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執事ときどき、探偵助手?
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この部屋のチョイスはワクワクしますね。」
客室について落ち着くどころか、目の前の珍品に興奮でウロウロする殿下に尋ねてみた。
「あの、やっぱりレノアは解雇されるんでしょうか。
行き先はあるのか。
身寄りは無いみたいだし。」
「可哀想、ですか?」
「あ、はい。
お金持ちの方々は、次を雇えばいいと考えるでしょうが、当人にとっては死活問題ですし。」
「わかります。
トモエは真っ当な事を言っています。
ただ、私は勝手な結論や、早急な解決は根本を見失うと言うことも知っています。
時間は待ってはくれませんが、焦り過ぎては答えにたどり着かない事も多々あるのですよ。
まだ、情報が足りないのです。
また、情報を整理する時間も必要なのです。
もし、レノアが本当に解雇されて、ここを出ていくのであれば、その時点で救済しても遅くないと思っているのですよ。」
「そう、ですか。」
わかったような、わからないような頭がぐちゃぐちゃのまま返事をした。
でも、これだけは言える。
レノアは今晩、不安な一夜を過ごさなきゃならないと言うことだ。
「もし、心配ならあとでレノアに声を掛けるといいですよ。
トモエなら彼女に寄り添えるはずですから。」
「あ、はい!」
ガチャ。バン。
「おーい。
飯もって来たぞ。
ダブルチーズのバンバーガー。
飲み物も執事さんに貰って来てやったぞ。
ここは人手が足りて無いからな。
ついでだ、ついで。
そして、ついでにこの館の使用人概要を聞いて来た。」
アレクがバンバーガーの袋を片手に、お茶のお盆を反対の手に乗せて、肘と足でドアを開けて入って来た。
僕は急いでお盆を受け取り、長椅子の横のサイドテーブルに置いた。
「ご苦労様です。アレク。
トモエ、客人のメモを見せていただけますか?」
「あ、走り書き程度のメモですけど。」
「あと、アレク、予告カードの発見時の状況を時系列をまとめて教えて頂けますか?」
「お、少しはやる気が出てきたか?」
「そこまでではありませんよ。
情報をまとめておきたいだけですよ。」
早速僕がお茶を淹れて、アレクが持って来たハンバーガーに、三人同時にかぶり付いた。
エル殿下は椅子に座り、スマホを眺めながら、アレクの話しに耳を傾けて、なおかつハンバーガーを頬張っていた。
アレクはハンバーガーを立ち食いしながら話し始めた。
「一週間前、使用人総出で、会場予定のホールに煤払いの業者が入る前にカーテンなどを取り外したり、換気の為に窓を開けたり、壁のシミのチェックや簡単な掃除をしていたらしい。」
「アレクの持ってきた資料によれば、執事一人メイド三人庭師一人、コック一人の使用人六人とサジェット伯爵がホールに居たようですね。
そして、作業が一通り終わったところで、奥の壁にカードが貼られていた。
しかしながらも、誰一人カードを貼られている瞬間を目撃した者はないとあります。」
「そう、誰一人ね。
換気のために窓は全開。
テラスの窓も開いていて、外部の者が入り込めるチャンスもなくは無いが……。」
「それは状況から見て、考え難いでしょうね。
まあ、誰かこっそりと誘導していなければの話ですが。」
「つまり、カードは使用人の誰かが?」
僕は二人の会話に身をのりだした。
「可能性は高いですね。
では、使用人全員の話も聴かなくてはなりませんね。
トモエ、食後で構いませんので、使用人の話を伺ってきてもらえますか?
私やアレクよりも、あなたの方が口を緩めるはずです。」
「へ?僕一人で?」
「お願いします。
トモエだけが頼りなんです。」
エル殿下は満面の笑みで、僕に指令を与えた。
「本腰入れろよ、トモエ。
これがエルの執事の仕事の八割だ。」
アレクがポンと僕の肩を叩いた。
ああ、情報集が主な仕事って事か。
あれ、執事の仕事なのそれ?
