手の届かない君に。

平塚冴子

文字の大きさ
上 下
264 / 302
3学期

眠れぬ夜の王子

しおりを挟む
その後、地下駐車場で待機中の金井先生と清水先生に無事に約束を取り付けた経緯を説明した。

「ありがとうございます。
やはり、武本先生にお願いして良かった。
明日はぐっすり休んで、火曜日に備えて下さい。」
金井先生がにっこり笑ってくれた。

本当に、この人は恋のライバルに対しても、正々堂々としていて、顔だけじゃなく、全てがカッコイイ。

「お前の人徳だな。
教師として成長したな!
武本!」
「はい。これも皆んなのおかげです。」
清水先生が、僕の肩を叩いて褒めてくれた。

金井先生の運転で、車内は安堵の空気に包まれながら、帰路へと着いた。

教師なんて、ただの安定職業にしか思ってなかったけど、それは間違いだった。
教師になるには、生徒と共に苦境にたって、時には闘い、時には励まし合い、時には感動を分かち合って成長して初めて教師になれるんだと、僕は学んだ。
間違ってもいい、教師も人間だ!
間違いから正しい答えを導き出す、その姿を生徒に見せる事が大事なんだと思う。
えこいひき、好みだと非難する生徒もいるかも知れないが、全ての生徒が、平等に不幸で平等に幸せではないんだ。
だから、自信を持って助けなければならないと感じた生徒に全力投球するのは間違いではないと、自分が教師になってから、この1年で学んだ。

そんな、今だからこそ、魔女…いや田宮 美月も誠意を見せてくれてるんだ。

そして…これから僕はその、誠意に真っ直ぐに向き合い応えて行かなければならない。

そうする事で、きっと君に近づけるんだ。
ずっと…ずっと…手の届かなかった遠い君の心に…届く事が出来るんだ。

マンションに帰って、ダッシュでワークデスクの引き出しから、君のウェディング写真を取り出した。
今夜の報告をしたかったのだ。
「本当は君に、褒めて欲しいんだけどな。」
写真の君の頭を撫でた。
そして、指で唇を撫でた。
ご褒美のキス…欲しいな…はあ。


その夜は自分で自分の成長ぶりに興奮して、眠れなかった。
本当は、君にも見せたかったな。
ついつい、君の事ばかり考えてしまう。
禁断症状かもな…。

ベッドの上で枕をギュッと抱きしめた。


翌日、僕は何故か安東の2人でカフェにいた。

5時間前。
実のところ、シカトし続ける自信がないので、その事を久瀬に朝から電話を入れて相談しようとしたんだが…。
「あ~ごめん、武本っちゃん!
俺、今結構離れた場所に居てさ、今日話すのは無理なんだ。」
「そうか…なら仕方ないな。
朝から、すまないな。」
「ちょい、ちょい。
待ってよ!
相談ならもう1人適任者がいるからさ。」
「適任者?」
「恋愛相談なら、心の広い男がいいっしょ。
安東先輩に連絡しとくから、そうだなぁ…。
3時くらいに駅前のカフェで、落ち合ってよ。」
「安東か…。」
確かに…僕が思ってたイメージと違って、常識にとらわれない真っ直ぐな意見を持っていた。
男らしいとは違うが…頼り甲斐がある。
…オカンだからかな?

「安東先輩は、俺と違って口が堅いからヘタな事を言っても大丈夫だよー!」
「ヘタな事って何だよ…まあ、1人で悶々としとてるよりはマシだな。
安東に頼むよ。」
「了解!じゃあ電話切るね~~。
…て…武本っちゃん。」
「…ん?どうした?」
「…実は、言うなって言われたけど…やっぱり、黙って置けない。
バレンタイン後…田宮は『勉強会』をやるつもりだ。」
「…!『勉強会』!」
いよいよか…。
そんな気はしていた。
シカトしてはいるものの、僕の精神状態は以前より安定してるのが自分でもわかる。
「覚悟しておけよ。武本っちゃん!
俺も今回はついてるからな!」
「わかってる!大丈夫だ!
じゃあ、切るぞ。」
「じゃあ、また。」
プッ。

しおりを挟む

処理中です...