手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

学者先生とガキ先生

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「先生…痛いです。」
「あ…すまない。はぁ。はぁ。」
思わず、田宮を引っ張る腕に力が入ってしまった。
屋上まで逃げて来た僕等は昼飯を食べ損なった。
「銀ちゃん…大丈夫かしら。」
「お前なぁ~。他人の心配よりも自分の事考えろ。」
僕は床に座り込んだ。
空が雲ひとつなくて抜けるような青に染まっていた。
「!」
口にチョコレートが当たった。
「はい。これしかありませんが、少しはお腹の足しになりますから。」
僕は田宮の手からチョコレートを口に入れてもらった。
甘い…。
田宮もチョコレートを一口頬張った。
「甘い…。」
口の中でチョコレートを溶かす田宮に、僕は少しドキドキした。
田宮は…僕の事なんて何とも思ってないのに。
僕はちょっとした事でこんなにもドキドキしてしまう。
キスしたい…抱きしめたい…。
「困りましたね。
金井先生の目的がわかりません。」
「え…ああ。」
田宮は本当に金井先生が苦手なのかな…嫌いではないな。
その概念がないのだから。
「田宮…その意地悪な質問していいか?
その…答えたくなかったら答えなくて構わない。」
「何なです?」
「僕と金井先生は…どっちが…その苦手なんだ?」
うわー。何聞いてんだよ僕は…。
恥ずかしい。
「そうですね。
からかいがいのあるのは武本先生ですね。
反応が面白いですし。」
「からかいって…お前なぁ~。」
そうやってすぐ、はぐらかす。
僕は彼女に完全に弄ばれていた。
彼女は風に髪をなびかせながら、クスクスと笑った。
僕もつられて笑顔になった。
やっぱり…この2人だけの空間が、僕の宝物だ。
例え…君が…僕を知らなくても。

放課後、今日は委員会もある。
「くそ、腹減った。委員会まで食う時間ねぇ。」
「お前、昼飯食わなかったのか?葉月と。」
清水先生が突っ込んできた。
「食ってません。誰とも。」
「何してたんだよ昼休み。」
「…田宮と屋上に…。」
「えっ?何、お前!乳繰り合ってたのか?」
「何です!その下品な発想は!違いますよ。
トラブルから逃げて…。」
「トラブル?」
「金井先生が田宮と付き合うとか宣言しましてね。
怒った一部の女子が田宮を囲んでたんですよ。」
清水先生は少し考え込んだ。
「金井が…?そりゃお前に勝ち目ないな。
見た目も頭も。」
カッチーン!
「わかってますよ!ンな事は!」
僕は清水先生の言い方にムカついた。
「でも、お前の方が愛嬌あるけどな。」
「女じゃないのに愛嬌あってどうするんですか?も~いい加減な事ばっか。」
どうせ子供ですよ。僕の反応は。
「ははは~。」
僕はお腹の音を気にしながら、委員会に出席した。

委員会中何度も腹の音で会議が中断した。
ぐうぅ。
「武本先生。さっきから何です?
お昼ご飯食べなかったんですか?」
塚本がイライラしていた。
「ちょっと、忙しくて。すみません。」
って、僕だけじゃねー。
田宮だって鳴ってたのに僕のせいにしてるし!
「先生。お昼休みどこに行ってたんですか?捜したんですよ。」
「いや、その屋上にちょっと。」
僕はチラリと横の田宮を見た。
澄ましてる。まったく。
僕は胸の手帳を1ページ破ってはしにメモして、こっそり隣の田宮に見せた。
『終わったらすぐ、食堂直行!おごってやる。』
「…!」
田宮はそのメモに小さくOKと書いてよこした。
僕は会議終了後、葉月が声をかける前に、猛ダッシュで職員室へと駆け込んだ。
そして、書類を置くと再び猛ダッシュで食堂を目指した。

4時を過ぎると食堂のキッチンは閉まってしまう。
残り10分。
田宮の方が先に着いていた。
「もうカレーしか残ってないようなので、勝手に2人分頼んじゃいましたよ。」
「あ…ども。」
キッチンのおばちゃんが僕に呟いた。
「残りだからタダでいいから、早めに食べてね。洗い物済ませて5時に上がらなきゃ。」
「はい。ありがとうございます。」

僕は田宮と広い食堂で2人きりでカレーを食べた。
「あれから…金井先生は…?」
「カウンセリング忙しくて、私に声をかける暇なんかないですよ。」
「そっか…。」
「銀ちゃんが怒ってましたよ。
後で謝っておいて下さいね。」
「ははは~。そうだな。」
2人きりで食事なんて…しかも、こんなに穏やかに会話するなんて…夢みたいだ。
僕は彼女の食べる仕草にボ~ッと見惚れた。

「見ぃ~つけた。真朝君捜しましたよ。」
金井先生!!
「ズルいな。武本先生、抜け駆けするなんて。」
「抜け駆けって!おい。
誰のせいでこうなったと…。」
カタッ。
金井先生は田宮の左隣に座った。
「生徒から聞きましたよ。
彼女を連れて逃げたって。」
そう言いながら、金井先生は彼女の髪に手を伸ばした。
クルクルと指に絡ませる。
何してんだよ!お前!
「大体、金井先生が問題なんじゃないですか!
田宮は嫌がってるんですよ。」
「今は…ですよ。
真朝君が僕を受け入れてくれれば、問題は解決する。
そうでしょ?」
金井先生は指に絡めた髪の毛に口付けした。
「!!」
何してくれてんだよ!マジで!!
「金井先生、姉が先生に会いたがっていましたよ。会いました?」
彼女が話を切り替えた。
「うん、会ったよ。
すっげ~性格ブスだったけど。
自覚ないのが痛いんだよね。」
金井先生はにこやかに毒を吐いた。
お前…田宮 美月に聞かれたら殺されるぞ!
金井先生は指に絡めた髪を解いた。
そして、その手を田宮の右肩の方へ伸ばし
た。
顔を田宮にグッと近寄せ、耳に息を吹きかけた。
「あ…んっ。」
思わず田宮の声が漏れた。
「可愛いな。」
あまりの態度にさすがにキレた。
「いい加減にしろ!」
彼女の肩に乗せた金井先生の腕を掴んだ。
「怖いよ。武本先生。
まるで女を寝取られた男みたいだ。」
「ね…って!とにかく、田宮の迷惑考えろ!」
「武本先生って…。 
メガネ取ったら童顔ですね。
学生みたいだ。」
「ガキって事ですか?
その通りですよ。
僕はそれほど大人じゃない。
あんたのように感情のコントロールは上手くないんです!」

バン!
田宮が両手でテーブルを叩いた!
「早く片付けないと、食堂のパートさんに1番迷惑がかかります。」
「あ…。」
「ま、ここまでにしますか。」
僕らは食器を返却棚に戻し、食堂を出た。
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