何となく、誰も執事になりたくない理由が、薄らとわかり始めた。
先の不安が、頬張るハンバーガーの味もほとんどわからなくしていまい、お茶も味わうというより流し込んで、僕はスマホを受け取ると、客室を後にして使用人のいるキッチンへと足を向けた。
昼食の給仕も終わり、キッチンではコックやメイド達が休憩をしているようだった。
執事のバックスさんと庭師とレノアは不在だった。
「あのう。
すみません、少しお話ししたくて。
えっとその。
僕はエルトリアル大公殿下の執事ですが、なりたてで。
それとレノアの事も心配で。」
そおっとキッチンを覗き込んで、手前にいたメイドに声を掛けた。
「あ、お付きの。
レノアを心配してくれてるのね。
ありがとう。
丁度一息ついたから、あなたもどうぞ。」
メイドは小さな椅子を僕に差し出した。
「私はメリッサ、隣はリリー。
レノアと同じメイド。
で、彼がコックのビル。」
「トモエです。
エルトリアル大公殿下の執事です。」
「さっきはビックリしたでしょう。
まあ、いずれは揉め事になるとは思っていたけど……。」
「いずれはって、やっぱりサジェット伯爵とレノアはあまり仲良くはなかった?」
「まあ、そもそも相手は伯爵だし、幼馴染み寄りだからって、仲良く出来る関係じゃないのよ。
それでも、以前はレノアの後を着いて回ってたりもしてたわ。」
「レノアの後を?」
「子供の頃のサジェット様は気弱でね。
逆にレノアは物事ハッキリいうタイプでしょう。
他の伯爵家の子供にからかわれて泣くサジェット様の代わりに、殴りかかって相手を怪我させて木に吊るされたり、悪口言われたと聞けば、逆に暴言吐いて相手の子を泣かせたり、ボスゴリラと子猿の様な関係。
でも、さすがに年頃になると、サジェット様もレノアの乱暴な態度にドン引きし始めたんじゃないかしら。
レノアもレノアで、軟派で優柔不断で軟弱なサジェット様にツンケンする様になったの。」
「はぁ。
一触即発手前の状態だったから、さっきの出来事が引き金になったんですね。」
「まあ、取っ替え引っ替えで御令嬢とパーティー三昧で、まともな仕事が出来ない伯爵にレノアも、相当不満は溜まってたのよ。
だって、まともな給金も既に払えなくなって、残ってる使用人はボランティア同然。
辞めろなんて言われたら、即座に出て行くわよ。」
「でも、今回の婚約パーティーだって開けるくらいの財力が……。」
「それは、アマネラルク伯爵がお金を出してるに決まってるじゃない。」
娘と自分のプライドの為の婚約パーティーなのか。
サジェット伯爵は本当にそれで、満足してたのかなぁ?
政略結婚するくらいだから、ラッキー程度だったのかもしれないけど。
なんだか、みんな形だけのハリボテでプライドを保ってるなんて馬鹿馬鹿しい。
少し考え込んでいる僕の向かいに、コックのビルが腰を下ろした。
「俺たちもソロソロ身の振り方考えた方がいいかもな。
アマネラルク伯爵がこのまま、俺たちをここで雇う保障は無いし。
表向はサジェット伯爵家だが、実際にはほぼアマネラルク伯爵に領地も全て乗っ取られるのは目に見えてる。」
「だよねー。
この館も思い出深いけど、建て替えとかされちゃうんだろうな。」
「それって、今回の結婚の裏に、互いの利害や思惑が渦巻いてるって事ですよね。
それ、結婚としていいんですか?
僕には理解できません。」
「理解なんてしなくていいんだよ。
雲の上の人の考えなんて、下々の俺たちの理解を超えてる。
触らぬ神になんとやらだ。
自分達の身の振り方考えるのでこっちは手一杯だからね。」
愛の無い結婚があるのは知ってたけど。
なんかドロドロして気持ち悪い。
「そうだ、バックスさんはお客さまのお相手ですか?」
「うん、そうよ。
首飾りを鑑賞しにね。
アマネラルク伯爵が婚約を許した決め手は、やっぱりあの首飾りの存在があったからみたいだし。」
「そういえば、もう一人の客人のバリエスタ様は宝石商からか、かなり首飾りにご執心だった気がします。」
「先先代の親方様が、プロポーズする為に作らせた首飾りだと聞いてるわ。
何度もプロポーズを断られて、最後にアレで堕としたって自慢してたもの。
この館で一番でかつ唯一のお宝。」
「やっぱり、盗まれると一番困るのはサジェット伯爵ですよね。
まさか、あのカード、レノアがサジェット伯爵を困らせようとしたとか。」
「うーん、なくは無いけど、レノアに何の利益も無いじゃない。
貧乏伯爵困らせても、特になる事は一つもないし。」
「俺もそう思うよ。
レノアはどちらかというと、利発な娘だ。
そんな悪戯するほど馬鹿じゃない。」
うううううん。
話しをすればするほど、だれがやったかわからないぞ。
「バックスさんはサジェット伯爵をどう思ってるんでしょうか?」
「アレよね、馬鹿な息子ほど可愛い的な。
手が掛かる主ほど心配で、目が離せないみたいよ。」
参ったな。
ここまでの話では全然カードを貼った犯人に辿り着かない気がする。
そもそも何でわざわざ、予告なんて必要があったのだろう。
「そうだ、どうせ知りたがりのエルトリアル公爵様の執事なら、庭師のマイクにも話を聴きたいだろうから、裏口から庭に出るといい。
今頃は水撒きをしてる頃だ。
その先には使用人部屋へ続く廊下がある。
良かったら、レノアを慰めてやってくれないか?」
「あ、はいもちろんです。
最後に、あのカードが発見された時、皆さんホール内にいたと聞きましたが、何か気になる事はありませんでしたか?」
「それね。
捜査官にも同じ事聞かれたけど、作業が終わるまで気が付かなかったし、怪しい動きをする人もいなかったわよ。
ねぇ。」
「ああ、突然カードが現れた。
もしかすると魔法かとも思ったが、捜査官に聞いたら、魔法痕が無いから違うと。」
「魔法痕?」
「詳しくは知らないけど、魔法を使った後に魔法の痕跡が残るらしいわよ。
今回、それが無かったって。」
魔法の痕跡で魔法痕か。
初めて聞いた。
「ご協力ありがとうございました。
使用人同士が仲が良い様子が伺えました。」
僕は三人に礼を言って、そそくさと裏口から庭へと出て行った。
#バックス執事
長年この館に仕える執事。
サジェット伯爵を息子のように可愛がっている。
#メリッサ
お喋り好きのメイドでレノアの同僚。
#リリー
メリッサと同じくレノアの同僚。
大人しく話を聴くタイプ
#ビル
この館のコック。
コックは彼一人、転職も考え始めているようだ。
#マイク
庭師……。
「えっと、マイクさんは何処に…。」
上品な木々と華やかさは無いながらも、質素で丁寧に整備されている庭を歩きながら、庭師のマイクを探した。
シャー。シャー。
奥の方で、花々に大きめのジョウロで水を撒く少年が目に入った。
まだ十代前半くらいの小柄な少年で、身なりは職人職の為か、あまり綺麗とは程遠い茶色のつなぎに薄汚れたエプロン姿だった。
「マイクさんですよね?
