手の届かない君に。

平塚冴子

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冬休み

雪の華舞う聖夜

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「寒いっ!」
朝から寒さのあまり起きてしまった。
日曜日の朝5時。
「マジ寒いの嫌いなのに…。」
テレビをつけると、天気予報で今夜はホワイトクリスマスになるらしい。

雪を見るのは好きだ。
あのゆっくり舞い降りてくる時間の緩やかさ。
綿雪なんかは特にふわふわしていてまるで…天使の羽根が落ちてきてる様に見える。

僕は特にやる事が無いので部屋の掃除を始めた。
モチロン暖房全開で。
身体を動かしている方が余計な事を考えずに済むはずだ。

ふと…一昨日の彼女の手の感触を思い出した。
か弱い手でしっかりと僕の手を両手で握ってくれた。
《好き》ではないにしろ僕を大切に思ってくれていた…。
あの時…心が一瞬、繋がった気がした。
絡まった細く長い指先から君の気持ちが僕に流れ込んで来た。

そして…僕は狂おしいほどに…彼女を愛してるのを自覚させられた。
どうしよもないくらいに愛してるのを。

この聖なる日に誓おう。
僕は君に僕の全てを捧げよう。
君の為になら命さえもきっと…。

僕は彼女の写真の入った手帳を抱きしめた。

掃除をし始めると止まらなくなり、大掃除みたいになってしまった。
一通り掃除をして、僕は時計を見た。
もう…夜の7時30分。
僕は汚れた身体をシャワーで洗い流して、牧田の約束のケーキを購入する為にマンションを出た。

今頃…金井先生と2人でディナーでも食べてる頃だろう。

ロングコートに厚めのマフラーをして完全防備で駅前に来た。
まだ雪は降ってない。
クリスマスソングにカップルばっかりの街並みを擦り抜けた。
割り引き券を取り出して店の位置を確認した。
店の前では数人のアルバイトらしき女の子がサンタ風のワンピースに赤い帽子を被りケーキを売ってる。

「いらっしゃいませー。」
「クリスマスケーキいかがですか?」

僕は1人の女の子の前で足を止めた。
えっ…ちょっと…まさか…またか…?

「何やってんだ田宮!」
思わず叫んでしまった。
「武本先生。
先生もケーキを買いに?」
「バカ!なんでケーキ売ってんだよ!
アルバイトだってうちの学校は禁止だぞ!」
「アルバイトではないです。
単なるお手伝いです。
銀ちゃんがお手伝い出来ないから代わりに。」
「今日は何の日かわかってんのか?」
「ええ。クリスマスイブです。
このお手伝い終わったらクリスマスケーキをタダで頂けるんです。」
「へっ?クリスマスケーキの為に?」
「はい。初めてのクリスマスケーキです。」
無邪気に笑う彼女に面食らってしまった。

金井先生はどうすんだよ!
「あのな…田宮。
金井先生には誘われたんだろ!」
「ええ。でもちゃんと断りました。
銀ちゃんは大切な友達ですし。」
「ケーキは僕が買ってやるから、金井先生のところに行けよ!」
僕は彼女の腕を引っ張った。
「嫌です。初めてのクリスマスケーキは自分の手で手に入れたいんです。」
「田宮ぁ~!」
「放っておいて下さい。
11時まで全部売らなきゃ。」
彼女は少し膨れながら僕の腕を払って再びケーキを売り始めた。

僕は彼女が心配でその場から動けないでいた。
ガードレールの上に腰掛けずっと彼女を見ていた。

しばらくして、天気予報どおりに綿雪が降って来た。
僕の吐く息も白さを増していた。
彼女の脚をも寒そうだった。
人混みの中でケーキを売る彼女を僕はただ見つめ続けた。

ふわふわと舞い落ちる綿雪の間から覗く彼女は雪の妖精のように白い肌に紅い唇で美しく輝いていた。
儚い夢の中に消えてしまいそうな透明感で…。

そこに立ってる人は僕の大切な人なんだよ…。
誰よりも何よりも大切な人なんだ…。
心から僕が初めて愛した人なんだよ…。
僕は叫び出しそうな気持ちを抑え続けた。

雪は一層降り続き、辺りを白く染めて行った。
彼女の手が頬が真っ赤になっていた。

そして…深夜11時…店頭の全てのケーキを売り終えて、彼女は店の中に入り込んで行った。

数分後、ダッフルコートを着てケーキを大事そうに抱える彼女が店から出て来た。

「田宮!」
僕は急いで彼女の元に駆け寄った。
「先生…待ってたんですか?」
「当たり前だ。こんな夜遅くまで。」
「ふふふ。心配かけちやってすみません。」
頬を赤らめながら彼女は僕に微笑んだ。

僕は彼女の首に自分のマフラーを巻いた。
「どうやって帰るんだ?バスは?」
「バスはもうありません。
ケーキをロッカーに入れて24時間営業のハンバーガー屋さんで朝まで時間を潰します。」
「な!ダメだそんなの!タクシーで送ってやる!」
そんな危険な事をさせられるか!
「そんなのケーキより高くついちゃうじゃないですか絶対嫌です!」
彼女はキッと僕を睨んだ。

そうだ、金井先生に迎えにきて貰えば済む話なんだ…だから…でも…。
それでいい…はずなんだ…。

…ダメだ…絶対ダメだ…言っちゃいけない!
絶対に…言うな…それだけは…!2度と引き返せなくなる…。やめろ…。

「田宮…。」
「はい。なんでしょう。」

「…よかったら…僕のマンションに…来ないか?一緒にケーキ…食べよう。」

僕は取り返しのつかない言葉を言ってしまった。

雪は僕と彼女を取り囲むように降り続いた。
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