手の届かない君に。

平塚冴子

文字の大きさ
76 / 302
2学期

君の近くに僕はいる

しおりを挟む
昼休み。
昼休みも自粛の為に食堂には行けなかった。
生徒が話し聞きたさに群がるからだ。
「はあ。」
僕は携帯をじっと見つめていた。
声が聞きたい…。
彼女との電話の妄想ばかりでどうにかなりそうだった。

ブルルル。
「えっ…。」
田宮…田宮からの電話!!
「は、はい。」
「武本先生?」
ああ…彼女の声だ…。
「お昼ご飯、食堂にも購買にも行けないって聞いて…。」
「大丈夫だ。カップ麺とかあるし。」
「私のお弁当食べます?
私…銀ちゃんと食堂で食べますから。」
え…ええ!ウソ…。
「先生?嫌ですか?」
「た、食べる!あ…田宮がそれでいいなら…。」
「私が行くと騒ぎになりますから、清水先生に渡しておきます。じゃあ。」
「あ!待って…。」
もっと聞いていたい。
「えっ?」
「今度…メールとかメッセージ送ってもいいか?」
「先生がお暇でしたら。」
「ありがとう。じゃあまた。」
プッ。
僕は携帯に頬ずりしていた。
田宮の声が頭の中で響き渡る。

清水先生が職員室に入って来た。
黒地に赤の柄が入った巾着を僕の前でブラブラさせた。
「田宮からの弁当だ。
左腕が上手く使えないから簡単なもので悪いとさ。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
田宮の弁当…。
ヤバい…禁断症状のせいですぐ、妄想しそうになる!
でも…無いと思うけど…結婚したら、毎日作ってもらえるのかな…。
エプロン…似合うんだよなぁ。
「武本!その顔!職員室だからって緩みすぎだぞ。」
「す、すいません。いただきます。」
僕は田宮の弁当をゆっくりと噛み締めながら食べた。
「そういえば、葉月のやつ勘違いしてたぞ。
田宮は自分と間違えられてケガしたんじゃないかって。」
「…えっ、そう言う考え方もあるんだ。
ははは。」
「武本…もう少し自分に正直でもいいと思うぞ、俺は。」
「そう…言われても…。」
「ま、じっくり考えろ。どうせ暇だろ。」
「ははは。」
冗談にならない。

お昼休み明け、僕は洗った田宮の弁当箱を見て考えていた。
これ…返すのをキッカケに話し…出来ないかな…。
話したい事は山ほどあった。
事件の事、田宮 美月の事、そして…母親の事。
2人きりになりたい…。
メールしようかな…。
でも、何て書けばいいんだ?
「あ~少女漫画の主人公じゃないってのに!」
イライラしてきた。
基本、自分からこういうのやって来なかったから…。
でも…会いたいのは僕だ…僕自身が彼女と2人きりになりたいんだ。
会えない分、欲求不満で禁断症状出るし…。
ツン、ツン。
「田宮の反応が…予測出来たらいいのに…。」
弁当箱を突きながら呟いた。
僕は胸ポケットから手帳を出して、写真を見た。
彼女の唇をなぞった。
キス…か…。
もし、今キス出来たら…自分の想いを全部乗せられるのに…。
あんな…ドサクサなキスじゃなくて…。
「はあぁぁ!」
自分のヘタレ具合に情けなくなってきた。
「…とりあえず、弁当箱返すのメッセージ送るか…。」

『弁当箱を返したい。どうしたらいい?後で返信してくれ。』

送信。
これでも精一杯だった。
気持ちはどんどん膨れ上がってるのに…。
何をどうやっていいか判らない。
破裂しそうなのに…絶対に破裂させちゃいけない…。
苦しい。胸がまたムカムカしてきた。

5時限目を終えて清水先生が戻ってきた。
「ははは。すっげ~退屈顔してんな。」
「せめて、やる事あればいいんですけど。」
「 本を読むには良い機会だぞ。
恋愛マニュアルとか。プッ」
「笑いながら、言わないでくれます。
まったく。」
「でも、まぁ、本を読めってのは本当だぞ。
お前、文系のくせに理解力足らね~し。」
「うっ!痛いところを…。」
恋愛マニュアルかぁ…読んでみようかな。

