮の隣には死の世界が広がってるんだな。」
「そうね…死ぬ事に憧れてるわ。今も昔も。」
言葉を疑った。
なんだよ、それ!死にたいって事か?
自殺願望があるって事か…?
冗談じゃない。
そんな…。
「勉強会…、また出来るかな?」
「ふふふ、久瀬君にはもう勉強会は必要ないでしょ。」
「そう…だな…。」
2人は顔を見合わせて、優しく笑った。
絶対に誰にも近けない雰囲気だった。
2人だけの特別な空間がソコにあった。
彼女の存在感がないのは…死に…憧れてるからなのか…。
僕は混乱とその切ない情景に、思考回路が停止してしまった。
清水先生はやる気のなさそうに同意した。
とりあえず、これでメモの件だけは解決させなければ。
昼休の時間が来て、僕と清水先生は食堂へ一緒に向った。
食堂は相変わらずの人混みだった。
2人を探し出せるか不安だったが、そんな心配は無用だった。
何せ、牧田の派手な格好は小さくてもかなり目立つ。
牧田のいるテーブルを確認後、僕はオムライスの食券を買った。麺類なんか食べてむせたりするのは勘弁だった。
失敗したくない気持ちが膨れ上がる。
清水先生と僕は席を探すフリをして牧田の近くを通った。
「シミ先~。ここ、空いてるよ~。」
打ち合わせ通り、牧田が僕らに声を掛けた。
田宮が顔を上げてこちらを見上げた。
何も言わず、軽く会釈した。
清水先生は牧田の正面、僕は田宮の正面に座った。
「そーだ、武ちゃん。この間のイケメン騒ぎ、テニス部の関係者だったんでしょ。」
牧田が間髪入れずパスを投げてよこした。
牧田~。お前、本当に見かけと反対にいい奴だなぁ。
「ん、あ、南山高校のテニス部なんだが、しばらくテニスコートを共同で使う事になったんで、その打ち合わせに来たんだ。
田宮と知り合いだって言ってたな。」
「私と…?」
クラブハウスサンドを持つ手を置き、彼女が僕を見た。
今だ!今しかない!
空かさず、僕は例のメモを彼女に渡した。
「久瀬から、これを。
連絡を取りたいらしい。」
「久瀬君…。
もう、2度と会わないと思ってたのに。」
彼女はメモを見ながら遠い目をした。
「久瀬君って言うの?
そのイケメン!まーさの知り合いなら紹介してよ~。」
「知り合いって言っても、小学生の同級生なだけよ。
友達ともちがうし…そうね、勉強会の仲間かな。」
「勉強会?なーに、そのガリ勉集団みたいな集まり。」
クスッと彼女が笑った。
「違うわよ。
むしろ落ちこぼれ扱いされてる子の方が多かったわ。
5.6年の担任がプライドの高い教師でね、成績の悪い生徒のテスト勉強や宿題の面倒を好成績だった私と久瀬君に押し付けたの。
クラスの平均点を上げる為にね。」
「担任って、仕事放棄だろそれ。」
思わず、いつもの毒が口から出た。
隣で清水先生が笑いをこらえて肩を小刻みに震わせていた。
「今思えばそういう事よね。
でも勉強会はとても楽しかったわ。
場所はいつも、久瀬君のお家。
お医者さんの家だから広いの。
もちろん実際の勉強もするけど…その後でディスカッションとでも言うのかな、お互いの考えや悩みを討論していくの。」
「でぃ…。よくわかんない。
銀子ちゃんには遠い世界~。
でも、久瀬君がお金持ちの医者の子供ってのは理解出来たわ。」
おいおい、そこそんなに必要か?牧田。
「久瀬が初恋の相手とか、好きだったとかではなかったのか?」
話しの流れでつい口が滑って聞いてしまった。
清水先生は目に涙を溜めながら笑いをこらえて必死に肩を震わせていた。
「!あははは。ないわ~それ。
久瀬君だってそう言うわ。あり得ないって。」
彼女がポニーテールを揺らし、珍しく大笑いした。
「あのイケメンだぞ、しかも医者の息子なら昔からモテてただろー。」
「今はイケメンかもしれないけど、昔はそうでもなかったし。
…それどころじゃなかったから、あの時は…。」
ふと、一瞬、彼女の顔がとても哀しげに見えた。
アレ??
