手の届かない君に。

平塚冴子

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3学期

王子と魔女1

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カウンセリングルームのドアをノックした。

コンコン。
「失礼します。金井先生いいですか?」
「どうぞ。」

ガチャ。
カウンセリングルームのドアを開けると、金井先生がお茶とおにぎりを口にしていた。
「おや、武本先生。
何か今夜の事で疑問でも?」
「ええ、あの…格好はこのままでもいいんですか?」
「ああ、それは逆にいつもと同じでお願いします。
魔女の気が緩みやすいように、自然に、いつもと同じ感じでお願いします。
クラブでは多少浮いてしまうかもしれませんが、喫茶店まで行けば問題無いはずですから。」
「そうですね…わかりました。
気張っちゃいけないんですよね。」
「今回は武本先生に、かなりの負担を掛けてしまいますが、よろしくお願いします。」
金井先生はゆっくりと僕に向かって頭を下げた。
「や、やめて下さい!これで失敗したら目も当てられない!
頭なんか下げないで下さい。」
僕は慌てて金井先生の行動を制止した。

「武本先生、僕も清水先生もあなたの力を信じています。
失敗はありません、大丈夫です。」
…大丈夫か。
君がよく僕に言ってくれた言葉だ。
大丈夫、大丈夫だ。
君がこの胸の中にいればきっと、大丈夫だ。

僕は何度も自分に大丈夫と言い聞かせて、カウンセリングルームを後にした。


PM8:00。
仕事を片付け終えて、後は魔女との交渉に向けての準備だ。
心構えは出来てるつもりだが、やはり緊張はどうしてもしてしまう。

左胸に手帳とパグ犬のストラップを入れた。
少しでも勇気が貰えるように。

職員室にはもう、清水先生と僕しかいなかった。
月曜日入試の為に皆んな早めに帰宅している。

「金井先生の車で近くの、地下駐車場まで移動してから、スタートだぞ。」
「はい。頑張ります。」
「お前、4月までと随分顔つきが変わったな。」
「ハード過ぎる経験してますからね。」
「ははは。
そうだなぁ、これが終われば少しはまともな日常に戻るかな。」
清水先生も机の上を片付け始めて、準備をし始めた。
僕もコートをロッカーから出して、準備した。

数分後、コートを着た金井先生が職員室に入って来た。
「では、そろそろ行きましょうか。」

金井先生の車で僕達3人は、一路繁華街へ向けて出発した。
外は寒く、空の星々は輝いていた。
車の中で、僕をリラックスさせる為か、談笑が始った。
下らない話しをして笑い合い、仲間がいると感じさせてくれた。
恋のライバルであっても、金井先生と出会えて良かったし、変な先輩であっても、清水先生と出会えた事を心から感謝していた。
僕自身…彼等や田宮がいなければ、きっと教師なんて、とうの昔に辞めていただろう。
自分から行動するなんて事も経験しなかったのかもしれない。

車はようやく繁華街に着き、地下駐車場に入って行った。

ドキドキはするものの、それほどの緊張ではない。
金井先生と清水先生に手を振って、僕は地下駐車場に停めた車から出て、目的地に向かった。
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