手の届かない君に。

平塚冴子

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3学期

王子のバレンタインデー1

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連休3日間で関係者への謝罪を終えて、スッキリした気持ちで月曜日を迎えた。

とはいえ、今日は2月14日…バレンタインデー。
放課後、君が旧理科室に来る事は無いだろうし、僕はいつも通りのボッチで過ごす日だ。
校内ではチョコレートのやり取りが盛んに行われるだろうが…僕にくれるかどうか。
「バレンタインなんて来年も再来年も有るんだ!気にするな!」
自分で自分に言い聞かせて出勤した。

きっと、今朝は旧理科室に田宮 真朝が来るはずだ。
僕は待ちきれずに、旧理科室に直行する事にした。

この時期は部活動もほとんど朝練なんてやらないから昨日の放課後みたく、気を遣わなくてもいい。
金井先生が来ない事を祈るのみだ。

脇目も振らずに旧理科室向かって早歩きで進んだ。
外は雪がチラチラと舞い降りていた。

ガチャ。
旧理科室を開けて、暖房のスイッチや電気を点けた。
今朝は結構寒いから部屋を先に暖めておこう。

暖房が効いて来たので、コートを脱いだ。
窓ガラスに映る自分のベストを見て、ニヤけた。
こういう、寒い日に丁度いいし、着心地が良くて早くも愛用品になってしまった。

ガチャ。

窓ガラスの前でニヤニヤしてるうちに、田宮 真朝が登校して来た。
「あら。おはようございます。」
マフラーを取りつつ中に入って、笑顔を見せた。
「お、おはよう。」
「雪がチラついて来ましたね。
積もらないといいんですけど。」
「そうだな。
でも、この程度の雪は好きかな。」
「雨は嫌いなのに、雪は好きなんですね。」
「あっ。そうだなぁ…フワフワしてて、羽根みたいだろ。
幻想的でキラキラしてるし。」
「でも、寒いですよ。
寒がりなんですよね。ふふ。」
「随分と意地悪なんだな。
…と、今日だな。
金井先生との…。」
「はい。
放課後に外で待ち合わせて。
ドレスコード?があるらしくて、金井先生が服をお店に頼んであるって。
そこに行って、着替えてからですかね。
ちょっと、慌ただしいかな。」

ドレスアップして…メイクして…オシャレな店で2人きりか。

はああ。
僕じゃ無理だなやっぱり。
僕は思ったよりショックは受けなかった。
むしろ予想通りだと思った。

ただ、ワガママを言えばドレスアップした姿を見られないのが残念だった。

「そうだ…!えっとその。
バレンタインチョコとかって…。」
恥ずかしながら自ら聞いてしまった。
「あ、あの…銀ちゃんとかに渡す、友チョコは約束してたので持って来ました。
あと、金井先生にも頼まれてたので。
でも…武本先生には頼まれなかったので。
すいません。」
申し訳無さそうに上目遣いで、謝って来た。

あははは。
そんな気はしてたよ。
淡い期待だったなぁ。
君の性格わかってたのにな…。

「あははは。いいよ。
僕も言ってなかったし。」
「…いえ、その。
私…困ってしまって。」
「ん?困る?何で?」
「その…武本先生にも作ろうかなとは、思ったんですけど…。
気付いてしまって…。
私…武本先生の事を全然知らないって。」
「へっ?」
「好みとか、嫌いなものとか…。
全然、知ろうとしてなかったって。
もっと、知ってれば良かったって。
だから、作るのに躊躇してしまって…。
すいません。」
「あ…!嫌、普通知らないよなぁ。
他のクラス担任の教師の事なんて。
気にすんな!はは。」
少し乾いた笑いでごまかした。

「でも…今は、知りたいと思います。
だから、教えて下さい。」
目の前が開けたように、眩しい光に包まれた感覚がした。
君からそんな事を言ってくれる日が来るなんて思いもしなかった。
「あ…っと。
少しづつお互いに知って行こう。
焦る事はない。
僕も…君を知りたい。」
「ふふふ。ありがとうございます。
あ…!」

少しはにかんでる君を、無意識のうちに抱きしめた。
愛おしい…愛おしくて、たまらない。
君の全てが…たまらなく愛おしい。
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