今、僕は田宮と普通に会話してる!!
そう、気づいた瞬間、顔が一気に赤くなった。
それに、気づいたのか清水先生が急に席を立ち僕の顔を手で抑えた。
「あっ!武本!忘れてんぞ。
ほら、この後の会議!」
「えっ…かい…。」
清水先生が助け船を出して来たんだ。
察した僕も慌ててその場を離れた。
ほんの少し後ろ髪を引かれる思いだった。
もう少し…話していたかった…。
翌日、土曜日だったが午前中からテニス部の合同練習があり、朝から学校で生徒の指導にあたった。
しかし、コーチのジャージ、白ってあり得ね~。白に緑のラインが入ったダサダサのデザインだ。
既婚者は洗濯もしてもらえるからいいけど、独身の僕はなるべく汚さない事を気にしなきゃならなかった。
爽やかなスカイブルーのジャージの集団がこちらに手を振ってやって来た。
南山高校テニス部の一員だ。
「おっはよ~!武本っちゃん!」
でけぇし、目立つし、おかげで野次馬の女生徒の視線が僕にグサグサ突き刺さっていた。
久瀬ぇ~。
「おはようございます。
武本先生、今日はよろしくお願いします。
えー。何かと、ご迷惑おかけするとは思うんですけどね。」
安東部長の辛さは痛いほど通じた。
「いえ、気にしないで下さい。
こちらも私立なのでわりかし個性豊かな生徒もいるので。」
フォローしつつ、久瀬の方をチラ見した。
相変わらず、女生徒にリップサービスしてご機嫌なようだ。
田宮は彼と連絡を取ったのだろうか。
彼女は2度と会うことはないと思ってたと言っていた。
久瀬は彼女に会って何をしたいのか…。
「武本っちゃん、武本っちゃん。」
しばらく練習を腕組みして眺めていると、久瀬が目の前にやってきた。
背の高さが日陰になってちょうどいい。
「ありがと。田宮から連絡もらった。」
「いや、別に…。」
「日にち、かかったみたいだけど。」
「そ、それは…。」
「でさ、これから会う約束してんだけど、チョット協力してくれないかな。」
「会う?土曜日なのに田宮は学校に来てるのか?」
「あっ、えーと、今日は居るみたい。
で、ホラ、僕の今の状況じゃすんなり会いに行けないでしょ。
連れ出してくれないかな?」
「はああ?僕にどうしろと?」
「今から、ラリーをしましょう。
そこで、重い球打つから怪我したフリでもしてくれたら、保健室に連れてくフリして2人でバックレる。ねっ。」
相変わらず、強引な物言いだったが確かに、この野次馬に田宮と久瀬の事が知れたらと思うとゾッとして協力する事にした。
ラリーを始めると、女生徒の黄色い声があちらこちらから響いてくる。
格好いい久瀬と違って、僕は単なる奴の引き立て役だった。
久々にラケットを握るとしばらく使ってない筋肉がギシギシいってる気がした。
そのうえ、久瀬のサーブがかなり重かった。
デカいせいか、かなりの迫力の球を繰り出してくる。
ラリーといっても向こうは軽めな感じでやってるが、こっちは息もキツいし脚は痙攣し始めるし、マジで怪我する!このままじゃ!
「行くよー!武本っちゃーん。」
久瀬が合図をして来た。
僕はその球を打ち返すと同時にラケットを落とした。
「あー。ストップ。脚首捻った!」
大袈裟に言って久瀬と観客にアピーした。ワザとらしくてちょっと、恥ずかしかった。
久瀬はネットを飛び越えて、僕に駆け寄ると観客に聞こえる声で言った。
「大丈夫じゃなさそうっね!保健室に行きましょう!」
背もデカいが声もでけぇな。
「部長ー!武本っちゃん、保健室に連れて行きまーす!すぐ戻ります!」
すぐ戻るって…嘘だよなやっぱり。
しかし、すぐ戻ると言ったからか女生徒達はついては来なかった。
ザワザワするコートから、僕は久瀬に肩を借りながら保健室へ向った…フリをした。
校舎の角を曲がり一階のホールに出た。
久瀬の肩から手を離す。
しかし、腰を支えている久瀬はその手を離さない。
「…おい。もう、終わったぞ。腰から手を離せ。」
「ああ。そっか。武本っちゃん、いいケツしてるからつい。」
「ついってなんだよ。おふざけに付き合ってる暇はない!」
「…別に、ふざけてる訳じゃ無いんだけど。
言ったでしょ。
武本っちゃん気に入ったって。」
「お前…何言って…。」
「そっか、言ってなかったね。
俺、男が好きなんだよね。つまりゲイ。
女の子は可愛いけどそれまで。
男の方が断然好きなんだよね。」
「はああ?」
久瀬はにこやかに微笑んだ。
僕は思い切り遠退いた。
ち、ちょっとまて。
どおりで、やたらと腰を触ってくるととは思ってたけど…。
勘弁してくれ!僕にはそんな趣味は無い!
