手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

冷たい彼女、触れたい僕

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昼休みに入ってすぐ、僕は金井先生のいるカウンセラールームへと急いだ。
コンコン。
「はい。どうぞ。おや、武本先生。
昨日はどうも。」
穏やかな笑顔で出迎えてくれた。
「こちらそ…あの清水先生に呑み会の件話しまして、今週末でいいですか?」
「大丈夫です。あ、場所の方は僕が準備します。」
「ありがとうございます。じゃあ…。」
用件だけ済ませて戻ろうとした僕を金井先生が引き止めた。
「武本先生。」
「あ…はい。」
「僕は武本先生に身を引いて欲しいとは思っていませんよ。むしろ…。」
「金井先生!すいません、今僕、いっぱいいっぱいなんで、話しは週末の呑み会にして下さい。」
僕は金井先生の言葉を遮るように、背中越しに言った。
「そのようですね。わかりました。ではまた。」
バタン。

「はあぁぁ!」
本当にいっぱいいっぱいだ。
自分の気持ちにもきちんと整理がつけられていないし…。
彼女の反応が気になって…怖くて仕方ない。
金井先生のようにメンタルが強くないんだよ。
僕は臆病者の嘘つきだから…。

僕は独りになりたくて、旧理科準備室で昼休みを過ごした。
食欲もないし。コーヒーだけを飲んだ。
「ん?」
旧理科室の方から声が聞こえた。
僕は中扉の小窓を覗いた。

田宮姉妹がいた。
「出来た?次期生徒会長の広瀬君の分。」
「これ…。」
田宮美月が田宮真朝から紙袋を受け取っていた。

魔女の命令でアレを編んでいたのか。

魔女は青い毛糸のマフラーを紙袋から出した。
「仕上げは私がやるわ。誰にも見られてないでしょうね。」
「大丈夫…。」
魔女は彼女からひったくるように紙袋を受け取った。
「金井には気を付けて。
あいつ、かなり頭の回転が早いみたいだから。」
「はい…。」
「昼休み終わっちゃうからもう行くわ。」
魔女はスタスタと旧理科室を後にした。

「あ…。」
彼女は椅子に座り込み、実験台の上にもたれ掛かった。

「大丈夫か?おい…。」
僕は旧理科室に行くか、行かないか躊躇した。
しばらく様子を見たが、彼女が動かない。
「仕方ない…!」
僕は旧理科室に慌てて入った。

バタン。
「大丈夫か?」
彼女はゆっくりと頭を上げてこちらを見た。
「…本当…武本先生…見てるんだ…。」
顔色が悪かった。
「辛いなら喋るな。保健室行くか?」
「…行かない。」
彼女はそう言いながら、覗き込む僕を押し返すような仕草をした。
包帯を巻いた左腕を伸ばし、細い指先が僕の胸に触れた。

…僕を拒否してるのか…?

「田宮…。」
無意識だった…僕の胸を押す彼女の左手を、僕は右手で握った。
そして…その手を自分の口元に当ててしまった。
彼女の指先がビクッと反応して、我に返った。

「あ…いや。…ごめん。」
彼女は腕を自分の腰を抱くように引っ込めた。
「行って下さい。平気です…。」
「そうか…。じゃあ…。」
僕は後ろ髪を引かれる思いで旧理科室を後にした。

やっちまった~~!
職員室で机にのめり込むくらいにおでこを押し付けて自分を責めた。
マジで無意識だった…。
彼女はきっと嫌だったはず…。
「あああ!消えてぇえ!」
弱ってる彼女の前で理性が飛んだなんて!
つけ込んだ最低な行為だ!
「おいおい。大丈夫か?お前。
精神崩壊してんのかよ。」
職員室に入って来た清水先生が心配そうに顔を覗いた。
「…大丈夫です。
ちょっと嫌な事を思い出しただけです。」
「怖ぇなおい。また田宮絡みかよ。」
「…知りません。」
「ンなに好きなら、トコトンやっちまえよ。」
「教師の言葉じゃないでしょソレ!
牧師としても最低です!」
「はあっ。参ったね。ガキってのは大変だ。」
吐き捨てるように清水先生は言った。
「ガキですよ!どうせ!」
この後、1年4組の授業に委員会まであるんだぞ!
どーすればいいんだよ!
どんな顔して田宮の前に立てばいいんだよ!マジ泣きてぇ!

午後、1年4組へ向かう僕の心境は最悪だった。
まるで断頭台に向かう囚人の気分だった。
廊下で騒ぐ生徒を注意する元気もなく、フラフラと教室に入った。
目の端で田宮を確認した。肘をついて窓の外を眺めていた。
「着席して!授業始めるぞ!」
とにかく、視線を合わせずに何とか最後まで行ければ…。

「先生~!何で今日はその格好なんスカ?」
「合コン?教師の合コン相手は女子大生かな?」
「だから若づくり~?あははは。」
勝手な想像で勝手に盛り上がってクラスはザワザワと騒がしくなった。
「静かにしろ!」
僕が怒鳴ってもこの身なりでは、威厳が足りなかった。
「先生も男だし、女に飢えてんじゃねー?」
「誰か相手してやれよ!ははは~。」
教室は授業どころじゃなくなった。
くそガキ共め!

バン!
机を叩く音が響いた。
田宮 真朝が机を叩いて立ち上がった。
「授業をしないのなら、私は出て行きます。
武本先生の合コン相手がサルだろうが犬だろうが、関係ないので。」
「はあ?サルとか犬って!」
思わず彼女を見てしまった。
まさか、怒ってるのか?さっきの事を!
「ははは~!田宮スゲ~毒!」
クラスが大爆笑した。
彼女は言葉通りに教室を出ようとした。
「田宮!待て!何を勝手な事を!」

確かに悪いのは僕だ…けど…!
廊下に出た彼女を追い掛けた。
僕は彼女の肩を掴んで、足を止めた。
「お前一体何考えて…。」
彼女は振り返り指を差して言った。
「…ほら。もう騒ぎ、収まりましたよ。」
「えっ?」
教室を振り返ると先生達は笑い終えて、全員こちらに注目していた。
田宮はスッと僕の横を擦り抜けて教室に戻り、何事もなかったように席に着いた。

えっ何?
わざと…クラスの騒ぎで、僕が困ってたから…助けてくれたのか?
僕に怒ってたんじゃないのか?

彼女はいつものように涼しい顔をしながら窓の外を眺めていた。

僕は教室に戻り、授業を再会した。

僕の胸は何故か高鳴っていた。彼女の優しさが僕を高揚させていた。
                                                                    
                                                                
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