手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

王子の憂鬱

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職員室に戻った僕は彼女との会話を精査したかった。
だが…清水先生の追求がそれを許さなかった。
「どうだ?どうだった?おい!
早く話せよ!」
「何もありません。
白紙の理由とか注意の話しだけです。」
「嘘だろ~。絶対嘘!
手ェ握ったり、キスしたりしなかったのか?」
「しませんよ!
勘弁して下さい。」
「2人だけの密室だぞ!
せっかくのチャンス物にしなかったのか?」
「何の指導ですかそれ。
僕は教育的指導をしに行ったんです。」
「何だよ~!
マジで金井先生に負けるぞ!」
「そうですね。
すでに負けてますよ。」
「可愛くねー!」
ダメだここじゃ騒がし過ぎて考えをまとめる事が出来ない。
旧理科準備室に行こう。
僕は机の上の雑務を片付けて、急いで旧理科準備室へと向かった。

旧理科準備室に入って白衣を着てコーヒーを入れた。
中扉の小窓を覗くと彼女は本を何冊か読んでいるようだった。
僕は中扉を離れ丸椅子に座り、机に肘をついてさっきの生徒指導室での事を考えた。

まず彼女が僕の事を話した内容は確か…。
わからないと知らないは違う…。
自分の個性を出し入れとか…。
多分抽象的に言ってるんだろう。
後は…
問題そのものを拒否しているとか。
以前、普通は幸せかとか雨が自己犠牲の象徴とかいうのもあったな。
これを断片的なあの記憶イメージと照らし合わせてみれば少しだけ進めるはず。

僕がまず、変わった件について…個性の出し入れ…つまりは自分の性格の一部分をしまい込んでいると言いたいのだろう。
しまい込みたかった性格…。
清水先生いわく、弱くて…感情がダダ漏れの自分か?
それは何故か…?
性格…感情…心…。気持ち…!
…自分の気持ちが…溢れるのが怖い…?
そうなのか?
いや、待て断定出来ない…。
実感も確証もない。

問題そのものを拒否…。
つまりは消し去りたいと言う事。
それは記憶なのか?
過去の記憶…拒否…逃避…
現実逃避…。
わからないのは…わかろうとしないからだ。
わかりたくもないからだ…。
知っているはずなのに…。

あれ…個性の出し入れ…?
個性…つまり個としての自分の幸せが…普通の幸せではない…。
普通には否定される幸せ…。
それを隠してる…?
僕の幸せ…僕の喜び…他人に理解されない…。
あの友達との時間…。
2人だけの時間…。
ああ、そうだ僕等は他人とは違っていたんだ。

『友達だよ…。ずっと…。』

「くはっ!」
激しい頭痛が襲って来た。
僕はクマのクッションの中に顔を埋めた。

そうだ…僕は…僕は…彼を…。

少しの間意識を失った。

『泣かないで…もう泣かないで…。
大丈夫だから…。大丈夫だから…。』

彼女の優しい声が聞こえた。
甘くて…柔らかく…暖かい声…。

「田宮…。」
僕は意識を取り戻した。
時間にしてたった10分くらいの間、意識を失っていたらしい。
白衣のポケットから飴玉を取り出して口に入れた。
頭がぼんやりしていたが、確かに友達の記憶が少しだけ戻って来た。

名前が思い出せないが、小学校の同級生で切れ長の目の神秘的少年。
彼は他人とは思考回路が多分違っていた。
そして…僕はそんな彼に憧れた。
新しい世界を見せてくれる彼が大好きだった。
周りの友達が離れていっても僕は彼と友達でいたかった…。

多分…僕は彼を傷付けたのだろう。
そこまでの記憶は戻ってないけど…そんな気がした。

「これしか思い出せないのに…なんか…苦しいな…。」
さっきの田宮の幻聴が頭の中を巡った。
泣いている…多分…僕は泣き続けていたんだ。
あの少年への罪悪感に苛まれて…。
彼女には…それが…わかってしまってたんだな。

雨の日…何があって…僕は何をして…何を失ったか…それを思い出せなければ…。

僕は席を立って中扉の小窓を覗いた。
彼女は本の山ので眠っていた。
僕はただそれを見つめていた。

次の指導時…《勉強会》が再び行われるはずだ。
それでなるべく記憶を呼び起こさなければ…。

田宮の帰宅を確認して僕は職員室へ戻った。
「何処行ってたんだ。
お前。」
清水先生が帰り支度しながら声をかけてきた。
「ちょっと。」
僕は多くを語らなかった。
「補習の日程組むのにお前かわいなきゃダメだろう。」
「すいません。」
「明日、打ち合わせするからな。」
「はい。
わかりました。」
僕はコートに手を掛けて帰り支度を始めた。
「一応、田宮も補習対象だからな。」
清水先生が僕の肩を叩いて職員室を出て行った。

冬休み前に…彼女は補習を受けて…その後…。
僕はそれまでの間に幾つかの下準備をしようと考えていた。
早く記憶を取り戻すにはそれしかないと。

「あ…その前に、明日金井先生に指輪返しに行かなきゃならないんだっけ。
はああ。」
僕はロッカーの壁にもたれ掛かって溜息をついた。
田宮のやつ…どうしていつも…。
でも、実はそこが僕は可愛くて仕方なかった。
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