手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

星の中の王子と姫君その1

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僕等は食事の後、巨大アウトレットのショッピングモールを歩いた。
「時間を潰して、ここから少し行った所で昨日からイルミネーションカーニバルってのがやってるから、そこへ行こう。」
金井先生がどうやら本当に連れて行きたかったのはそこみたいだ。

僕と久瀬は相変わらず、数メートル後ろから2人を見ていた。
「なんだ。少し金井先生に慣れて来たみたいじゃん。どう?妬けちゃう?」
久瀬が僕をからかう。
「別に…。元々、2人をサポートしに来てるんだしな。」
「…と言いつつ、ふくれっ面なのは誰かな?」
「あー!もう!」
「な~~んて。
実は…俺、気が付いてたよ。
手ぇ繋いでたでしょ。田宮と。」
「はっ!?」
僕の顔はみるみるうちに赤くなった。
「なかなか、やるじゃん!もう。
ドキドキだったよ~~。」
「…違う!アレは…田宮が緊張して…だから…そんなんじゃ!」
「動揺しまくりだよ~。
いいんじゃない?
そういう積極的な武本っちゃん見てたら…抱きしめてキスしたくなっちゃったよ!」
「変な妄想はやめろよ!僕は…!」
「僕は…田宮 真朝がいいですって言ってみたら?」
「もういい!くそっ!」
僕はコートの中に突っ込んだ右手が熱くなるのを感じた。
田宮が…彼女が…握った手の温もりが、再び蘇って来るようだった。

2人が少し先の雑貨屋で何やら揉めていた。
僕と久瀬は2人に駆け寄った。
「どうしたんです?」
僕は金井先生に聞いた。
「いや…好きなものを買ってあげるって言ってるんだけど…彼女欲しい物は自分で買うってね。」
あ!また…こいつは!
僕は田宮にコツンとゲンコツした。
「きゃ。」
「男がおごるって時は素直に奢おごられろ!
この前、教えたろ!」
「だって…。そんな事言われても。」
「だから、可愛いくないんだよ!そおいうの!」
「どうせ、可愛いくないです。」
「あのな!金井先生が何の為に…!」
「………。」
あ…れ…。田宮…?
「ほーらほら。俺等部外者~。
金井先生ごめんね。
武本っちゃん、仕事熱心だから!」
久瀬は田宮から僕を離した。
「ありがとう。武本先生がこんなに協力してくれるなんて思わなかったよ。」
金井先生が優しくフォローしてくれた。

何だ…田宮…今…泣いてた…?
僕が…泣かせたのか…?

何をやってんだよ…僕は!

「田宮!見ろよ。このブサイクな犬!」
久瀬がいきなり、パグ犬の顔デカクッションを彼女の目の前に見せた。
「……プッ…似てる…」
「だろーこの。ウルウルした意味なくデカい瞳!」
「あははは~。やめて。」
えっ…なんか…チラチラ僕を見て…って!
僕なのか?僕に似てるのか?ソレ!
「本当だ!言われて見たら似てるね。
武本先生。」
金井先生まで…。
確かにイケメンじゃないけどパグ犬って…。
そこまでか…?僕…。
一気にヘコんだ…。
いいさ…僕をディスって笑うなら。
…笑ってくれるなら…それで…。

でも…さっきの田宮の表情…読み取れそうで…読み取れない…。
泣いていたんだろうか…。
もし…泣いていたとしたら…僕のせいなんだよな…きっと…。
どうしようもないな…情けねぇ。

「武本っちゃん。
さっきの田宮…ちゃんと見た?」
久瀬が耳元で囁いた。
「…多分…。」
「おっ!成長したね~。
田宮スキルアップかな?」
「はぁ。情けなくてさ…。」
「そこが、武本っちゃんの味でしょう。」
「味って…。」
「ほら、食事の後でイルミネーション見るんだろ。」
「そうだな…。」

夕食は僕等と金井先生達は席を別れた。
田宮が少し慣れて来ていたし、これからイルミネーションを見るのにロマンチックに過ごしたいんだろう。
「残念~。手を繋ぐチャンスだったのに…。」
久瀬がカルボナーラを食べながら言った。
「だから、アレは別に手を握りたくてした訳じゃないんだよ。」
僕はペペロンチーノを頬張った。
「口説いてるんだろうね。金井先生。」
「くどっ。お前は…。」
そりゃそうだろう。
男が女をイルミネーションに誘うなんてのは。

「キスするんじやないかな。」
「えっ…。」
「まぁ、俺の勝手な予想だけど…その為に武本っちゃんを連れて来たんだよ。金井先生は。」
えっ…えっ…それって…!
「金井先生の目的は武本っちゃんと田宮を完全に切る事なんだよ。」
僕は頭の中が真っ白になった。

それは…僕の目の前で金井先生が彼女と…って事…。
ちょっと…それは…。

田宮はそれでいいのか…?
いや…田宮の為には…その方が…。
そうだな…僕はそれを…望んでたはずだ…。
彼女の幸せを望んで…。

…彼女を泣かせておいて…?

「さぁて。どう出るつもりかな?
…そろそろ、目覚めの時期だよ。
武本っちゃん。」
久瀬が意味深に笑った。

イルミネーションの会場はカップルだらけで水族館以上に溢れていた。
しかも、夜の時間帯ってのもあるせいか大人が多く、目のやり場に困るくらいのカップルもいて、僕の不安は増していた。

金井先生が田宮にキスするのか…。
当然、それは…フレンチキスなんかじゃなくて…熱い想いを込めた…大人のキス…。

僕はイルミネーションの向こうの暗い空を見上げた。
                                                                     
                                                            
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