手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

道化師は笑って罠を張るその2

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「前野君、溝口君。」
2人の男子は手を振って、こちらに向かって来た。
前野の方は田宮と同じ身長くらいでそばかすに天パのブレザーの制服の男子。
もう一人は身長が田宮より身長も低い、大きなメガネをかけた小柄でTシャツにジャージ姿のダサい感じの男子だった。
田宮が嬉しそうに彼等のところへ駆け寄った。
「チッ。」
僕は思わず舌打ちしてしまった。

ガシッ!
後ろから首をとられた。
「ヤキモチ妬く武本っちゃんって可愛い~。
キスしたくなっちゃう。」
「久瀬!離せ!ったくお前はぁ。」
着替え終えた久瀬から逃れた僕は、肩で呼吸をした。
さっきまでいた女子集団は数メートル先で固まっていた。
「ああ、あれ?僕のファンは礼儀正しいから僕の言う事はちゃんと聞いてくれるんだよね。
宝塚みたいっしょ。」
はは。人を手なずける才能まで持ってやがる。
久瀬は田宮と彼らの側に僕を引っ張って行った。

「よう!溝っち、前野!久しぶり。」
「うおー!久瀬!?」
「噂には聞いてたけど、別人じゃね。
整形したみたい!」
前野が久瀬をからかった。
「相変わらず、ひでーな。
整形でこんなに身長伸びるかっつーの!」
「その人は?」
前野が僕を指差して聞いてきた。
「田宮の学校の先生。
俺ともちょっとした知り合いでね。
田宮の引率がてら来てもらったんだ。」
「…ヤバい人かと思った。」
溝口がビビりながら言った。
「英語教師の武本です。よろしく。」
ヤバい人って…普通そう思うよな。
「山田高の前野です。こっちが溝口。
久瀬と田宮とは小学生からの知り合いです。
よろしくお願いします。」
「溝口です。よろしくお願いします。」
お、意外に礼儀正しいな。
「で、昼なんだが……。」
久瀬が口を開いた。
ん?なんか嫌な予感が…。
「前野達と田宮は一緒に食事しててよ。
俺と武本っちゃんはデートしてくるから。
昔の話で盛り上がってね。」
「な!」
何!何言い出すんだよこいつはぁ!
「1時間後に合流しようぜ。ここに。」
久瀬の提案を否定するかと思いきや、彼等は快く受け入れた。
「OK。相変わらず、何考えてんだか。」
「やっぱ、男が好きだったんだ。
判ってたけど。」
「じゃ、久瀬君と仲良くして下さいね。先生。」
田宮まで!笑いながら!
「仲良くって、意味判って言ってんのか?」
ちょっと、睨み気味に田宮に言った。
「そうですね…婚約者さんには内緒ですよね。」
カッチーン!
「そういう問題じゃ…!」
「ハイハイ。武本っちゃん、行くよ~。
言ったでしょ、用があるって。
後でな田宮~。」
久瀬は有無を言わさず、僕を引きずって歩きだした。
何考えてんだ久瀬は!何考えてんだ…田宮は。

「いい顔。もうジェラシー全開!
欲求不満溜まりまくり!セクシーだよ。
武本っちゃん。」
「あのなー!お前は僕をどうしたいんだよ!」
カフェをやってるクラスでサンドイッチを食べながら、僕は久瀬に怒りをぶつけた。
「武本っちゃん、恋愛は駆け引きだよ。
まったく。
その歳で経験なさ過ぎ。」
「お前のような色欲魔人に言われたくない!」
「色欲って…。武本っちゃんだって、ムッツリスケベーな目で田宮見てたんだろ。
体育館で。」
「見てないよ!」
はい、見てましたよ。悪かったな!
「あのさ、なんだかんだ言って、縛られてんの武本っちゃん自身でしょ。
自分は教師だって。」
「当たり前だろ!」
「当たり前ね~。
じゃあさ、その当たり前の理論で言うと、田宮は女だよ。」
「はああ?」
また、久瀬は変な言い方をした。
「女生徒?女の子?つまりは…女なんだよ。
わかる?」
「わかんね。」
「だー!もう。
どこまで、すっとぼけてんだよ。
確かに今日はいつもの先生の格好して来いって言ったけど…。
あくまでも、今日は教師お休みのプライベートでしょうが!」
「判るように言えよ!」
「今日は先生と生徒じゃねぇって言ってんの。
そんなもん無けりゃ、単なる男と女でしょ。
武本っちゃん。」
「ブッ!!」
思わず吹いた。
「まぁ、武本っちゃんに、それを打破る度胸があるとは思えないんだけどね。」
「当然だ!できるか!ンなの!」
「だろーね。でもさ、俺も出来るだけ協力はしたいけど、何せ学校違うし、会うのにも限られた場所と時間なんだよ。」
「それは、まぁそうだな。」
「そこんとこ、踏まえて、自ら行動する事を考えて欲しいんだよね。」
「む…無理だよ。僕には。」
顔を逸らす僕に、久瀬はお手上げだった。
「ま、その辺の話しはここまで。
後、武本っちゃんを学祭に呼んだのは、もう一つ理由がある。」
「ん?」
「あの2人…勉強会の仲間だよ。」
「なっ!」
勉強会って…例の!?
「俺と同様、詳しい事は話さないと思うけど、それなりに武本っちゃんには役立つはずだから。
後で話しを聞いてみるといい。」
「本当に…いいのか?聞いても。」
「いいよ。けど彼らも核心に触れる事は無い。まぁ軽いヒントだと考えてよ。」
「あ、ありがとう。また借りが出来たな。」
久瀬は満面の笑みで応えた。
                                                  

              
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