手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

クリスマスプレゼントその2

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その後、色々と店を回って見た。
ふとブランドコスメショップが目に入った。
「ここ…見て行っていいかな?」
無意識のうちにそう口走った。
久瀬がいやらしく含み笑いをした。
「いいね~香水とかって。
媚薬って効果もある訳だし。」
「なるほど…さすが武本先生。
経験者は違うな。」
「えっ…別にそういう訳じゃ!」
僕の言い訳も聞かずに2人は店内に入ってしまった。
あ~もう。

店内には華やかな香りと色とりどりのコスメがズラリと並べられていた。
2人は真剣な眼差しで商品を観て回っていた。
「女の化粧ってこんな種類あんのか…。」
香苗とは来た事がなかった。
僕は何の気なしにカラフルな口紅の前にやって来た。
「凄い色もあるな…。あ…。」
新色と書かれたコーナーにあった、ピンクの混じった感じの紅色の口紅に目が釘付けになった。
白い肌に一際映える色…。
田宮に似合いそうだ…。
僕は思わず、2人の目を盗んでそれを購入してしまった。

「じやあ、俺と金井先生は決まった商品買いに戻るから、少し待っててよ。」
「武本先生のおかげでプレゼント決まりました。内緒ですけどね。」
そう言って、僕を街路樹のところに置き去りにした2人は消えて行った。
僕はダウンのポケットにある、こっそりと購入した口紅を触った。
どうしよう…あげる機会なんてないだろうに…。

僕はすっかり暗くなった空を見上げて溜息をついた。
「はぁ。」
携帯のGPSにはまだ学校に残ってる彼女がいる事が示されていた。
来週…僕は君に謝り、なおかつ《勉強会》で成果を上げなければ…。

しばらくして、2人がプレゼントらしき物を片手に戻って来た。
「お待たせ!武本っちゃん!」
「お待たせしましたね。
さて…どうします?
食事でもしますか?」
「いえいえ。
もう…帰ります。」
僕は金井先生と食事するのに少し抵抗があった。
「では、送りますので駐車場まで戻りましょう。」

僕等は金井先生の車に乗り込んだ。
しばらく走行てから金井先生が口を開いた。
「武本先生…見てましたよね。」
「あ…。」
ヤバい!来た!
「何何?武本っちゃん何を見たの?」
久瀬が興味深々で食い付いてきた!
「えっ…と。
何の事でしょうか…。」
一応、ダメ元でスッとぼけてみた。
「まったく、あなたはすぐに逃げますね。」
「別にそういう訳では…。」
「武本っちゃん何だよ~何見たんだよ!」
久瀬が余計に急かして来た。くそっ!
「…田宮と…金井先生がキスした事ですよね。」
僕は仕方なく 、ボソボソと言った。
「えっえええ!武本っちゃん目撃したの!?」
「うるせぇな!騒ぐなよ。」
久瀬の騒ぎようにイラッときた。
「そうですか…ちゃんと見たんですね。」
金井先生が挑戦的に横目で僕を見た。
「はい…。」
「クリスマスイブは彼女と過ごすつもりですよ。」
ですよね~。
わかってますよ。ワザワザ言わなくても。
「なるほど…ね。
金ちゃん勝負に出ようって訳だね。
カッコいい!ね…武本っちゃん。」
久瀬はもて遊ぶような視線を僕に送った。
「別に関係ない…。」
そうなんだ金井先生がどんなに彼女と接近しても僕には何も言う権利はない…。
「そうですか…。
では心置きなく僕は行動しますね。」
余裕のある言葉を僕に投げると金井先生は少しだけ車のスピードを上げた。

僕は言葉を発する事が出来なくなった。
下手な事を口走ってしまいそうで怖かった。
溢れそうな想いを懸命に抑えた。

2人と別れてマンションに戻った僕はポケットの中から、購入した口紅を取り出した。

何でこんなの購入してしまったんだろう。
多分、彼女にプレゼントする機会なんて来ないってわかってるくせに…。

ダメだ…ダメだ…。
こんな暗い考えじゃ…。
《勉強会》も近いのに…。

僕は気分を変えようとシャワーを浴びた。
全てのイライラを洗い流すように。
彼女への想いを洗い流すように…。

憂鬱な気分のまま、日曜日を過ごして明けて月曜日。
僕は旧理科準備室に行く勇気が出なかった。
また金井先生と彼女のラブシーンなんて見ようものなら、それこそ《勉強会》前に潰れてしまいそうで。

「いゃ~補習だなぁ今週。」
清水先生が職員室の自席の椅子に座ったまま伸びながら言った。
「ですね。」
「英語、数学、は特に大変だな。」
「現国は補習ないんですか?」
ふと僕は聞いてみた。
「ないよ。
現代国語なんざ普通に生活してりゃ赤点にはならんさ。
ま、満点は難しいだろうがな。」
「いいですね。」
「だから、学年主任なんざやらされる訳だね。」
「ははははは。なるほど…。」
「お前笑いすきだ。」
「そういえば清水先生ってなんか知りませんが、教頭とか校長の信頼がありますね。」
「10年以上やってるからなぁ。
適度に使えるってだけだぞ。」
「いやいや、相手を丸め込む才能ありそうですよ。」
「別に、弱み握ってる訳じゃねーよ。
過去に色々あったんだよ。
俺もあの頃は若くて可愛かったよ~。」
「あ~ハイハイ。」
「今のお前は可愛くないけどな。」
朝から清水先生とのバカ話しをしたせいか、少しだけ憂鬱な気分が和らいだ。

補習は火曜日から…木曜日には《勉強会》がある。
僕は気を引き締めた。
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