手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

最悪の体育祭その1

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職員室に戻ると、いきなり清水先生に襟首を掴まれた。
「おい!魔女に捕まったらしいな。大丈夫か?」
「あ、ええ。少しだけ脅されただけですよ。
心配しないで下さい。」
「全くタチ悪ぃな。教師脅すって。」
清水先生はイラついた顔で頭をかいた。
「僕は若いし、それほど権力もありませんから脅すには丁度いいんですよ。」
「魔女がこれじゃ…大魔女が恐ろしいな。」
「そうですね。」
確かに、田宮 真朝の母親は同じく魔女 田宮 美月の母親でもあるんだ。
気を引き締めて行かないと。

僕は昼休みの時間が少し空いたので、久瀬に連絡を入れてみた。
「おっつー。武本っちゃん、何かあったの?」
「土曜日、空いてるか?」
「えっ!デートかな?空けちゃう空けちゃう!」
「真剣な話だ!説明は後でするが、田宮が今かなりピンチだ。協力して欲しい。」
「ん?…そう。わかった。
前日にまた連絡して。
前情報が欲しいんでね。」
久瀬は瞬時に状況を判断してくれた。
「ありがとう。礼は必ずするから。」
「一緒に一晩を過ごしてくれればいいよん。」
プチッ。
速攻電話を切った。

僕はあらゆる手を使う事にした。
1年4組を覗いた。
田宮はいなかったが牧田がいた。
「牧田ー!ちょっと!」
僕は牧田を廊下に呼び出した。
「なんよ~武ちゃん。
この前は置いてけぼりにしてくれたよね~。」
あ…やっぱり怒ってる。
「すまない。あの状況だ。許してくれよ。」
「仕方ないのねん。
武ちゃんには借りがあるし。」
「…頼みがあるんだ。
牧田…協力してくれるか?」
声を潜めてお願いした。
「およよ~~。真朝の事ね。いいよん。」
妖怪恋愛アンテナは察しがいい。
「僕の携帯の情報を教えるから、田宮に何かあったら、すぐ連絡して欲しい。」
「いいよん。じゃあ、ニセ学者先生が真朝にちょっかいを出しても、教えてあげるよ。」
「マジ。いい奴。好きにはならないけど。」
「武ちゃん…。銀子ちゃんで遊ばないでよ。」
「…すまない。」
これで、出来るだけ監視の目を増やせる。
僕は牧田に礼を言って足早に職員室へと戻った。

カウンセリングルームは基本的に中休み時間や昼休み終了前の15分、放課後の1時間に開放されてる。つまりはこの時間は金井先生は田宮には近づけない。
僕は金井先生のタイムテーブルを把握して、対策を考えた。
危険なのは昼休み開始から30分と放課後の1時間後。
後は体育祭の金井先生の行動だ。
教師じゃない分、奴は自由に動けて役割もない。
やはり体育祭に自分が動けないのが辛い。
久瀬の力に頼るしか無さそうだ。

「体育祭…心配か?
田宮 美月が動き出したとなると。」
体育祭のスケジュールを見ている僕に、清水先生が声をかけて来た。
「はあ。僕の担当が本部からあまり離れられないので…。」
「ま、俺も出来るだけ協力するから。
本部って事は田宮 美月の行動は把握出来るはずだ。
お前はそっちに注視してろ。」
「はい。そうします。」
「お前…婚約者とは…別れたのか?」
「えっ…と。別れは切り出してはいます。
僕の中にはもう…。」
「だろうなぁ。
こればっかりは理屈じゃねぇからな。」
清水先生は僕の肩をポンと叩いた。
「そうですね。理屈じゃないですね。
どうしよもない感情がそうさせるんですから。」
僕は笑顔で返した。
「いい顔だ…。」
清水先生は呟いた。

金井先生と田宮 真朝の噂が瞬く間に広がっていったせいか、金井先生にキャーキャー言う女子は当初よりも半減していた。
逆に言えば、金井先生がより動きやすくなってしまった事になる。
金井先生はそこまで計算していたのだろうか?
「先生~~!?小テストの時間長すぎじゃねーの?」
1番前の席の生徒に声をかけられた。
「あ、終了!回収するから後ろから回してくれ!」
あまりに深く考えすぎて授業がおろそかになってた。
危ない、危ない。
自分のクラスというのもあって油断してしまった。
授業終了後、葉月が近寄ってきた。
「美月先輩と武本先生って、仲良かったんですね。知りませんでした。」
仲良くって、真逆だよ。
「ちょっと…な。」
「素敵な先輩ですもんね~。
先生、浮気しちゃダメだよ。」
ふざけるな。
死んでもあんな魔女とは付き合わねぇ!
「わかった。わかった。」
僕は葉月の頭を撫でて、教室を出た。

職員室へ向かう廊下の出窓でもたれ掛かる田宮 真朝がいた。
ずっと前…こんなシチュエーションがあった…。

『先生とは…合わない…。』

何度僕は振られてるんだろう。
振られてるのに…それでも全然…。
好きで…好きで…たまらなくて…。

「田宮、具合…悪いのか?貧血?」
「…いえ…。足音を聞いてるだけですよ。
ふふ。」
「そうか…。」
触れたい…頭を撫でるだけでも…。

僕はそのまま、職員室へと入って行った。
僕は僕の心を押し殺す…。
彼女を守る為に…。
大好きだから…大切だから…。

僕は胸ポケットの手帳を握りしめた。


「そいつ!ドSだよ。そのカウンセラー!
俺の勘では。」
金曜日の夜、久瀬がマンションにやって来た。
「何の分析してんだよ。
僕が相談してんのはそんな話しじゃねー。」
「甘いな。
ドMの武本っちゃんには判らないだろうけど。」
「誰がドMだ!」
どういう発想だよ!
ドSではないのは確かだけどよ!
「え~~Mじゃん!絶対!
何なら俺が試してやろうか?」
「試してどうすんだよ!僕は女しか嫌だ!」
「今は、田宮しかでしょう。」
久瀬はニヤニヤ笑って言った。
「くそっ。」
「その金井先生ってのはまず、会ってみない事にはどうも…。
問題は田宮 美月だなぁ。
恐らく…下っ端やら取り巻きを使って、足の付かない方法で田宮を狙うはずだ。」
「お前も、そう思うか?」
「当然でしょう。
学校の見取り図とグランドの配置図見せて。
死角になりそうなとこを先にチェックしよう。」
「後、当日のプログラムだ。
田宮の行動時間も把握しておくべきだろう。」
「…武本っちゃん。なんか頼もしい!」
「はああ?」
「いやいや。
いい男になってきたって事だよ。」
「いつまでもヘタレって言われたくないからな。」
「ヤバい!キュンキュンしそうだ!」
「久瀬!何かしてみろ!したら絶交だかんな!」
「え~~。」
僕と久瀬は夜遅くまで、田宮 真朝を守る為の作戦を練っていた。
明日は体育祭だ…。
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