ブルルル。
田宮からのメッセージだ!
僕は勢いよくメッセージを開いた。

『委員会の資料まとめがあるので、終了後の4時に屋上で。』

「!!」
やった!彼女の方から…。
「何だ武本。嬉しそうじゃん。」
「べ、別に。」
メチャメチャ嬉しいだろ。これは!
屋上…2人きりで話せる。
ああ、でも色々と謝るのが先だな。
彼女に辛い想いさせてばかりだ僕は…。
僕が好きになればなるほど…傷つけてしまってる気がする。
本当に…謝らなきゃ…。

僕は早めに弁当箱を持って屋上に上がった。
時間をずらした方が噂になりにくい。
事件の後だ…慎重に動かないと。
屋上は風が強く少しだけ肌寒く感じた。
「白衣…持ってくりゃよかった。」
最近は金井先生と被るのが嫌で着ないようにしていた。

金井先生…田宮にキスするのかな…。
僕に宣言して行ったけど…。
田宮はどんな反応するんだろう…。
僕の時と同じ…無反応…?
それとも……。
「あ~~もう。何を想像してるんだ!僕は!」

「妄想中ですか?武本先生。」
「あ…。」
ひぇぇ~~!何てタイミングで現れるんだよ!
僕は少しだけヘコんだ。
「あの…弁当。美味かった。ありがとう。」
「よかった。全部食べてくれたんですね。」
彼女が微笑んだ。
うっ。可愛い~~!くそっ!

「田宮…ケガ…。まだ痛むのか?」
「薬飲んでますから。」
僕は包帯の巻かれた左腕をそっと持ち上げた。
「ごめん…僕のせいで…。」
「もう、謝ってもらってますから。結構です。」
「でも…傷が残ってしまう。」
「では、これは傷と思わず、勲章としましょう。勇者の勲章。」
そう言って彼女は陽の光に左腕を当てた。
どうして…もっと怒ってくれていいのに。
もっと罵倒して構わないのに…。
優しすぎるだろう…君は。

「田宮…昨日…君の母親に会った。」
「そう…。」
彼女は特に驚くような反応はしなかった。
柵に沿ってゆっくり歩き出した。
「君は母親を嫌いにはならないのか?あんな…。」
「嫌いだなんて…良くも悪くもあの人から私が産まれたのは事実です。
嫌いにはなれません。
ただ…むしろ可哀想な人ですね。」
「母親を嫌うかわりに…世界を…この世界を拒絶したいのか?」
彼女の足が止まった。

「ふふふ。だから…合わないって言ったのに…。先生には…私が…見えてしまってるから…怖いんです。」
「田宮…あ…ごめん…言いすぎたら謝る。
僕は君を傷つけてばかりだな…。」
核心を突いてしまったのかな。

「…私を…見ないでください。
…お願いします。」
「!!」
笑顔だった。満面の笑みだ。
…なのに…僕には…涙を溢れんばかりに流す彼女の姿が…幻が見えた…。

田宮の言葉は…そのまま取っちゃ…いけないんだ…。
ああ、そうだ…判ってた…。
僕は…君が…全然大丈夫なんかじゃないって!
「田宮…!」
僕は消えそうな彼女をグッと引き寄せて、抱きしめた。
「…嫌だ!!…僕は君を見つめる!
…君が泣き崩れてしまわないように…。
君が…消えてしまわないように…。
…君が嫌だと言ってもだ…!」
彼女の髪の香りが僕の顔に広がった。
「…先生。」
「君が独りで泣くくらいなら…僕も一緒に泣くから…。」
「…ダメだよ…先生。」
彼女は僕の胸のなかでシャツを握りしめながら小さく呟いた。

しばらく、僕は彼女を抱きしめたまま動かなかった。
「先生…もう行かなきゃ…。」
「…もう…少しだけ…。」
離したくなかった…このままずっと…。
彼女の体温が暖かくて、柔らかくて…。
「…先生、寒がりですね。」
「…あ…。」
「私を暖房にしないで下さいね。クスッ。」
彼女は僕の腕をすり抜けた。
「…そうだな。」
彼女は軽やかな足取りで屋上を出て行った。
彼女のいなくなった僕の胸は一段と寒さを感じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

降っても晴れても

凛子
恋愛
もう、限界なんです……

処理中です...