手の届かない君に。

平塚冴子

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3学期

学者は激しく恋焦がれる

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職員室であらかた翌日の準備を終えて、僕は迷った。
旧理科室に行きたくてしょうがなかったのだが、今朝の状況からして先に金井先生がそこにいる可能性は極めて高い。
別に対立するのが怖いとか嫌とかいう問題ではなかった。
クリスマスイブや初詣の事を考えると、金井先生のじゃまをするのはさすがに気が引けた。
携帯のGPSで、彼女はまだ学校にいる事が確認できた。

金井先生と2人きりでいるんだろうなぁ。
僕だって担任じゃないし、彼女と2人きりになる機会が少ない。
誰にも邪魔されないで2人きりになる為には生徒指導室が1番だが、それも理由なしじゃ…。

《勉強会》と言えば彼女はおそらく、二つ返事で来てくれるだろう。
けれど…。
それは、あまりにも危険な行為にも思えた。

明日は機関誌製作委員会があるが、その時は隣に田宮がいるものの反対側には葉月がいて面倒だ。

くそっ!担任ならアレコレと理由付けられるのに…。
僕は運命を呪った。

僕は来週のスキー体験合宿の予定表を見つめた。
スキー一緒に滑れるかな?
田宮は初心者かもな。
だったら僕が手取り足取り教えてやるんだけど…。
「か~。恥ずかしい!!」
思わず妄想してしまった。

はああ。
やっぱり…気になる。
金井先生と彼女の事…。

旧理科準備室に行く為に僕は職員室を出て行った。

旧理科準備室にそっと入り込んだ。
旧理科室を見る為に僕は、中扉の小窓を覗き込んだ。

「何してんだ!」
僕は一瞬にして、頭に血が登って行くのを感じた。

実験台の上に座る彼女に金井先生が迫っていた。
金井先生は彼女の左手に愛おしそうに、自分の口元を当てて、それから何度もその手にキスをしていた。

「あ…金井先生。
くすぐったいです。」
「君が可愛いすぎるからだよ。」
彼女の指先を自分の唇に当ててなぞった。
恥ずかしそうに、彼女が震える。

金井!やり過ぎだぞ!
僕は嫉妬心でどうにかなりそうだった。
田宮も逃げろよ!あいつ…意味わかってんのか?

「武本先生とはどんな事をしたの?」
何聞いてんだよ!田宮に聞くなよンな事!
「何の事ですか?わかりません。」
「わかりません…でも知らないわけじゃないだろう。」
「意地悪ですね。金井先生は…。」
「君ほどじゃないと思うよ…。
僕は武本先生に振り回されっぱなしだからね。」
「やっ…。」
金井先生は彼女の左手の平を舐めた。

おいい!やり過ぎだつってんだよ!
僕は中扉のこっち側で拳を強く握った。
田宮、怯えてんだろ!わかれよ!
胸を思い切り鷲掴みされた感覚がした。

「ずるいね。君は…。
振り払えるはずなのに…。」
「……。」
「嫌がって、振り払ってくれれば
僕だって諦められるのに…。」
「…ごめんなさい。」
「そうやって、謝ってばかりだ。」
「…ごめんなさい。」
「そんなんだから…抱きしめたくなるんだろ!」
金井先生は田宮を思い切り抱きしめた。
狂おしいほどの気持ちを込めて。

僕はそれを黙って見つめていた。
金井先生の本気の気持ちが痛いほどわかっていた。
彼女は決して《嫌い》とは言わない…そして《好き》とも言わないんだ。
なんて苦しいんだ…。
どんなにこっちが恋焦がれていても…彼女の返事を聞くことはない。

彼女を好きになるなら、それを覚悟の上で好きにならなきゃならない。
それを全て含んだ彼女を好きにならなければならないんだ。
切なくて…辛くて…苦しいけれど…。

僕は経験上それを知っている。
今の僕はそれを乗り越えて来ているんだ。
だから…もう…何も怖くないんだ。

僕はそっと旧理科準備室を出た。

《勉強会》…してみようか?
僕はまだ僕を知らない。
ハンパのままの僕ではダメなことはすでに理解している。
彼女の心に触れる事が出来るのは…死の世界に近い僕…。
彼女の世界を変えられるのが…その僕であるならば…。

…それが必然なのかもしれない。
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