手の届かない君に。

平塚冴子

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3学期

学者と王子の信頼関係

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カウンセリングルームは3年も進路が殆ど決まってるせいか、相談者もこの時期はかなり少ない。
謝罪に動くには丁度良かったな。

コンコン。
「武本です。」
「はい、どうぞ入って下さい。」
ガチャ。
「失礼します。
金井先生、3名の謝罪終了です。
後のスケジュールですが…。」
「お疲れ様です。
そうですね。
この順調そうな様子なら、残りを早めにしましょう。
僕もこのところ、カウンセリングルームが暇ですので。」
「そうですか。
助かります。」
「卒業式まで約ひと月ですし、その方が生徒達の為になりますし。
美月さんには、毎休み時間ごとと、放課後で大忙しですが。
まあ、罪の償いとしては有りかと。
コーヒーをどうぞ。」
「はい。ありがとうございます。
そうですね。
逆にその方が周りの理解も早くて得策かもしれませんね。」

「ところで、そのベスト、お似合いですね。」
「ブッ!」
しまった…金井先生に勘付かれたかな?
思わずコーヒーをちょっと吹いてしまった。

「武本先生は寒がりだと、真朝君から聞いてまして。」
「あ、ああ。そうなんです。
白衣も実は寒さ対策とかで。」
「なるほど、英語教師が白衣着用なんて珍しいと思いましたが、そんな理由でしたか。」
「金井先生と被せるつもりはないんです。
学生時代からの癖みたいなものです。」
「いえいえ、僕も白衣好きです。
学生時代から1度着用すると、心地よくてね。
わかりますよ。
その気持ち。」
「ありがとうございます。」
金井先生に言われて少しだけ照れ臭かった。

「そこで、1.2年は明日の1日で済ませてしまいましょう。
明後日は祝日ですし、3年を中心に周りましよう。」
「じゃあ、僕も明後日御一緒します。」
「宜しくお願いします。
では、該当者に事前に一斉メールで連絡をしておきます。
都合の悪い生徒は後日調整しましょう。
明後日の金曜日から日曜日まで3連休ですから、出来ればこの3日間で終わられられればと。」
「はい。僕は、特に用事もないので付き合います。
あ、もし金井先生の都合が悪ければ僕1人でも。」
「武本先生、武本先生。
1人で頑張ろうとしないで下さい。
清水先生も協力してくれますので。
頼れる仲間がいる時は頼って下さい。」
「あ、はい!」

僕は人間が元々嫌いだったと思う。
嫌な部分を目の当たりにして非難ばかりしていた。
確かに人間は最低で汚い…特に大人はその部分が自分を含めて多いと思う。
けど…金井先生や清水先生に出逢えて、信頼できる仲間の良さや大切さを教えてもらった。
頼って、頼られる大切さを。

自分を見失っていない人間もごく僅かだけれど存在するんだと、勉強させられた。
そんな人間に出逢えた僕は幸運な方なんだろうけど。
でも、その努力が若い世代に少しづつ影響していけば、きっとほんの少しだけど、未来は明るくなるはずだと僕は信じたい。

僕は金井先生に心で感謝しつつ、カウンセリングルームを出た。
職員室にいる清水先生とも打ち合わせしないと。

…やっぱり、放課後も君に会いに行けそうもない。
僕はそっとベストを撫でた。
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