手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

イニシャルM.T

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旧理科準備室はかなり寒くなっていた。
元々日当たりも良くない場所の為この先かなり冷えそうだ。
寒がりの僕は白衣を羽織り、丸椅子に座り、クマのクッションを抱えてうずくまった。
「寒ぃ~。」
今度、電気ストーブでも持って来ようかな。
暖房が無いわけではないのだか、旧理科室と連動してる為に暖房をつけてしまうと、この部屋に人がいるのがバレてしまうのだ。
夏は備え付けの扇風機があったので問題なかった。
「あ、今日は委員会もあったっけ。最悪だ。」
手帳の写真を見ながら、溜息をついた。

金井先生に清水先生との呑み会しようと誘われたけど、田宮 美月の話しだけじゃ済まないだろうなぁ。
今の心境ではかなり辛いんだよなぁ。
僕はかなりヘコみまくっていた。
メンタル弱いな…僕は。
金井先生と大違いだ…。
昨日、田宮 美月との対決で金井先生は自分を有利に話を進めていた。
カウンセラーというのもあるだろが、そもそも持っている物が僕なんかとは違う。
やっぱり、田宮 真朝を守る力があるのは金井先生の方だ。

あ…足音が聞こえる。
彼女が来た…。この足音は彼女だ…。

ガチャ。
旧理科室のドアを開ける音がした。

…やっぱり、朝の彼女を見ておこう。
僕は中扉の小窓に向かい、そっと覗いた。
彼女は6体目の人形に何か書いている。
そして、再びそっと人形を元の位置に戻した。
椅子に腰掛けると紙袋から編みかけの青い何かを取り出し編んでいた。
「おはよう。」
僕は小声で呟いた。

「金井先生と俺と武本でか?
なんか単なる金井先生の引き立て役になりそうだな。
まぁ、情報共有は必要だと思うが…。」
朝の職員室で清水先生に金井先生から誘われた事を連絡した。
「僕はあまり、気乗りしてないんですが…。」
「…って!お前!何か違くね?格好!どうしたよ。
また戻ってんじゃね~か?」
清水先生は僕の服装や髪型を二度見して叫んだ。
「今更ですか?今日だけですよ。
何か気力がなくて。面倒くさいだけです。」
「そうか…。さらにガキに見えるな。」
「ガキですよ。僕は。」
清水先生は僕の態度に苦笑いした。

「3人で情報共有ってのは…つまり武本、お前の情報も共有するって事だぞ。
意味判ってるのか?」
清水先生はニヤついたいやらしい目線を僕に投げる。
「そうくると思いました。
だから気乗りしないんですよ。
どうせ下世話な話要求されるんでしょうから。」
「だな!覚悟が必要だな。ははは。」
まったく、笑い事じゃないよこっちは!
かと言って行かない訳にもいかない。
魔女がまた行動を起こす前に対策を練るのは必須だからな。
金井先生と清水先生はかなりの情報を持ってると思うし…てか、僕は役に立つのかな。
何だかまたヘコんできた。
魔女に言われた…無力…今頃になって胸に刺さって来た。
くそっ!
「じゃあ、今週末な。
金井先生にはお前から連絡しといてくれ。」
「僕からですか?こんなにもヘコんでるのに!」
「だから、面白れぇ~んじゃん。」
この、極悪牧師!地獄に堕ちろ!

僕は気力のない足取りで朝のホームルームに向かった。
「あ!武本若づくり~~。」
「イメチェンか?合コンあんの?今日?」
案の定、1年の廊下で騒ぐ一般クラスの生徒にからかわれる。
うるせぇ。僕にだって気分ってのがあんだよ!教師だって人間だ!
「いいから!お前らは自分の教室入れ!」
半ギレで叫んだ。
やっぱり、いつもの服装の方が良かったな。完全に甘く見られてる。

瞬間…。
田宮 真朝が1年4組に入る時…目が合った…。
彼女は流れるように視線を逸らし教室に入って行った。

僕は更に深く落ち込んでいった。
やっぱり…怒るよな…。
ホームルームでは、あまりのやる気の無さに何を話したかさえ覚えていなかった。
頭の中が真っ白だった。

ホームルーム後、また葉月が僕に近寄って来た。
「今日の先生何だかキュートです。
イメチェンですか?」
「いや、支度が面倒くさかっただけだ。
明日からは戻すよ。」
「えぇ。こっちも可愛いのに…。」
「ははは~。」
16歳に可愛い言われても嬉しくねぇ~。
乾いた笑いをしつつ、僕は職員室へと足を向けた。

途中ふと、天使の人形の事を思い出した。
僕は足の向きを急に変えて旧理科室へと向かった。
誰もいないのを確認してコッソリと中に入った。

棚の前まで歩き、引き戸を開けて6体目の人形の裏を見た。
T…これはイニシャルか。
A型、8月、30日、優、M.T…。
イニシャル…あれ。
そう言えば田宮 真朝もM.Tか?
いやいや、それ言ったら田宮 美月も同じだ。
…でも、イニシャルが同じなんだ。
意識してなかったけど。

何かちょっとだけ嬉しかった。
今度、アクセサリーにイニシャル彫ろうかな。
同じイニシャルなら誰も疑わない。
彼女の名前だなんて思わないだろう。
こんな事で喜ぶなんて、やっぱり、ガキっぽいな僕は。
僕は照れ笑いしながら人形を元に戻した。

                                                                    
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