手の届かない君に。

平塚冴子

文字の大きさ
上 下
267 / 302
3学期

学者と王子と魔法の解けた魔女2

しおりを挟む
翌火曜日。
生徒立ち入り禁止の中、職員室では入試の採点が粛々と進められていた。

採点ミスを防ぐ為に、僕はワザとヘッドホンをして音を遮断させた。
何故なら、隣のオヤジがちょっかいを出して来ると困るからだ。

僕の姿を見て初めは腹を抱えて笑っていたものの、気を遣って清水先生は席を立って行った。

採点とは言うものの、マークシートなので、パソコンに取り込んでの作業だ。
どちらかと言うと、取り込む方が時間が掛かる。
午前中に取り込みを終えて、細かいチェックをして、完成したデータをメインサーバに送った。

清水先生と教頭がこの後、休憩時間を挟んで集計と面接の記録や内申点のチェックに入る。

早めに採点を終えた僕は、軽い昼食を食べて、旧理科準備室で一眠りする事にした。
金井先生が来るまで、まだ時間があるからだ。

旧理科準備室に入ると、ここで田宮を見守っていた頃が走馬灯のように蘇って来た。
あの頃は、こんなにも自分が彼女を愛するようになるなんて夢にも思わなかった。
毒を吐いて、あちこちにストレスを撒き散らし、イライラしながらも、無理に普通でいようとした。

愛用の熊のクッションに顔を埋めた。
浅い眠の中…僕の耳には君の声がリフレインしていた。

『大丈夫だよ。先生…。』


午後6時。
金井先生がカウンセリングルームに到着したのをメッセージで確認して、直ぐにそこへと向かった。

コンコン。
「武本です。」
「どうぞ、入って下さい。」
「失礼します。」
ガチャ。

金井先生はいつもと変わらずに、白衣を着用して窓辺に立っていた。
「お疲れ様です。っと、いや、これから疲れるのかもしれませんが。
どうぞ、席に座って下さい。
コーヒーでいいですよね。」
金井先生はそう言って僕にコーヒーを出してくれた。

席に着いてコーヒーを一口飲んで、金井先生に自分の気持ちを打ち明けてみた。
「…でも、まだ少し信じられなくて。
本当に来てくれるのか…。
いつもの様にからかわれていただけ、なんて事にならないかって。」
「大丈夫ですよ。
彼女だって、4月から大学生として新生活を送るんです。
揉め事は早めに片付けたいはずですよ。」
「なら、良かった。
職員玄関から入るようにメッセージを送りました。
他は戸締りしてますし。
あと、金井先生にお願いですが、夜も遅いので彼女が帰宅の際は車で送り届けて頂けますか?
僕は車を持っていないので。」
「大丈夫ですよ。
そのつもりで来てますから。」
「良かった。
安心して彼女の話しを聞けます。」
「そうですね。
諭したりする事は、彼女の胸の内を全て曝け出した後でも十分出来ます。
彼女を解放する事が、何より大事ですし、今回の最大の目的です。」
「はい。
僕も、ようやく生徒の話しに耳を傾けられる様になりましたから。」

僕と金井先生はまるで親友でもあるかの様に、笑顔を見合わせた。
恋のライバルが彼で良かった。
別に勝ち誇ってる訳じゃない。
もし、田宮が金井先生を選んだとしても、納得出来ると言う事だ。
男の僕の目から見ても、いい人で、いい男だ。
容姿の事ではなく人間性が、尊敬に値すると本気で思えた。

ブルルルブルルル。
暫く談笑してリラックスしていると、彼女…田宮 美月の到着のメッセージが、僕の携帯に届いた。
さあ!いよいよだ!
しおりを挟む

処理中です...