手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

僕と君は傷を持つ

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眠れる訳なかった。
僕はいつもより更に早く学校へ向かった。
1分でも1秒でも、早く田宮 真朝に会いたかった。
携帯のGPSでは彼女は家を出たばかりの様だ。

僕は旧理科室に入ると、5体目の天使の人形を仕掛けた。
「そういえば、裏に何か書いてあったっけ。」
4体の裏を見て見る。
A型、8月、M、30日…あれ?

とりあえず戻して、旧理科準備室に入ってコーヒーを入れた。
あれ…いや…まさか…でも…。
コーヒーを飲みながら、ドーナツを一口食べて考えた。
「どう見ても…。」
!!嘘だろ!いや、待て!すっごく照れる!
僕の顔は耳まで赤くなった。
アレ…僕のプロフィール!?
えって事はMは…。名前もしかして本当は知ってたのか!?
じゃあ…あのボイスレコーダーは…僕の為に…嘘を付いてたのか?

僕は自分の仕掛けた罠で更に彼女の罠に掛かってしまった。
僕が仕掛けてるの知ってるのか?
中休みに忍びこんだの見られたのかなぁ?
でも…恥ずかしい…けど…嬉しい。
「ったく。こういう事するから…。」
思わず顔が緩んでしまった。


しばらくして、彼女が登校して来た。
僕はいつも通り中扉の小窓から中を覗いた。
左腕には包帯が巻かれている。
やっぱり痛々しいな。
ごめん…痛かったよな…。

彼女は棚に移動して人形に手を伸ばした。
新しく置いた5体目の人形の裏にまた、何か書いた。
そして慎重に角度まで元の位置に戻した。

彼女は持って来た紙袋の中をゴソゴソ探し、青い毛糸玉を取り出した。
何かを編むつもりかな?
左腕を怪我してるせいか、ゆっくりとぎこちない動きで編んでいく。

僕は彼女のそんな姿を見ながら昨日の事を
少し考えてみた。
あれだけ母親に嫌われているのに、彼女には嫌うという概念が無い。
自分が嫌われる痛みを誰よりも判っているからなのか?
だから…弱い人間に優しくするのか?
勉強会も…自分と同じ人間を助ける為の物だったんじゃ…。
だとしたら…田宮…君は…誰に助けてもらうつもりなんだ…。
僕じゃ…君を助けてあげられないのか?
考えれば考えるほど、胸が苦しくなった。

抱きしめたい…僕の腕の中で包んであげたい…僕のキスで君の心の傷を塞ぎたい。
愛おしくて…苦しくなる…。

朝から今日は全校集会がある。
体育祭の事件の説明だ。
事故として処理されてるからそれ程、大袈裟な説明はしないらしい。
ただ、職員室では口裏合わせの打ち合わせが行われた。
「保護者、生徒には連絡してありますが、改めて説明します。
今回の事は武本先生の別れた婚約者が生徒との間を疑い、言い争ってる内に転んでケガをしてしまった。
…という事で、ケガをしたのは転倒が原因です。これが、共通の説明になります。」
清水先生が、教員にダメ押しをした。
僕は全校集会後、2、3日自粛という事で担任業務と授業を行えなくなるらしい。
職員室での事務仕事を任された。
清水先生はポンと肩を叩いて励ましてくれた。

全校集会は生徒達のざわめきの中行われた。
校長のシナリオ通りの説明は、補助で壇上に上がった田宮 美月の成果もあり、速やかに進んだ。
最後に壇上に上がった者全員で頭を下げての謝罪により、全て終了とされた。
田宮 真朝の傷と僕の罪悪感だけが残った。

「武ちゃん寂しいと思って来てあげたのよん。」
中休み、牧田が職員室に入って来た。
「ありがと、ありがと。」
「あのさ…。
さすがの真朝も疲れてるみたいなんよ。」
「えっ…ああ。」
そうだよな。平気な訳ない。
「そこで、遠く離れた…ロミオ君に真朝の携帯情報!」
「あ!待て!本人の許可なしじゃヤバいだろ!」
本当はメチャクチャ欲しい~!!
「あのね~。ジュリエットが落ち込んでる時にロミオ君が助けなきゃダメでしょ!
一緒に落ち込んでどーすんの!」
「しかし…。」
「わかった!ニセ学者先生に頼むね。」
金井先生にだと!?ちょっと待て!
「わー!!それだけは…!」
「いるの?いらないの?」
うっ。
だから一応、教師なんだってば。
「いります。
…すっごく欲しいです。」
「正直でよろしい。はい。どーぞ。
武ちゃんのは銀子ちゃんからすでに真朝に教えといたから、登録済みだよ。」
「なっ!お前勝手に!」
「デキる、いい女でしょ。」
「…ありがとうございます…。」
僕は内心、田宮の携帯情報が手に入った事に嬉しくて叫びたいくらいだった。

事務仕事は退屈で仕方なかった。
僕は牧田から田宮の携帯情報を聞いてから気になってた。
メール?SNS?
でも…やっぱり声が聞きたい。
僕に向けられた声を。
普段だって授業や委員会で聞けるのがやっとなのに…
あの…少し高めの声が聞きたい。
3日も耐えられるかな…すでに禁断症状出てるのに。
僕は唇を噛んで我慢していた。

「武本先生。だいぶ落ち込んでますね。」
金井先生が職員室に入って来た。
今は授業中で金井先生にとっては空き時間だ。
「どうも。で、何か用事ですか?」
「久瀬君に言われた事が気になりまして。手っ取り早く、武本先生をカウンセリングしたいと思いまして。」
「却下。」
下手にカウンセリングなんか受けたら何言われるか…。
「意地悪だなぁ。じゃあ雑談しましょう。
暇でしょう?」
「雑談?」
「例えば…英語教師はキスが上手いって本当ですか?」
「はああ?な…何言って…。」
「ホラ、発音で舌使いが上手いからね。」
「知るか!ンなの!下衆な質問はよせ!」
「僕にとっては聞いておきたいですよ。
なんせ…真朝君としたんでしょう?」

頭の中に鮮明に夏のあの大人のキスが蘇った。
「やめろ!マジで!」
「随分と赤面してますね。
まさか…フレンチキス以外のキスじゃないですよね。
女子高生相手に。」
「……。」
僕は声も出せなかった。
「へぇ。武本先生って意外に手が早いんですね。なら、僕も考えなきゃ。」
「考えって…。」
「もちろん。データの上書きですよ。
真朝君の唇に。」
「なっ!おい!」
「僕は本気ですよ。彼女が傷つくのはもう嫌ですからね。
僕の守備範囲に入れたいんですよ。」
「金井先生…。」
そうだよな…金井先生の目の前で彼女は刺された…。
そして田宮 美月の恐ろしさを目の当たりにしたのだ。
僕は…やっぱりヘタレだ…嘘を付いてしか彼女を守れない。
僕は罪悪感に押し潰されそうだった。
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