手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

僕の存在、君の孤独その2

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水族館は少し肌寒い感じで、カップルが至るところで身体を寄せ合い歩いていた。
最悪だ…!こんなとこ…!

「じゃあ、おじゃまな俺等は遠くからついてくからお二人は仲良く先に行ってね!」
久瀬が金井先生と田宮を押し出した。
田宮は不安そうな表情で振り返り、僕を見た。
僕は…笑顔で手を降った。
「じゃあ、後でね。」
金井先生は彼女の左肩に手を掛けて、彼女を連れて行った。

「武本っちゃん。…そんなに悲痛そうな顔見せんなよ。」
「うるさい!黙れ!」
だから…来たくなかったんだ。
彼女の肩や、腰を抱く金井先生の姿なんて見たくないに決まってる。
「ほら、上から見ようぜ。2人の姿。
…武本っちゃんには、その責任、あると思うよ。」
久瀬は痛いところを突いてきた。

僕等は水族館の螺旋階段を登り、2人の姿が見える所まで来た。
金井先生は田宮の腰に手を当て顔を近づけて話しているようだった。
「見せつけてくれるね~。
僕等も仲良くしようか!武本っちゃん!」
久瀬が僕の肩に手を掛けた。
「誰が仲良くするか!
ゲイカップルじゃねーんだよ!」
思い切り手をつねった。
「痛って~!」
僕は2人が寄り添うのを見るのも嫌だったが…それよりも…彼女が笑わない事が嫌だった。
不安そうにうつむく彼女が僕を責めていた。
「くそっ!何やってんだ。僕は。」
笑ってくれよ…胸が押し潰されそうだ…。
「これが…武本っちゃん。
あんたが望んだ事だよね。」
「…うるさい。」

「また…傷付けて…失うよ!」

久瀬は恐ろしい言葉を発した。
「武本っちゃん…過去にそういう経験してるはずだよね。」
僕は言葉を発する事が出来なかった。

『友達だよね…。』

僕は…僕は…。
ブルルル。
携帯が鳴った。
金井先生だった。
「…はい。」
「ちょっと、トイレ行って来るから真朝君を頼みたいんだ。
1人じや可哀想だろ。」
「わかりました今、行きます。」
「ありがとう。」
僕と久瀬は急いで田宮の元に向かった。

金井先生が入れ替わっていなくなった。
彼女は薄暗い水槽の反射の中、立っていた。
「田宮…。」
「……。」
彼女はうつむいて下を向いたままだった。
鞄を持っ手が…震えてる…!

こんな時、手を握ってあげられたなら…。
抱きしめてあげられたら…。

ドン!
久瀬が僕の背中を押し出した。
「あ、田宮あの…不安か?」
「……。」
「僕のコート…掴め…。」
「えっ…?」
彼女は驚きながらも、僕のコートを摘んだ。
「汚くねぇよ!摘むな!ちゃんと掴んでいいから。」
「はい。」
彼女はギュっと僕のコートの端を握った。
「落ち着いたか?」
「…はい!」
あ…笑った…。
ホッとしたように…彼女は満面の笑みで僕を見上げた。

瞬間…時間が止まった気がした…。
2人だけの空間が…そこに…あった…。

久瀬は腕を組んで苦笑いしていた。

彼女は僕のコートを掴んだまま、水槽の魚を見上げた。
僕はその水槽に反射する光に照らされた、彼女の顔に見とれていた。
よかった…笑ってくれた…。

金井先生とまた入れ替わるようにして、久瀬と僕は移動した。
「ウケる~~。お子様より酷いよアレ。
あははは。可愛いすぎ!」
「やめろよ!仕方ないだろ!
アレしか思いつかなかったんだから!」
コートを掴ませた事に久瀬はかなりツボっていた。
「それよりも…田宮の母親に会って来た。」
「へっ?…どうしてそういう大事な事、ちゃんと話してくれないかな。」
久瀬の顔が一気に真面目になった。
「いや…その…。」
「多分、憎しみのはけ口してる系の話だろ。
ま、いいや。そこまでの話しなら。
多分それより先の話しは聞いてないだろ。」
「えっ…それより先の話しって…まだ何かあるのか?」
「あるよ。でも…教えない。」
「おい!」
「ダメなんだよね。
これだけは2度と口に出さないと決めてるんだよ。
この話しだけはね。」
久瀬は冷静な表情でキッパリと言い放った。

久瀬は何を知ってるんだ…?
っていうか…久瀬はいつも何かを知っていて隠してる。勉強会にしても…。
そして…僕の事も…。

ブルルル。
携帯が鳴った。金井先生だった。
「はい。」
「そろそろ、お昼だけど一緒に食べよう。」
「2人きりの方がいいんじゃ…。」
「いや…。今のところはみんなで。
真朝君の場合、焦っても嫌われそうなんでね。」
「はぁ。」
確かに…あの怯え方じゃ…。
参ったな…。

僕と久瀬は金井先生達と合流した。
とりあえず、水族館近くのレストランで食事をする事になった。
「じゃあ、僕は真朝君の顔を見ながら食べたいから正面の席に座るよ。」
「じゃあ。俺は金井先生の隣!
横と前両方男なんてもう最高!」
「アホか?お前は。」
てか、正面イケメンツートップかよ!
自然と僕は田宮の隣の席になってしまった。
ちょっと複雑な気分だった。

田宮の緊張感が隣にいるとひしひしと感じた。
メニューで顔を隠してる…。
「好きなの食べていいんだよ。」
金井先生が田宮に優しく声をかけた。
「どれでもいいんです。私。」
はああ。その返しは良くないって。
「あのな…田宮。
そういう時はせめて、選んで下さいとか、同じので…とか言うんだよ。」
「…はい。すみません。経験不足なもので。」
「武本っちゃんの経験から?
よくご存知!女を知ってるね~~。」
久瀬がからかってきた。
「うるさい!普通の事だ!」
「僕は、真朝君のその素朴な返事の方が好きだな。
自分の言葉って気がして。可愛いよ。」
金井先生が手を伸ばし、田宮の前髪を撫でた。

「!!」
えっ…。
テーブルの下で…田宮の手が僕のパーカーを掴んで来た。
触れられる事も…ストレスになってるのか…?
なんてこった…参ったな…。
田宮の泣く顔は見たくない…。

「じゃあ、みんなハンバーグ!」
久瀬がはしゃぎ出した。
「ったく。子供だな。
ま、嫌いな奴はいないか。」
金井先生が注文し始めた。
田宮はまだ…僕のパーカーの裾を握ってる。

僕は左手で肘をついて右手に視線が行かないようにして、右手をテーブルの下に隠した。
そして…田宮のパーカーを握る手を解き、自分の指を絡ませた。
田宮の手がビクッとなった。
僕は表情一つ変えずに、田宮の手を握り締めた。

震えてた手から震えが徐々に消えていった。
ああ、あの熱で寝込んだ時の手だ…。
柔らかくて細くて…気持ちいい。
彼女は軽く、僕の手を握り返してくれた。

料理が来るまで、僕は彼女の手を握り続けた。
彼女の表情からは緊張感が少しずつほぐれていった。
僕はほんの少しの間、幸せを噛み締めた。
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