食堂で田宮が大笑いした理由は…これなのか?
「まっ、いいや。旧理科室まで案内してくれないかな。
大体の場所は聞いたんだけど、迷ってウロウロするの見られたくないし。」
「旧理科室!」
あの、旧理科室。彼女の居場所…。
この2人の関係性を知る事が出来るかも…。
そうだ、久瀬をキッカケに僕は彼女との距離を少し縮める事が出来た。
これから久瀬と田宮の間に起こる事が、また僕と彼女を近づけてくれるかも知れない。
彼女の事を知れたら、あの夏の日にまた一歩近く事が出来る。
僕は久瀬を旧理科室のある廊下まで案内した。
「ありがと。武本っちゃん。」
「僕は…もう行くよ。」
僕は、引き返す振りをして角を曲がると壁に潜んだ。
久瀬が旧理科室に入るのを確認したところで、ゆっくりと旧理科準備室にすべり込んだ。
「久しぶりだね。田宮。」
旧理科室の中央のテーブルの上に腰掛けている田宮真朝に久瀬は声を掛けた。
いつもは見ない、真剣な面持ちだった。
田宮は髪を下ろしているうえに、角度が悪く旧理科準備室の小窓からはハッキリとした表情は伺えない。
「久瀬君は元気そうで良かったわ。」
「…どうしても直接話さなきゃならない事があるんだ。
何度か連絡取ろうとしたけどね、君の家族は…。」
家族…って田宮美月に妨害されたのか?
「そう。ごめんなさい。」
久瀬は一呼吸置くと、彼女の正面に歩み寄って、泣きそうな顔で目線を合わせた。
「田宮…。麻里子が死んだよ。」
「そう…。」
麻里子?2人の共通の友達とかか?
「今度、墓参りでも行こうよ。」
「…。」
彼女は首を振った。
泣きそうな久瀬の頬を撫でた。
「麻里子にはいつでも会えるから。」
「…そう、言うと思った。
田宮はまだ、ソコにいるんだな。
たった一人で…。」
「うん。」
会話の内容が理解出来なかった。
死んだ人間にいつでも会えるって、霊能者とかか?まさかな…。
僕は息を潜め話し声をしっかり聞き取ろうと耳をそばだてた。
「麻里子の最後の言葉は……。
『真朝、ごめん。』だった。
麻里子は気が付いてたんだ。
僕らが君を踏み台にしてその挙句…置き去りにしてた事に!
君が僕らを全力であの世界から救い出してくれたのに…君を救い出す者は誰も居なかったのに…。」
置き去り…した?久瀬は彼女に何かしたのか?
置き去りなんて言葉、ただ事じゃないだろ。
久瀬は以前、彼女とは特殊な関係と言った、その事と関係性があるのか?
久瀬の頬からは涙が流れていた。
綺麗な顔がクシャクシャになっていた。
「置き去りなんて…私は好きでいるのよ、ふふふ。」
「…まだ、田宮の隣には死の世界が広がってるんだな。」
「そうね…死ぬ事に憧れてるわ。今も昔も。」
言葉を疑った。
なんだよ、それ!死にたいって事か?
自殺願望があるって事か…?
冗談じゃない。
そんな…。
「勉強会…、また出来るかな?」
「ふふふ、久瀬君にはもう勉強会は必要ないでしょ。」
「そう…だな…。」
2人は顔を見合わせて、優しく笑った。
絶対に誰にも近けない雰囲気だった。
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