手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

大魔女

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翌月曜日、朝10時。
曲がりなりにも田宮の保護者に会うので、僕はアイロンのかかった黒のスーツ上下を着て紺のネクタイを締めた。
第1印象が悪ければ門前払いされる可能性もある。
僕は胸ポケットに手帳をしまった。

清水先生がマンションまで迎えに来てくれていた。
「おっす。大丈夫そうか?体調。」
「おはようございます。大丈夫です。
しっかり食事も取りましたから。」
「そうか。ホテルのラウンジで会う事になってる。気合い入れて行くぞ。」
「はい。」
僕は清水先生の車の助手席に座った。

「ああ、そうだ。
嫌だと思うが、明日の全校集会で事件の説明を校長がする。
お前は何も言わなくていいが、壇上で礼だけしてくれ。いいな。」
「はい。わかりました。」
「田宮 美月の事だ。
この件は元々事故で処理する計算だったんだろう。
一昨日、生徒や保護者にも妹の事故に関する謝罪をいち早く学校からメールしやがった。
段取り良すぎだろ!魔女め!」
「香苗を焚き付けたのも、おそらく魔女の手の者でしょうね。
でも、僕が甘かったんです。本当に。」
「田宮 真朝が…あの時。
1番に誰を守ろうとしたか。
…判ってるな。」
「ええ。判ってます。だから今日。
大魔女に会う事にしたんです。」
「前にも言ったが、お前は一言も話すな。
相手を観察してろ。失敗は許されない。」
「了解しました!」

街中の高級ホテルの駐車場に車を止めた。
コートを車の中に置いてホテルに入って行った。
いよいよ、大魔女と対面だ。

ホテルのラウンジには平日ともあってそれ程人は多くなかった。
「いたぞ!彼女だ。」
清水先生か耳元で囁いた。
そこには、見るからに派手で趣味の悪い柄のスカーフに指輪、高級バッグを手にした、サングラス姿のふっくらした女性が座ってタバコをふかしていた。

「田宮さんですね。
お電話した真朝さんの担任の清水です。
よろしくお願いします。」
その女性はサングラスを外してこちらを舐めるように見た。
田宮 美月がおばさんになったらという感じがするくらい醜悪の感じがした。
似てる…!
「僕は1年の英語を担任してます。武本です。
よろしくお願いします。」
「田宮です。
美月の母としての方がいいのだけれど。
一応、真朝の母です。よろしく。」
…やはり、自己紹介からして不自然だった。
僕と清水先生はイスに座った。
「この度は、真朝さんを怪我させてしまい…誠に…。」
「知ったこっちゃないのよ!
てか、あんな軽傷意味ないわ!
するなら、もっと大怪我してくれれば、慰謝料ふんだくれるのに!」
僕は…耳を疑った…この女…!
清水先生は右手で僕の腕を抑えながら、話を切り替えた。
「実は…前の中学校の教師からも色々と聞いていまして…。
お母様の教育方針が見えづらいので、お話しして頂こうかと。」

「先生…この際だからハッキリ言います。
私はあの子が可愛いと思った事は一度たりともないんです。
自分で産んだから、全ての子供を愛せるなんて幻想です。
だって憎しみの対象にする為に産んだ様な物なんだから。
私がこの世で1番嫌いなのが真朝なんですよ。」
「……!!」
僕は膝の拳を力一杯握った。

「けど…虐待だの何だの言われては美月にとつてはマイナス。
だから最低限の事はしてます。
本当は高校だって通わせたくないんです。
でも、心優しい美月が妹が可哀相だから、お願いって言うもんだから。」
それは、彼女に利用価値があるからだ!
優しさなんかじゃない!
「いやね。
美月は私に似て美人で優しくて頭がいいでしょう。
あの子の言う事は全て叶えてあげたいのよ。」
僕は吐気がしていた。なんだこの親は?

「率直に聞きます。
真朝さんの何が気に入らないんですか?」
清水先生が静かにそして真っ直ぐに聞いた。
「そもそも憎しみの対象として産んだって言ったでしょう。
だから私の1番憎くて殺したい人間と同じ名前にしたのよ!
それだけの事ですよ。先生。」
ガタッ。
立ち上がろうとした僕を清水先生が力強く抑えた。
こいつ…!!

「虐待として訴えます?虐待と認定されます?
身体には傷1つつけてないのに?」
「わかりました。
ワザワザお越し頂きありがとうございます。
今後の教育方針の参考にさせて頂きます。
では、これで失礼致します。」
僕を抑える清水先生の手も力が入り、震えていた。

僕と清水先生はその場にいる事に耐えきれず、足早にホテルを出た。
「ウォエッ。」
あまりの現実に、腹の底から吐き気がした。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫…ですよ。くそっ!」
「さすがに踏み止まったが、俺でも手を出しそうになった。
よく、耐えたな。」
「あーあー!もう!」
ガツッ!
僕はやり場のない怒りをホテルの柱にぶつけ蹴り上げた。

産まれながらに実の母親に愛されず、憎しみの対象として…。
16年もの間…生きてきたのか?
この世界こそ…彼女にとっては地獄そのものじゃないか…!!
…何が…大丈夫だ…!
…1番助けを必要としてるのは…君じゃないか!

君に…会いたい…会って抱きしめたい…。
君の心に触れるくらいに…。


僕と清水先生は無言のまま車に乗った。
帰宅するまで、一言も発せなかった。
胸の手帳を握り締めて気持ちを抑えようとしたが、怒りは収まらなかった。
あまりの現実に…。

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