手の届かない君に。

平塚冴子

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3学期

清水先生の物語1

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俺、清水 豊彦が神谷 遥と会ったのは、塾のアルバイトをしていた頃だ。
俺はハッキリ言って昔から、遊びまくっていた。
塾のアルバイトも大学の学費の為とかじゃなく、遊ぶ金欲しさだった。
しかも、運よく可愛い女生徒担当ならすぐにモーションかけていた。

自分も女も軽く見過ぎていた。
全てにおいて適当、なるようにしかならないと、地に足が着いていない毎日を過ごしていた。

その日もいつもの様に個別塾のアルバイトで、
新しい生徒を担当する事になった。
「初めまして。神谷 遥…高校3年です。」
「清水だ。よろしく。」
なんか、気の強そうな女の子だな。
こういうのは、形だけの対応でいいや。
特に仲良くしなくてもいいタイプだ。
遊び慣れてない女の子は、後々面倒な事になる。
後腐れな関係はご免だ。

「とりあえず、君の学力を知るのにテストを受けてくれ。」
俺はぶっきら棒にそう言ってプリントを渡した。
「はい。
では、私が問題を解く間に、先生も問題を解いて下さい。」
「はああ?」
挑戦的な態度にちょっとムカついた。
「言って見ろよ。答えてやる。」

「どんな生き物にも平等にある物…例外のないものはなんでしょう?」
「えっ…。」
彼女はそう言うと、解答用紙に答えを書き始めた。
しかも、かなり早いスピードだ。
え?これが書き終わるまでに答えるのか?
えーとえっ…平等…平等…例外のない?
俺は焦ってなに1つ思い浮かばなかった。

「終わりました。
先生の解答をお聞かせ下さい。」
「あ…。」
真っ直ぐに瞬き1つせずに彼女は答えを待っていた。
「死…かな?」
それしか無いよな…。
「半分当たりですね。
生と死はメビウスの輪の様なもの。
表裏一体…。
切り離す事なんて出来ないんです。」
「確かに…。」
「では、何故人はそれを認めるのを恐れるのでしょう?
生に固執して死を拒否する。
どんなに科学が進んでも永遠の命なんてあり得ないのに…。」
「それは…死んだら終わりだからだろ。」
「…赤ちゃんは何故、産まれて来るときに泣くと思います?」
「えっ…と。怖いから?痛いから?まだ世界を知らないから…。」
「ですね。
死も同じだと思いませんか?
知らないから怖い。知らないから死にたくない。
ね?同じでしょう。」
なんだ…この女の子…かなりディープな話ししてんのに…なんて笑顔で話すんだ?
死の話しなのに…楽しそうな顔…。

俺は視線を逸らして、彼女の解答用紙を見た。
「全問正解…?」
なんだこいつ…塾に来る必要あんのか?

これが…遥と俺の出逢いだった。
印象はお互いにあまり良くなかったと、思う。
けれど…心に残る出逢いだったのは間違いなかった。

その後週3日塾があり、俺は遥とだんだんと会話して行くうちに、彼女の家庭環境が悪いのでは?
そう考え始めた。
死に魅力を感じるなんて、虐待とか、イジメとか現実逃避したい奴のたわ言だと思ったからだ。
そこで、彼女の仲の良い友達の有坂 恵に確認を取ってみた。
「イジメはないわね。
女子校ではかなりモテるし。
家族ものんびりしたいい両親よ。」
「そうか…じゃあ何であいつは…。」
「彼女の世界があるから…としか。
昔から、変な事を言うの。
現実にはない話し…空想癖だとは思うんだけど。」
「空想癖ねぇ。」
「…先生!遥に変な事しないでよ。
先生遊び人っぽいから。
彼女、俗っぽい事は嫌いなはずだし。」
「俗っぽいってな~~。」
確かに、俺ほど俗っぽい講師もいないが…。
遥に関しては、そんな気が起こらなかった。

むしろ…彼女の世界に近づいてみたい好奇心が溢れ出していた。
俺の知らない世界…。

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