手の届かない君に。

平塚冴子

文字の大きさ
上 下
121 / 302
2学期

勉強会と恋と歪み

しおりを挟む
僕は昼休みに久瀬に電話を掛けた。
「勉強会どうだった?」
久瀬もかなり心配していたのか第一声がこれだった。
「それが…やはり様子見っぽい感じだった。
けど幾つかの事柄は精査できると思うんだ。
だから…久瀬に手伝って欲しい。」
「《勉強会》の復習って訳か。
なるほど、早期解決するにはその方法があったな。
さすが教師。
じゃあついでに予習なんかもやってみようか?」
「予習?」
「テストの傾向と対策みたいなもんだよ。
俺、《勉強会》の経験者よ。
使えると思うよ。」
「土曜日か日曜日の部活のない時間がいいな。
そっちはどうだ?
こっちは出来れば土曜日が開いてる。」
「あ、別に部活休んでもいいぜ。
もう…安東先輩は部活卒業しちゃったし。」
「あ…そっか。」
久瀬の目的は安東先輩だったからな。
「武本っちゃんのマンションがいいんだけど。」
「えっ…ああ構わないが…。
宿泊は無しだぞ。」
「チッ。バレたか。
まあ、いいや。
そっちの田宮の情報もまとめておいてよ。
傾向と対策には必要だからね。」
「OK、じゃあ土曜日の10時に。」
「わかった。」
僕は土曜日に久瀬との約束を取り付けて電話を切った。

電話を終えて、食堂に向かう途中で牧田が僕の上着を引っ張った。
「何してる!」
「話しがあんのよ!」
「だったら、やたらと引っ張るな!
ちゃんと話し聞くから。」
ったく妖怪恋愛アンテナはやる事が唐突だ。

「で、話って?」
僕はチャーハンを口に運びながら聞いた。
牧田はオムライスを頬張りながら話した。
「まーさ…コホン。
真朝の白紙の事だけど…。」
ああ、あれは《勉強会》が目的だから…。
「銀子ちゃんのアンテナがピクピクするのね~。」
「ああ。恋愛アンテナな。」
「真朝!武ちゃんの気を引こうとしてんじゃないの?」
「ブホッ!ゲホッ!勘弁してくれ。
的はずれにも程がある。」
「え~そうなのぉ?」
あまりのトンチンカンな事にむせてしまった。
「お前の恋愛アンテナもサビてんじゃないか?」
「おっかしいなぁ。
真朝最近楽しそうだから。
きっと武ちゃんが関係してると思ったんだけどぉ。」
「へっ…?」
楽しそう…田宮が?
でも…僕の前じゃどっちかって言うと不機嫌そうだぞ。
金井先生の前で機嫌がいいとかじゃねぇのか?
それとも…あの指輪…は違うよな。

「お前と田宮って恋愛話しとかするのか?」
素朴な疑問だった。
「銀子ちゃんが一方的に話すくらいかな。」
「やっぱり…。」
「あ!でも、武ちゃん倒れた次の日に…。」
「んん?」
「キスって何回したら恋人になるの?って聞かれた。」

ガッツ!
思わずテーブルにひたいをぶつけた。
「だいじょぶ?武ちゃん。」
「ははは。大丈夫だ。」
何牧田に聞いてんだよ!田宮のやつ!
僕はひたいをさすりながら一呼吸した。
「…で牧田は何て答えたんだ?」
「えっ…?」
「だから…田宮の質問に。」
「回数よりも、濃密度かな?って。」

ガタタッ。
椅子から滑り落ちた。
「武ちゃん。
遊んでんの?」
「何でもない!」
まったく!女子高生はなんて話ししてんだよ!
僕は久しぶりに自分の顔が赤くなるのを感じた。

牧田との会話でひとしきり疲れた僕は旧理科準備室で仮眠する事にした。
午後イチの授業はなかった。
旧理科準備室に行き、僕は白衣を着てクマのクッションを枕に万全の体制で仮眠した。

『もう…僕には関わるな。』
『どうしてそんな事言うのさ。』
『わかってるだろ。』
『関係ないじゃん。』
『いいから僕の言う事聞けよ!』

歪んでくる。
僕の望まない方向に。
1度歪み始めた空間は元には戻らない。
僕が原因なんだ…。
いつだって失敗する…。

雨が僕を責める…。

5時限目は授業があるので早めに起きて、職員室へと戻った。
仮眠したせいか頭が軽い。
しかも、《勉強会》の事も精査したり久瀬に相談したせいか、あんな夢を見ても其れ程辛くはなかった。
上手く行けば記憶が蘇るのは時間の問題かもしれない…。
白紙答案は褒められた事じゃないが、《勉強会》は思ったよりいいものなのかもしれない。
最終ステップさえ行かなければ…。

職員室に着いた僕は授業の準備を始めた。
「あの…武本先生。」
ロバ先生が声を掛けてきた。
「はい。なんでしょう。」
「実はこの前のツリーの写真を見まして…。」
ロバ先生は携帯の写真を僕に見せた。
「これが…何か?」
「実は違和感を感じまして。」
「違和感ですか?」
「この赤を主体とした色の配置、デザイン感覚。
あの…鳳凰の文化祭ポスターのデザインに似てる気がするんです。」
「!!」
僕は思わず息をとめた。
「それで…田宮 真朝君の作品を再度見たら…まるでわざと手を抜いてるようなタッチで…。」
「ロバート先生!やめましょう。
気のせいです!」
田宮 美月の耳に入ったらマズい!
「でも…。」
「ロバート先生。頼みます。
3年が卒業したら、詳しく話します。」
「武本先生…何かご存知なんですね。」
「この通り。頼みます。」
僕はロバ先生に頭を下げた。
彼女に危害が加えられそうな事は避けなければならない。
これは、ほころびだ…歪みだ…。
田宮 美月の思い通りに全てが上手く運ぶほど運命は甘くない。
けど…それで彼女が傷付くのはもっと嫌だった。
「何か事情があるようですね。
わかりました。
しばらくの間、内密にしましょう。」
ロバ先生は優しく僕に約束してくれた。

こんなの間違ってるのはわかってる。
けど…正義を振りかざすだけが、彼女を守る事じゃない事もわかっていたんだ。
しおりを挟む

処理中です...