手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

アップルパイと苦い味

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ヤバイ…マジで…こんなところ見られたら完全にど変態扱いだ。
放課後、テニス部を終えて旧理科準備室に駆け込んだ僕は、コーヒーとアップルパイを並べ、壁に向かって肘を付き、彼女のくれたハンカチの香りに酔いしれていた。
「っきしょー!超~可愛い!」
ハンカチで顔を覆った。
しかし…清水先生のトラップには気をつけなきゃ。
少し、冷静さを取り戻した。
コーヒーを一口飲んで、アップルパイに手を伸ばす。
「勿体無い~でも食べたい~。」
はたから見たら、完全に痛い奴だよな。
彼女のいる壁に向かって一言。
「では、いただきます。」
僕はアップルパイを一口食べた。
甘くて優しくて最高に美味かった。
幸せだぁ。
僕は少しの間、現実逃避の如く、目の前の壁の向こうの彼女の事しか考えなかった。
彼女の事だけを考えて幸せな時を感じていた。

ブルルル。携帯のバイブが鳴った。
見ると香苗からだ。
僕は現実に引き戻された。
今ここで、電話に出る事も出来ず、彼女が帰宅したのを確認した後で返信する事に決めた。
とにかく、婚約を破棄しなければ。
たとえ彼女と僕が結ばれる事が無いにしても、この気持ちを隠し通す自信はない。
こんな僕と結婚しても香苗を悲しませるだけだ。
優柔不断な僕にどうか…力をくれ…。
僕は手帳の中の彼女に願った。

田宮の帰宅を確認して僕は、香苗に電話をかけた。
「モッちゃん!!何でずっと連絡くれなかったの!待ってたんだから!」
物凄い勢いで叫んできた。
「香苗…大事な話があるんだ。」
「もう~わかってる。
今からモッちゃんの部屋に行くね。」
「あ!ちょっと、部屋は…。」
「明日、私お休みだし…お泊まりするから。
うふふ。」
うふふじゃない!それは困る!
「香苗!違う!そうじゃ…。」
言い終わらないうちに、香苗は電話を切ってしまった。
マズイ展開だ。
いや、気をしっかり持て!
僕は自分に喝を入れて、自宅マンションを目指した。

マンションに着いてすぐに、シャワーを浴びた。
これから、僕は香苗にとって酷い事を言わなければならない。
迷いがないと言えば嘘になる。
でも…。
シャワーを終えて、手帳を握り締める。
田宮…勇気をくれ…。

ピンポン。
香苗が来た。
僕は一呼吸置いてドアを開けた。
「モッちゃん!逢いたかったよ~。」
ドカッ!
開けるなりいきなり抱きつかれ、よろけて倒れた。
「痛っ~~。」
「モッちゃん、ごめ~ん。嬉しくってつい。」
この、テンションの高さが調子を狂わせる。
真っ赤なワンピースで、真っ赤な口紅をつけて戦闘態勢かと思う出で立ちだ。
「いや、だから、とりあえず落ち着いて…。」
言うか言わないかの間に、香苗はいきなりキスをしてきた。
「!!」
絡みつく、ねっとりしたキスを僕は無理矢理引き剥がした。
「待てって…だから。はあっ。」
「どうしたの?モッちゃん。嬉しくないの?」
「とにかく、落ち着いて。
僕は話がしたいんだ!」
「いいわ。判った。」
僕は起き上がって、コーヒーを2杯入れた。
テーブルで手を組み、香苗は僕をじっと
見つめた。
「モッちゃん、結婚式の話なんだけど。
来年の秋に予約が取れそうなんだけど…。」
「その…その事なんだけど…。」

…ダメダヨ。レールヲハズレチャ…
…ボクハ、フツウナンダ…。

言いかけた時、何か頭の中で響き、鍵が掛かったように口が動かなくなった。
何だよこれ!!
魚のように口がパクパク動くだけだ。

「友達がね、モッちゃんが教師なら日曜日開けてくれるって。
なんなら教会で生徒とか呼んで盛大にしたらって。」
「か…ち…。」
出ねえ!声がでねぇ!

…ミチヲ、ソレチャダメダヨ…
…ヤクソクナンダカラ…。

「だから、今週の土曜日、婚約指輪買うついでに式場見に行かない?」

…ダメダヨ…フツウ…。
…マワリヲミナキャ…アワセナキャ…。

うるさい!黙れ!出ろ!声出ろよ!頼む!
何だよさっきから!誰だよこの声!

『先生は…こっちに来ちゃ…ダメだよ。』

田宮!僕は…僕は!君の側に…!
「僕には…好きな人が…いる!」

喉から絞り出すような声で言った。
やっと声が出た。
「モッちゃん…?何ふざけてるの?変な声で…。」
香苗は、まともにとっていない。
「結婚は…出来ない。別れて…欲しい。」
何とか喉も治って来て声が出るようになった。
「何言ってるの?両親の前で結婚しますって言ったじゃない!私のどこが嫌なの!」
ヒステリックな金切声で香苗は叫んだ。
当たり前だ。
僕は勝手な事を言っている。
「僕はもう、2度と君を愛せない。」
田宮…僕に…勇気をくれ!
「まさか…生徒じゃないわよね…ねぇ!
モッちゃん!答えてよ!」
「生徒の1人だ…。」
「なんてこと…騙されてるのよ!
弄ばれてるのよ!」
「違う!違う!彼女は僕の事なんて何とも思ってない!
…僕が勝手に…。」
「そんなバカな!あり得ないわ!
かばわないでよ!」
香苗のヒステリーは更にヒートアップしていた。
「本当なんだ…僕が勝手に…好きになったんだ。
彼女は知らない。」
自分で言ってて、胸が張り裂けそうだった。
けれど…事実なのだ…。
「嫌…!」
「えっ…香苗?」
「嫌よ!だとしても、絶対に結婚して!
結婚破棄なんて許さない!」
何を言ってるんだ香苗は…。
「どうして…僕の気持ちはもう…。」
「モッちゃんと結婚するのは私なの!
絶対に認めない!」
「香苗!!」
香苗は叫びながら、出て行った。

嘘だろ…何だよそれ…。そんなの…。
「田宮……。」
僕は手帳を抱きしめた。
なんて事だ…事態は、最悪の方向に進んで行った。
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