手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

道化師は笑って罠を張るその3

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食事を終えて、僕と久瀬は待ち合わせの場所に向かった。
3人も食事を終えたようで先に待っていた。
「そんじゃ色々回りましょうか。」
久瀬が田宮の手を引いて歩きだした。
前野と溝口の後ろを僕はついて歩いた。

「先生、久瀬って先生が会った時から、あんな感じ?」
前野が変なことを聞いて来た。
「あんな…まぁチャラ男だな。」
「そっか。随分と変われたんだな。」
「えっ?」
「姿もかなり変ったけど…性格がね。
以前は暗くていじけてて、どもりグセがあったな。」
「そうそう。他人と話せないんだよね。
勉強会でも田宮の通訳が必要なくらいで。」
溝口も懐かしそうに話しだした。
「えっ久瀬が?」
「前野だって、先生からバカだバカだって言われてたのに、今や学年1位だもんな。」
「溝口だって、今度漫画家デビューだろ。」
「児童漫画家だから大した事ないけど。」
えっえっ何?勉強会の奴らは全員、何らかの変化があったのか?
「それって…勉強会の影響なのか?」

「!!」
2人の顔色が一気に変った。
「先生…勉強会知ってるの?」
「田宮から?」
「いや…久瀬から少しだけ。」
「ふ~ん。先生、田宮の学校だよね。
じゃあさ、田宮をどう思う?」
前野は僕に問いかけた。
「へっ?あ、いや…変った奴とか?」
「だろうね~。田宮は小学生から全然変わってないよ。
まるで時間が止まってるみたいに。」
「うん、姿は成長してるけど、昔のまんま。
会話も捻りがあって!」
「変わってない?まったく?」
「先生、田宮と会話してて、イラついてたでしょ。」
「そうそう。あれさ、わかってないって事だよな。」
溝口も同調して来た。
「何だよ、何だよそれ!」
「田宮の言葉をそのまま信じちゃいけないんだよ。」
溝口は人差し指を左右に振った。
「はっ?」
「ばーか。溝っち、勉強会経験者以外に言ったってわかんないだろ、それ。」
「そっか。田宮慣れしてないと無理か。
先生は経験値ないからな。はははは。」
どういう事だ?これが久瀬の言っていたヒントなのか?
田宮の言葉をそのまま信じちゃいけない??
確か久瀬も以前、同じような事を…。

しばらく色々歩き回って、前野と溝口が帰って行った。
「どお?参考になりました?武本っちゃん。」
久瀬が僕の肩に肘をついて囁く。
「まぁな。でも整理出来てないのが本音だ。」
「了解!」
ふと、久瀬について疑問がわいた。
「お前、将来、医者になるの?」
「さーてね。でも、俺の触診は最高だと思うよ。みんな気持ちよくさせてあげられるし。」
久瀬はいやらしい手つきをした。
「医者になったら、すぐ教えろ!
絶対にお前にだけは診てもらいたくない!」
「あーはいはい。
そろそろ喉乾かない?ちょっと飲ませたいのがあんだけど…。」
そういうと久瀬は目の前のジュースバーをやってるクラスに入って行った。
僕と田宮も後を追った。

「はい!特製ドリンク。フルーツいっぱいだから美味いよ。」
確かにメニューにもあるし、安全だろうと僕と田宮は疑わずに飲んだ。
すると、久瀬がいやらしい目つきで言い出した。
「あ、ごめーん。これ、入れちゃった!」
「はっ?」
「何?」
久瀬の片手にはマムシドリンクと書かれた小瓶が…。
精力剤ー!!
何してくれてんだお前~!
「久瀬っ!これ…何のつもりで…!」
僕は久瀬の襟首をつかんだ。
「栄養剤と間違えたんだよ。ホラ、疲れ気味かなーって。
半分づつしか入ってないし、大丈夫だって。」
何が大丈夫なんだよ!精力剤だぞ!
「田宮、帰るぞ!」
「あ、はい。」
久瀬のイタズラが度を過ぎていたので、僕はもう帰る事にした。

廊下を歩いて僕と田宮は生徒用玄関から出ようとした。
「きゃ!」
田宮の足元から猫が飛び出してきた。
「田宮!捕まえて!校内に入っちゃう!」
久瀬が叫んだ。
田宮が反射的に猫を追いかけた。
「おい!田宮!?」
僕も彼女を追って走った。
猫は体育館内に滑り込んだ。
僕と彼女もつられて体育館に入った。
イベントも終わり、静まり返った体育館内の猫を捜してみる。
奥の体育館倉庫の扉が開いていた。
「田宮、あそこじゃないか?」
僕は指を差した。
「入ってみましょうか?」
覗き見ると、姿は見えないがガサゴソと音がした。
彼女が先に入り、次に僕が入った。
瞬間。

