【完結】鶴汀楼戯伝~BLゲームの中の人、男ばかりの妓楼に転生する~

鹿月

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第五話 琥珀《きらめきの憂鬱》

3-1

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 俺たちの小さな部屋に戻ると、秋櫻を寝台に座らせた。その顔は青ざめている。貧血だろうか。
「大丈夫? まだ昼の勉強までは時間があるから、寝てるといいよ。水飲む?」
 聞くと頷いたので、部屋に置いてある水差しから水を茶碗に入れて渡した。ありがとう、と頷いて、秋櫻が茶碗を受け取る。
「ごめん。ちょっと……動揺して」
「いや。大丈夫? 暑いし、水もたくさん飲んで」
  呉炎翔みたいに熱中症になっても困るし。秋櫻は頷いて水を飲み干したあと、ぽつりと呟いた。
「春嵐兄さんが言ってた店……。もしかすると、僕の実家の商品を売ってるのかもしれない」
「実家? どういうこと?」
 驚いて秋櫻を見ると、彼は目を伏せて話し始めた。
「僕の家は珠宝店をやってたって、前に言ったでしょう? あるとき、父が信用していた使用人が、仕入れた宝玉と店の金を持ち逃げしたんだ。うちは宝玉の支払いや従業員の賃金にも事欠く始末で、大変なことになった。そして僕がここに来て、なんとかお金を作って。父は商売をやめて、今、家族はそれなりに平穏に暮らせてる。そしてね、持ち逃げされた宝玉のなかに、虫入り琥珀の模造品と、青い琥珀があったんだ……」
 秋櫻の父は、虫入り琥珀の模造品を購入し、説明を加えた上で売るつもりだったそうだ。琥珀の模造品は、粗悪なものだとまだ若い琥珀を溶かして作ったりもするらしい。けれどそのときの品物は本物の琥珀の小さいものを溶かして固めたものだったし、美しい品だったから、仕入れたいと思ったという。だから秋櫻はよく覚えていたのだそうだ。
「青い琥珀も見せてもらった。そちらはもちろん天然物なんだけど、色が変わるのがほんとに不思議でね。夢のように綺麗だった。とても珍しくて、父上も初めて見たと言っていたよ」
 秋櫻は物憂げに目を伏せた。そして呟くように言う。
「もちろん、偶然の可能性もあるよ。だけど、うちも州都の近くだったし、盗品が流れたかもしれない。そう思うと苦しくて」
 秋櫻の眉がぎゅっと寄せられる。彼のこんなに険しい表情を見たのは初めてだった。俺はどうしていいかわからず、彼の肩を抱き寄せた。そしてしばらくして。
「ごめん。雪柳」
 ため息と共に彼が言った。
「こんなこと、君に言ってもどうしようもないってわかってるんだけど」
「うん、大丈夫だよ。俺も何かできないか、考えてみる」
 すると秋櫻が俺の肩を掴む手に、力が籠った。
「……充分だよ。こうしてくれるだけで、充分」
 その言葉に笑みが零れた。俺は頷いて、彼の肩をそっと撫でた。

 俺が秋櫻にできること。結局なにも思いつかなくて、なんとなく沈んだ気持ちでその日は過ぎた。そして仕事終わり、俺は鶴天佑に呼ばれた。真波さんから、久々に来ると連絡があったそうだ。それを聞いたとき、俺の心はとくんと跳ねた。
 会えると聞いて気持ちが華やぐ。そんな相手がお客さんだなんて幸運だ。しかも鈴蘭が休みだから部屋を貸してくれるとのことで、俺は鈴蘭の部屋で彼を迎えることとなった。
 鈴蘭は七夕節のあと、呉炎翔と再びやり取りをするようになったらしい。そしてそのお礼なのか、何枚かの服を俺にくれた。いらないからあげるね、と言った割にそれらの服はとても綺麗で、俺のサイズにもピッタリだったので嬉しかった。
 彼の部屋には風呂があるのだが、なんと風呂は人力で入れるのだそうで、風呂は2階にあるから大変だ。使用人の男たちによるバケツリレーが行われるのを見ながらなんだか申し訳ない気でいっぱいになった。
 昼間はからりと晴れていたのに、夜になるとざああと雨が降ってきた。夏の通り雨みたいだ。そのおかげで気温は下がり、僅かに開けた雨戸の隙間から入る風も涼しく感じられる。とはいえ、折角真波さんが来てくれる日だっていうのに雨だなんて。
 俺はそわそわしながら彼の訪れを待っていた。さっきホールの時計で時刻を見たが、そろそろだと思う。手持ち無沙汰になって、入れてもらった風呂の様子を見に行く。風呂桶には木の板がかぶせてあったので、そっとずらして湯の中に手を入れる。
 ちょっと熱い位に感じるが、2階の風呂の温度を上げるためには差し湯を持ってきてもらうしかないので、元から熱めに作っておくそうだ。入るときに、水を足して、温度を下げるのだという。
 ざあああ、開いたままの風呂場の窓から雨が吹き込んでくる。慌てて少し雨戸を閉めた。思ったより強く降っている。今日の昼間は、雲は多かったものの天気はよかったし、真波さんは傘を持っていなかったかもしれない。濡れていたらどうしよう。
 いてもたってもいられなくなって、居間に戻り、雨戸を少し開けて外を見た。この窓からは店の前の道が見える。前に呉炎翔が見上げていた窓が、実はここだったのだ。図らずも彼は正しい方向を見ていたといえる。
 とはいえもう外は暗く、灯籠の灯りで道が僅かに照らされている程度だ。しかも店の壁と門が邪魔をして、すっきり見えるわけではない。諦めて窓を閉めようとしたとき、道の向こうに長身の影が見えた。傘も差さずに雨の中を堂々と歩いてくる。他の人から頭1つ抜きん出た長身は、もちろん……。
「真波……さん!」
 思わず飛び上がるようにして窓を閉め、部屋を飛び出した。足音を立てるといけないので、小走りで階段を降り、ホールの入口を目指す。跳びはねるようにして扉を開けて門までの短い道を駆ける。
 ちょうど門に着いたとき、向こうから扉が開いた。待ちわびた人がそこにいた。
「……ようこそ、おいでくださいました」
 なぜか震える声を抑えながら、拱手とともに言うと、彼は着けていた指なし手袋みたいなやつを外し、俺の頬に軽く触れた。ふわりと、彼の香りと雨が香る。
「会いたかった」
 いきなり言うからちょっと赤面してしまう。不意打ちは困る。
「僕も、です」
 そっと見上げると、端正な顔がふっと笑み崩れた。その表情に胸が熱くなる。……俺の今の体は18歳の少年だから、こういう情動もきっと18歳並なんだろう。
「……雨、大丈夫でしたか」
 彼の黒い袍は、しっとりと濡れているように見えた。彼は頷いて応える。
「……大丈夫だ。馬車に傘を忘れてね。取りに戻るより……君に会いたいと思った」
 ……ずるい。こんなのキュンとするに決まってる。傘を取りに行くわずかな時間も惜しんで、会いに来てくれただなんて。



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読んでくださってありがとうございます。
秋櫻が鶴汀楼に来た事情は、こちらのお話にございます。
《番外編 秋櫻 手のひらの温度》
https://novel18.syosetu.com/n7708id/52/
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