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第一話 皐月

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「真波さん! こんばんは! お仕事ですか?」
 この世界で最初に出会った人との再会に、思わず笑顔になると、真波さんも分かりづらいが笑みを浮かべた。
「ああ。花祭りの監督に。責任者として」
「そうですか~! いろんなお仕事があるんですね」
 近づいてニコニコ話していると、秋櫻が驚いたように言った。
「雪柳、程将軍と知り合いなの?」
「え、あ、うん。この街に来るとき、助けてもらったんだ」
「そうなんだ…」
 秋櫻は真波さんのほうを見て、拱手をしながら言う。
「初めまして。僕は秋櫻と言います。鶴汀楼の『蛋』です。以後お見知りおきを」
 秋櫻はほんときちんとしている、俺よりずっと。うむ、と真波さんが頷く。
「君たちは仕事終わりか?」
「ええ。ようやく終わりました!」
 すると真波さんは頷き、手でどこかを指し示した。
「そうか、私もだ。……そこの店で、飯でもどうだ?」
「えっ!」
 飯! 夕方の早い時間に飯を食うので、寝るときに腹が減るのだ。俺は嬉しくなって、隣の秋櫻を見た。断ることは無いだろうと思ったのに、秋櫻は首を横に振って言った。
「お誘いありがとうございます。きっと雪柳と積もるお話もあると思いますので、僕はここで失礼します」
 そして拱手をしたあと、踵を返して行ってしまう。おっ、おい、待てって!
 すると真波さんはふっと笑みを浮かべて言った。
「気を遣わせてしまったようだな。……君は、雪柳というのか」
 切れ長の目と目が合う。本当にきれいな目をしている人だ。俺ははい、と頷いた。
「母さんの好きだった花の名前をもらいました」
「そうか。……似合う」
 その言葉に、「え?」と思う暇もなく、彼は俺に背を向けた。
「そこで待っていろ」
 そして、すこし離れた場所にいる兵士に何か耳打ちして戻ってきた。
「さあ、行こうか」
 結局2人で飯にいくことになってしまった。意外な展開に少し戸惑う。しかし間違いなくおごりだろう飯の誘いに、俺には断るという選択肢などなかった。

 連れていってもらったのは、庶民的な木造の店だった。中は仕事終りの職人たちでにぎわっている。花街とはいえ、ふつうに働いている人たちには関係ないのだろう。
 そこで出されたのは刀削麺というやつだった。豚骨っぽい濃厚でピリ辛なスープに、極薄の麺がたっぷり入っていて、上には豚バラと白髪葱が乗っている。正直言ってとてもうまい。思わず歓喜の声を上げてしまった。
「うっま!」
「それはよかった」
 箸に手を付けずに俺を見ていた真波さんが微笑んだ。そして箸を手に取る。
「ありがとうございます、ほんと美味いです!」
 にっこにこで言うと、真波さんも頷いて麺をすする。元いた世界とはまるで違うのに、麺をすする姿は現代と変わらなくて、なんだか嬉しくなる。
「お仕事は、大丈夫でしたか? 僕のために早く上がってもらったんじゃ……」
 気になって言ってみた。すると彼は首を横に振った。
「いや、私の仕事は兵の配置と監督が主だから。もう少し早く終わるはずだったんだが、つい気になって居残ってしまった」
「なるほど。仕事熱心ですね!」
 真波さんは真面目な良い人だ。そしてなんだか話しやすい。実年齢28の俺と年が近そうだからだと思う。
 やがて麺を食べ終えて、俺は一息ついた。
「ご馳走様でした」
 すると彼は目を細めて俺を見、「いや。ご馳走というほどでは」と言った。こっちにはこんなあいさつないのかな。
 しかし、せっかく話ができるなら、なにか彼から情報を引き出せないだろうか。俺の今後……元の世界に戻れる方法とか……は無理だろうが、皐月の恋の相手とか。もしかしたら兵士の誰かかもしれない。
「真波さん、あの。兵士さんたちも、この街に遊びにいらっしゃったりするんですか?」
 聞いてみると、真波さんは「ああ」と頷いた。
「ここでの遊興は、特別に認められている。通行証を発行するためには、定期的な身体検査が必要だが」
 身体検査。こういうところで流行りがちな病とかだろうか。現代日本人が作ったゲームなので、そこらへんの設定はきちんとしている。
「なるほど。あの、じゃぁ、男妓と兵士さんがいい仲になったり、とかも」
「……あるだろうな。限度はあるだろうが」
 真波さんは目の前の茶碗を手に取りながら言った。
「限度か……」
 思わず呟くと、彼はふっとこちらを見た。
「……なにか、困ったことでもあるのか?」
 ……驚いた。俺はそんなに難しい顔をしていただろうか。一瞬、反応が遅れた俺に、真波さんは続けた。
「何かあれば、力になる」
 その言葉に、胸が震えた。彼はたまたま俺を見つけただけのはず。なぜこんなに気にかけてくれるんだろう。
「……いえ、みんな優しいです。今は大丈夫、です」
「そうか」
 言葉の少ない彼の真意はよくわからない。けれど俺の身を案じてくれているのはわかって、胸の中が温かくなる。
「ありがとうございます。また、遊びにきてください、ね」
 言っている途中で、仕事で来てる人にこれはまずいかなとも思ったが、彼はまた微笑みを浮かべて、ああ、と頷いた。
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