初めまして、エルトリアル大公殿下の執事としてここについて来た、トモエといいます。」
「……何?
あんまり他人と話たく無いんだけど。」
ぶっきら棒な返事で、睨め付けるかのような視線を僕にぶつけてきた。
人間不信…、僕にもそういう感情は痛いほど理解出来た。
「あ、えっと、僕、両親がもういなくて、結構若い頃からアルバイト…つまり、働いてたけど、人間との関わり合いが一番厄介だよね。
面倒くさいし、思った事伝わらないし。」
「……、あんたも独り者か。
ここへ来る前は結構酷い目を見てきてね。
ここは他人に気を遣う暇があるほど、使用人が多いわけじゃないし、この庭の手入れも見た目良ければ、好きなようにして良いと言われてるから、働き易い。
給料は滞りやすいけど、食事と寝床があれば僕は十分だ。」
「好きなんですね、この館。」
「…ここしかないからね。
僕の居場所。」
「聴きたいのは、予告カードが発見された時の事なんだけど、なにか覚えていることは無いかな?」
「ああ、アレか。
確か作業が終わって、各自戻る直前にレノアが見つけたんだよ。」
「戻る直前という事はそれまでは気が付かなかったと?」
「始めはそんなもの貼られて無かったし、大体、壁紙チエックやカーテン取り外してるんだから、途中で壁に付いててたら、誰かしら気が付きそうなんだけど。」
「……。
あれ、じゃあやっぱり作業中でしかも終わる直前なら、レノアが疑われる事になるじゃないか。」
「でも、レノアはその貼られた壁からは離れた位置にいたよ。
絶対、彼女じゃないよ。」
うううううんん。
サッパリわからん。
「作業終了を告げに来たサジェット伯爵も、レノアを疑って怒鳴ったけど、僕らが彼女の無実を証言したんだ。」
僕が思考しても、何の答えにも辿り着くはずも無い。
エル殿下にお任せするしかないか。
僕は考えるのを止めて、レノアに声を掛ける事にした。
「話してくれて、ありがとう。
向こうの廊下から、レノアの部屋に行けるかい?
慰めに行きたいのだけど。」
「ああ、それなら……。」
マイクはレノアの部屋の場所を指差して教えてくれた。
僕はマイクに手を振りながら、レノアの部屋を目指した。
「馬鹿じゃないの!
だから、あんたは女を見る目が無いって言ってるのよ!」
レノアの部屋を目指して、廊下の角を曲がった時に、女性の大声が聞こえて来た。
「だ、大丈夫ですか?
レノア!無事ですか?」
僕の目の前には、部屋の前でレノアの左上を掴むサジェット伯爵の姿が飛び込んできた。
今、アレクもエル殿下もいないのに!
僕はもう、勢いのみで、二人の間を割って入った。
「もう!
使用人を辞めるって人に、追い討ち掛けるなんて非人道的です!」
目をつむったまま、そう叫んだ。
「くっ。
君はエルトリアル公爵殿下の…。」
まずいところを見られたせいか、サジェット伯爵はドンと、僕を突き放すと走り去って行ってしまった。
「トモエ、大丈夫?
まったく、あれで貴族様なんだから、呆れるでしょう。
さあ、中に入って。
私に会いに来てくれたんでしょう。」
「あ、はい。
でも、あんまり役に立てなくて、すみません。」
「どうしてトモエが謝るの?
ふふふ。変なの。」
確かに。
でも、身に付いた日本人気質はどうしても消せないんだよなぁ。
とりあえず、廊下で話すのもなんなので、レノアに誘われるまま部屋に入った。
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