手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

彼女の気持ち僕の心

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南山高校の学校祭での出来事が中間テストが始まっても、僕を悩ませた。
改めて考えると最低な男だと思う。
このヘコみ具合は清水先生も感づいていた。
「お前、せっかく教師らしくなってきたかなって時に何ヘコんでんだよ。
それ、以前のお前だからな。
以前のヘタレ教師。」
「はいはい。僕はヘタレです。最低です。」
「格好と合ってね~だろ。
澄ましてろよ一応、形だけでも。」
「中間テスト期間中だけでもヘコませて下さい。男としても自身無くしてるんですから。」
「何!?お前…もう勃たなくなったのか?」
「違いますよ!
どっちかってーと勃ち過ぎて…って何を言わすんですか!」
「ふふふん。若いといいなー。精力旺盛で。」
清水先生はいやらしく笑った。
僕は、溜息をついて頭を抱えた。
田宮には僕はどう、映ったのだろう。
やっぱり変態!?とかキモいとか!?
それを考えるだけで恥ずかしいやら、自分に腹立つやら。
でも、確かな事は、僕は田宮を完全に1人の女性として観ているという事だ、心も身体も。
「はああ。」
教師なんて、なるんじゃなかった。

テスト期間中は部活もないし、早めに放課後を迎えるし、僕は逃げるようにして旧理科準備室に入った。
コーヒーを入れて丸椅子に座り、とりあえず学校祭での失態以外の事を整理しようと考えた。
勉強会について、いくつかの情報があった。
田宮以外の人間は勉強会によって、かなりの変化があったという事。
田宮の勉強会では、独特の捻りのある会話がなされていたと言う事。
後、久瀬に至っては性格さえも大幅に変化している。
そして、勉強会を経験した者にしか判らない秘密があると言う事。

田宮は何をしたんだ?
他人に影響与えるなんて、そうそう出来る事じゃない。
おそらく、最大のヒントは田宮の言い回しだ。やはり、理解力の問題なのか?
文系なんだけどなぁ、僕は。

田宮の気持ちを知るには、彼女の言い回しを紐解く事が大事なんだよな。
素直じゃないからな…田宮は。
また、そこが可愛いっちゃ可愛いんだが。

あれこれ考えながら、僕は中扉の小窓を覗いた。
彼女は実験台にもたれかかり、眠っていた。
「また、眠ってる。よく眠るやつだな。」
学校祭での感触…夏休みのキス…なんだか近くよりもどんどん遠くなっていく気がした。
彼女の気持ちが知りたい…本当の気持ちはどうなんだろう。
2人だけで、話せたら…。2人だけで…勉強会してくれないかな…。
僕はまた、妄想に入ってしまった。

中間テスト最終日、最終科目で1年4組の試験官担当になった。
教室へ向かう足取りは重い。
田宮と視線を合わせるのが怖いのだ。
ヘタレだ…本当にそう思う。
「ほら、休憩時間終わるぞ!席に着いて!
教科書しまって!」
わざとキツめな口調で言って、自分で自分をごまかした。
「机の上は筆記用具のみ!
まず、回答用紙を配るから、配られたら即、記名!
記名の無い者は0点だからな!」
坦々と仕事をこなしているものの、田宮の席に眼をやれない。
「テスト開始!」
はぁ。
僕は椅子に脚を組んで座った。

田宮も今なら下を向いているだろう。
そう思って、横目で彼女の席を見た。
彼女は肘をついて、窓の外を見ていた。
そして、少し笑った気がした。
僕も同じ方向に視線を投げた。
木の枝に鳥のツガイがいた。
仲よく餌を分け合ってたべている。
お互いの首を突いたり、擦り寄ったり。
ボーッと見るのにはちょうどいい……。

いや、ダメだろう!今テスト中!
僕は椅子から立ち上がり、田宮の席まで行った。
「田宮!真剣にテスト受けろ。」
コツンと小突くつもりだった…でも…自然と手が、ポンポンと頭に乗せるだけになってしまった。
仲睦まじい鳥を見る彼女が可愛くて仕方なかったのだ。
「はい、すみません。」
なんで…こんなに僕は田宮が好きになってしまったんだろう。
僕はテスト中1番後ろから、彼女を見つめ続けていた。

テスト回収後、僕は職員室で清水先生から機関誌製作の簡単な説明と写真データを受け取った。
「これ、機関誌製作委員名簿、既に委員長、副委員長、会計、書記は決まってるから頼んだぞ。」
「はい。明後日の放課後に初回の打ち合わせを開始する予定です。」
清水先生からもらった名簿プリントを見る。
委員長、副委員長は2年、会計、書記は1年となっていた。

書記…1年4組 田宮 真朝!
「清水先生!これは…。」
「元々、俺がやる予定で彼女に頼んだんだよ。
運が良かったな。
けど、ヘタに手を出すなよ!」
「解ってますよ!ンな事しません!」
本当はしたいけど…出来ない!
でも…。ちょっと嬉しい。
僕は羽織っていた白衣のポケットから、レモンキャンディを出して口に放り投げた。
甘酸っぱさが口に広がった。
田宮と委員会なんて初めてだなぁ。

「先生、機関誌作製委員、私やります。」
帰りのホームルームで葉月結菜が僕の前にやって来た。
「お前、学級委員長だろ?
委員の掛け持ちなんて出来ないだろ。」
「出来ます!やります!」
「あのな、もう内山に決まってんだろ。
うちのクラスは。」
「内山さんには代わってもらう約束をしてあります!」
「葉月ぃ~。いい加減にしてくれないかな。
僕は結構いっぱいいっぱいなんだよ。」
本当にいっぱいいっぱいだ。
田宮がいるところに葉月なんて最悪の組み合わせだろうが。
せっかくのチャンスを台無しにするなよ~。
僕はうんざりした顔で葉月に断った。
「嫌です!武本先生が担当するって聞いてます。
無理やりにでも内山さんの代わりに出席します!」
……根負けした。
「判ったよ。けど…騒ぎは起こすなよ。
僕だって担当するのは初めてなんだから。」
「ありがとうございます。」
「あくまでも、委員の仕事に従事してくれよ。」
「はい。もちろん。」
はぁ。先が思いやられる。

今日1日で僕のテンションは下がったり上がったりで、疲れてしまった。
早く、旧理科準備室に急がないと…。
心の安らぎを求めて僕は旧理科準備室へと向かった。
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