手の届かない君に。

平塚冴子

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3学期

王子と学者のお話し1

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会議室に2人きりになった僕と金井先生は、少し話しを整理する事にした。

「まず…事の発端は魔女の田宮 美月の心の闇だ。
おそらく…田宮 母の影響からすでに彼女の人格は闇に囚われていた。
そして…中2…教師に強姦されるという悲惨な経験…。
妹よりマシな筈の自分が…全然マシでは無くなる…。
地盤の歪みです。
自分で立っていられなくなるほど…。
精神の崩壊は本人には気が付かない事の方が多いと思われます。」
「精神が病んでるのに…売春斡旋ですか?」
「だから…ですよ。
自分の代わりを助ける…救う。
それは、自分を救えない世の中への抵抗。
自分で自分を救う唯一の方法だったのでしょう。」
「えっ…と。
話しがズレていたらすみません。
姫…じゃない、田宮 真朝を顎で使い続けるのは、そうしていないと…自分が不幸に思えるからですか?
妹より不幸だと実感してしまうから?」

久瀬が言った言葉を思い出した。
『…簡単な事さ…自分よりも不幸な人間を見ればいい。
自分よりも可哀想だと。
それだけで、人間はまだ自分がマシだと…自分がまだ優位に立てると…。
本当…汚ねぇ生き物だ…。』

「僕はそう思います。
全てが田宮 美月にとっては自己防衛と自己救済から来る行動ではないでしょうか。」
「そう思うと…魔女も、可哀想だ。
彼女の魔力の原動力は大人が作り出した、汚い欲望だ。
警察沙汰にしても、魔女だけが罰せられ、根本の中学教師まで罰が与えられるかどうかさえ、怪しい。
そんなの…なんの解決なんだ…正義が、正義じゃなくなるだろ。」
「そこですよ。
結局は大人の悪に、染められてしまう。
恐ろしい事に…大人になればなるほど…自分の悪に無頓着で、簡単に子供を悪に染める。」
金井先生は奥歯を噛み締めていた。

遥さんが苦しんだのは…それに気が付き、自分を守ろうとしたからなんだ。
綺麗なままでは大人になれない…。
悪に染まらなくても、悪に目を伏せ、耳を塞ぐ事が出来なければ…人の世は生きられない。
簡単に、自殺をするなとか、死ぬなと大人は言うけど…大人が作り出したその残酷さに…耐えられない人もいるのだ。

「そうだ…登校拒否していた男子生徒の調査はどうなってますか?
今回の件で田宮 美月と話すなら、その件も同時に…。」
「その事ですが、全部が全部、美月君のせいでではないようです。
ストーカー行為をしていて、咎められたと言うのが3人。
ま、ストーカー行為で秘密がバレては元も子もないですから、それなりの咎め方だとは思いますが。
そして…問題は4人目の男子生徒ですが、ウチのカウンセラーと美月君の関係を目撃してしまったようです。
そこで、ウチのカウンセラーがハメて飲酒の汚名を着せた者。」
「なんですって?でも、それって…。
停学処分とかで済んじゃうんじゃ…。」
「それが…彼は一流大学を目指していた生徒でね。
そんな飲酒という汚名は彼をドン底まで追い詰めたようです。
まあ、登校拒否…それも計算されたものだとは思いますが。」

「つまり…1人の人間の将来を潰したって事になってしまうんでしょうか?はぁ。」
次から次へと問題が増えるな…。
僕はため息をつきながら、頭を抱えた。
「そうですね。結果的には美月君は彼にとっては加害者でしかないでしょうね。
ですから、事件解明の他に、僕は彼等のカウンセリングをする為にも全日、この学校での勤務に当たっていたのです。
今回の件は、ウチの会社の信用にも関わりますからね。」
「それで、全日この学校勤務だったんですね。
どうりで…スクールカウンセラーの常駐は珍しい。」
「人材もこの業界は少ないですからね。
今回の美月君の件が終われば、通常通りの週2~3勤務になると思います。
まぁ、僕は離れて別な社員が来ると思いますけどね。
事件関係者のアフターケアは僕個人が引き受けますよ。
時間はかかりますが、本来の仕事ですから。」
「えっ!この学校を離れるんですか?」
…って事はもうすぐ…?4月までに…?

「何、喜んでるんですか!
残念ですが、それくらいで真朝君を諦めたりしませんよ。
逆に、周りの障害が無い分、自由に動けますからね。
武本先生みたく、教師という縛りもありませんし。」
はぅあ!
グサッと刺さった…。
ちくしょう!勝てねー。

「そうだ…バレンタインデー、真朝君を誘いました。
返事はまだですが。」

あ…そうだ再来週…バレンタインデーだ。
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