手の届かない君に。

平塚冴子

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3学期

姫からのプレゼント2

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マスクをして職員室に入ると案の定清水先生が声を掛けて来た。
「うっす!何だ、また風邪か?
顔が赤いぞ。」
「おはようございます。
大丈夫です。
ちょっと微熱があって。
薬飲みましたから、すぐに治ります。」

本当は風邪なんかひいてない。
ただ、別の意味で体温は急上昇だろうけど。

「黒縁メガネにマスクなんて変質者だな。
咳が出ないなら、教室内では外せよ。」
「微熱だけなんで、外しますよ。
特に4組の生徒なんかに見せたら、イジられる姿ですからね。」
冗談混じりに応えた。
「午後から田宮 美月と面談だろ。
放課後がいいかな。
1・2年の該当者は俺が連れてくから、お前は彼女と生徒指導室で待機してろ。
妹じゃなくて残念だろうけど。」
「一言多いです!もう。」

今日は1時限目から1年4組の授業だ。
僕は授業の荷物を持ったまま1年3組に行き、朝のホームルームを早めに終えて、旧理科準備室に猛ダッシュした。

旧理科準備室に入って、棚から隠していた田宮 真朝からのプレゼントのベストを取り出した。

ベストを着てみた。
柔らかくて暖かい。
僕はその上から白衣を着て、白衣の隙間からベストが見える様にして、旧理科準備室を慌てて出て、1年4組に急いだ。

気が付いてくれるよな…絶対に。
喜んでくれるかな…?
速攻すぎて呆れるかな?
そして…またクスクスと可愛く笑ってくれるかな?

僕はアレコレ想像しながら浮き足立っていた。
教室に入る前にマスクを取って、白衣のポケットに突っ込んだ。

廊下でウロウロしてる4組の生徒を出席簿で追い立てて、全員入ったのを確認してから扉の前で一息ついて、教室内に入った。

入った途端に田宮と目が合った。
緊張感マックスだ!
ガッ!
教壇に登る時に足が躓いた。
ぎこちない足取りで教壇の机に辿り着いた。

「武本はドジだなー!」
「マジ、若手芸人の出方じゃん!それ。」
生徒達が笑い始めた。
彼女は肩を震わせ、口を押さえて笑っていた。

その姿を見て、安心感が胸に広がって緊張感が解けて行った。
「静かに!もういいだろ。
では、授業を始めるぞ!」
仕切り直して授業を開始した。

彼女は教科書の隙間から僕のベストを見てはクスクス笑っていた。
僕は黒板に向かうたびにくすぐったい気持ちでニヤケてしまった。
金井先生に悪いけど、教室内が2人だけの空間にさえ感じられた。
これが、気持ちが通じ合う感覚なんだなぁ。
今までの恋愛でこんな感覚は感じられなかった。
凄く…幸せだ。
デート出来なくても、バレンタインを一緒に過ごせなくても、この時間があれば、幸せなんだと感じられた。
ワガママを言えば、触れたいけど…。

こんな幸せが、この後の『勉強会』の不安や心配を少し忘れさせてくれていた。
そして…『勉強会』の後の希望に胸を膨らませる事ばかり考えていた。

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