バン!ガッチャン!
「えっ?」
室内が急に薄暗くなった。
こ…れは…ハメたな!久瀬ー!!
「あっれ~閉まっちゃった。鍵かかっちゃったから、職員に鍵取ってくるね~!」
扉の外で久瀬は叫んだ。
「こらぁ~久瀬~!」
ヤバいマジで…暗がりで2人きりなのもあるが…。
…何より…さっき飲んだ精力剤がぁ!
にゃあ~~。
「いたいた。どこからか出られるかしら。」

田宮は薄暗い体育館倉庫の中で猫を抱き上げ、上についた窓を見た。
「猫くらいなら、外に出られそう。」
しかし、田宮や僕の身長でも届きそうにない。
跳び箱も奥の隅からは動かせそうになかった。
僕は溜息をついた。
「田宮…その、嫌だと思うが、僕が田宮を抱き上げるから窓から猫を出せ。
それなら届くだろ。」
「確かに、届きますが…重いですよ。」
「持ってみなきゃ判らないだろ!僕だって、見かけほどひ弱じゃない!」
半ギレで叫んだ。
どんだけ頼りにしてないんだよ。
「判りました。」
僕は、腕まくりをして胸のボタンを2つ開けた。
「まず、窓を開けますね。」
「ホラ、来い!」
僕は彼女を腰のところで抱えて持ち上げた。
彼女の胸の下に顔が当たる。
彼女からいい匂いがした。
思わず顔がニヤけた。
暗がりで助かった~~。
「ん、あっ。」
ガチャ。スー。
「開いたか?」
「はい。」
一旦、彼女を降ろした。
次に猫を抱えた彼女を再び持ち上げた。
ふにゃ~~。
猫を外に出した瞬間、反動で彼女がグラついた。
「きゃっ。」
「うぉあっ!」
ドサッ!

僕はマットの上に倒れ込んだ。
眼を開けると…信じられない事が…!
田宮が僕の上に重なるように倒れ込んでいた。
彼女の手が僕の開いた胸の上にあった。
そして、僕の太ももの間に彼女の足が…。

ドクン!ドクン!
心臓の音が鳴り響く。身体中の血液が逆流してるみたいに熱を帯びる。
これは…精力剤の…!
久瀬の言葉か頭を巡った。
今日は教師と生徒じゃなく男と女…男と女…。
「先生、ごめんなさい。今退きます。」
間近に彼女の顔が…!
「…ゆっくりで…いい…。」
思わず心の声が漏れ出した。
「えっ?」
「あ、いや…その暗いから。」
「ああ、気をつけろって事ですね。はい。」
彼女はゆっくりと僕の身体から離れた。
まずい!僕の身体は彼女に反応しまくっていた。
収まりがつかない!
「はぁ。はぁ。」
息が粗くなってきた。
「先生?大丈夫ですか?暑いですよね。ここ。」
彼女には気が付かれてないようだ。
彼女に背中を向けて、マットの上に体育座りした。

勘弁してくれ!頼む!収まってくれ!
僕には…そんなつもりは…!
「田宮、久瀬に携帯で連絡を…。」
振り返ると、彼女が胸のボタンを1つ外していた。
ブーッ!
「先生!?」
僕は、大量の鼻血を吹いてしまった。
田宮がハンカチで押さえてくれた。
最悪だ…。
ガッチャン。ガラガラ。
「お待たせ~~。大丈夫?」
「大丈夫じゃね~~!!」
僕は久瀬の横を瞬足で走り抜いた。
「先生?大丈夫かしら。」
「ああ、大丈夫。男の子だし。武本っちゃん。
ちょっと…トイレかな~~。」
「??そう。」
久瀬は笑いをこらえて、彼女と一緒に僕の事を待っていた。

10分後、僕は疲労困ぱいで、久瀬に文句を言う気力もなかった。
「ごめーん。
さっき飲ませたのこっちの栄養剤だった。
瓶間違えて見せちゃって。はははは。」
つまりは、僕は単純に田宮に欲情していた訳で、久瀬はそれを試したのだった。
「身体は嘘つかないよん。武本っちゃん。」
「うるさい!黙れ!」
鼻血の出し過ぎで貧血ぎみになりながら、久瀬と田宮に送られて帰宅した。
                                                                    
                                                      
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