手の届かない君に。

平塚冴子

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3学期

王子のバレンタインデー2

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衝動を抑えきれず、僕は田宮 真朝を包み込むように抱きしめていた。

腕の中で、黙って僕の胸に顔をつけてくれる君。
「ゆっくり、僕は君と時間を歩んで行きたい。
だから、焦らないでいい。
君の時間の早さがいいんだ。
その…君の時間で、お互いを知って行こう。」
「私の…時間…。」
「その中で、答えを出せばいい。
僕が君を好きなのは変わらないから。」

「人間って不思議…。
他人の事の方がよく見えて…自分の事になるとまるで、靄がかかったように見えなくなる。
自分の事って難しいわ。
先生に色々と教わったわ。
でも、だからと言って自分から目を逸らすのは違う…だから、私の事も含めて教えて下さい。
少しづつ。」
「うん…わかった。」

僕を見上げた君の唇にそっと、自分の唇を重ねた。

唇を離し、少し赤らんだ顔を見つめた。

「もう、行かなきゃ。」
「…はい。」

僕は後ろ髪を引かれる思いで、旧理科室を後にした。


「おはようございます。武本先生。」
職員室手前の廊下で、金井先生に声をかけられた。
「あ、おはようございます。
昨日まで謝罪お疲れ様でした。」
「こちらこそ、お互い様です。
体力的には来ますが、精神的にはこれでひと段落ついて、穏やかな気持ちになれます。」
「そうですね。
金井先生には本当にお世話になりっぱなしで。
昔と違って、教師だけでは抱えきれない問題が沢山山積してます。
金井先生みたいな存在が、学校には不可欠なんだと思い知らされました。」
「ありがとうございます。
褒めていただくなんて思って無かった。
僕は単に…美月君と同じですよ。」
「えっ?」
「学生時代から周りの人間や大人に、幻滅してましてね。
そして…実は子供時代は殆どの人が持っていた、『嫌悪感』を自分が大人になると、簡単に忘れてる事に気が付きまして。
反抗期だ何だっていう、大人の方が変だと常々感じた僕は、試しに反抗する子供に『答え』を用意してみたんです。
つまり、『生意気だ』とか『屁理屈だ』とか子供の問いに答え切れない大人が、ごまかしに使う言葉を使わず、誠心誠意、なるべく『答え』を用意してみたんです。
すると…子供達の理解度がグンと上がり、反抗度合いがグンと下がったのです。
僕は感じたんです。
子供達は常に迷ってる。
だからこそ、『答え』を求めるんだと。
そして本来、大人はそれに『答える』責任があるのだと。」
「それで、スクールカウンセラーを…。」
「はい。
まだ、自分のしている事が本当に正しいかは、わかりませんが、試行錯誤する価値はあると確信しています。
そして…それはどんな研究よりも大切だと。」

金井先生は爽やかな笑顔で、自分の仕事に誇りを感じてる事を話してくれた。
そして…僕は感じた。
僕が常に金井先生に負けてると、思っていたのはこの違いなんだ。
自分の仕事や行動に自信と誇りを持ってる。
イケメンだからじゃない。
金持ちだからじゃない。
この凜とした生き様が、僕が負けてると感じる最大の理由なんだ。

今ならわかる…。
教師の仕事が何であるか理解した、今の僕にはそれが十分に理解出来た。

「僕も教師として、自ら勉強して行きます。
生徒に『答え』を用意出来るように。」
「おや、ライバルらしくなって来ましたね。
それでこそ、張り合いがあります。」
「ええ!負けませんよ!僕だって!
今回のバレンタインは譲りますけど、来年は僕が…!」
「あははは。
これは気合いを入れないといけませんね。」
そんな談笑を終えて、僕は金井先生と別れて職員室に入った。


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