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第五話 琥珀《きらめきの憂鬱》
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その夜。仕事を終えて秋櫻と銭湯に行った。湯船につかり、昼間春嵐に聞いたことを伝える。曹純義はたったひとつの過激な口説き文句を除いて、玉兎に何も残さなかったらしいことを。
「……だからさ、やっぱりあの口説き文句に鍵があると思うんだよね」
伸びをして体を解しつつ言うと、秋櫻は首を傾げた。
「あるかなぁ? ただ言いたかっただけかもよ。詩を残したわけでもないし」
「そうなんだよ。詩なら読み解き甲斐もあるのにな」
……読み解けるかは置いといて。
「なあ。曹さんは秋櫻のうちに間借りしてたんだよな。彼の部屋じゃなくても、お前のうちに人形とかないかな? ぬい……布でできたのとか。弟のおもちゃとか。腹かっさばけそうなやつ」
「酷いこと言わないでよ。でも人形……さすがにそんなのには入れないと思うけどなぁ」
秋櫻はお湯を肩にかけながら眉をひそめた。
「あの事件のとき、犯人が曹さんと断定されたのは、事件後に姿を消したことがいちばんの理由だけど。そのほかに、うちの金品の在処を知ってたことと、金庫の開け方を知ってたことと、っていうのが大きくてね。もちろん彼の部屋も片っ端から調べられたんだ。たしかに弟の人形は調べられてないと思うけど、安物だったし、多分もう捨てられてると思う。もしもなにかの告発なら、いつかは見つけて貰わないと困るんじゃない? そんな危ないものには入れないでしょ」
ぐぬぬ、正論だ。たしかに成長すれば人形やぬいぐるみは捨てられるだろう。余程大事なものでなければ。
「高価な人形は? その、飾って楽しむみたいな」
「うちには女の子がいないし、母上も好きじゃなかったみたいで、そういうのもなかったな」
秋櫻は首を振る。日本でいえば雛人形とか市松人形とかみたいなものがあればと思ったが。
「そっかあ」
また行き詰ってしまった。俺はなすすべもなく、首まで湯に浸かり、目を閉じた。
湯屋を出たあと、湯冷ましで少し街を歩くことにした。夜の街であるここは日が暮れると俄然活気づく。行き交う男たちの間をすり抜け、街の両端を流れる疏水まで行くことにした。
するとふと、真波さんと過ごした街のお堂が目に入った。こじんまりとしたお堂だがいつも綺麗に掃除されていて、大切にされていることがうかがえる。灯籠の橙の明かりがぼんやりとお堂を照らし出している。
「ちょっとお参りしていこうか」
何の気なしに言った。前に場所を借りた時にお参りもしなかったし。秋櫻が頷いたので、中に入った。こじんまりとしたお堂の中には、鉄製の風防がついたろうそく立ての中で、ろうそくの火が揺らめいていた。
髭が豊かな柔和な表情のおじいさんの神様にお参りし、前にも座った、お堂の前の石に腰かけた。座るのに丁度いい石なのだ。
「なあ、ここはなんの神様なの?」
「月下老人だよ。縁結びの神様なんだ。ここは縁が大事な町だからね」
にこ、と秋櫻が笑う。へえ、と改めてお堂の方を見た。割とリアルな、カラフルなおじいさんの像が飾られている。日本では見たことない神様だ。笑顔がやけにリアルで、仏像よりも人っぽい。
「いいお客さまが来てくれますように、ってお祈りにくることもあるって、皐月兄さんも言ってた」
なるほど。きっと俺のいた世界よりも、ずっと神様が身近な存在なのだろう。
何気なく像を見ていて、はっとした。もしかして……。
「なあ、秋櫻のうちにもこういう像はあるの?」
聞くと、うん?と首を傾げる。
「うちにいらっしゃるのは、神様じゃなくて仏様だね。地蔵菩薩様がいらっしゃるよ」
「地蔵菩薩!」
お地蔵様か? なんか俺が知ってる呼び名と違うけど、家にあるなんてすごいな。
「それ、どれくらいの大きさ???」
「大きさは、んー、これくらい?」
秋櫻は胸あたりから頭のてっぺんくらいまでの幅を手で示した。ざっと……50㎝くらいか。
「けっこう大きいんだな……。なあ、その地蔵様の中に、空洞ないかな? 手紙入れられそうな空洞……」
気になっていたことを聞いてみる。すると、秋櫻の表情が変わった。目を見開いて俺を見る。
「ぁ……あるかもしれない」
「えっ」
秋櫻はハッとした様子で俺に向き直った。
「うちには二体、お地蔵様がいらっしゃるんだ。大きいものと小さいもの。昔、気になって亡くなったおじいさまに聞いたことがある。そうしたら、小さいものは、胎内仏だって言ってた」
「たいないぶつ?」
なんだそれ? キョトンとして聞くと、秋櫻はうん、と頷いた。
「仏像の中に小さな仏像を入れることがあるんだって。中の仏様を守るためで、戦乱のときに、中の仏様だけが綺麗に残ったこともあるそうだよ」
「え……じゃあ、秋櫻の家のお地蔵様は、その、タイナイブツだったってことか?」
すると秋櫻はうんと頷いた。
「小さいほうはね。っていっても古いものじゃなくて、おじいさまが作らせたものなんだって。うちでは中の仏様もお出しして飾ってたんだ。お地蔵様の中にお地蔵様がいらっしゃるなんて面白いでしょ。僕も子供だったからはしゃいじゃって、よく覚えてる」
秋櫻は興奮したように言った。暗いから見えないが、白い頬をバラ色に染めているのかもしれない。
「……だから大きいお地蔵様の中には空洞があると思う。そして、うちでは離れの一間にお地蔵様を祀ってた。そこの掃除をしてたのが曹さんだった……」
秋櫻の中で何かが繋がっていくようだった。曹純義とその部屋で会ったこともあったのかもしれない。
「それだ。役所の人も、お地蔵様の中は見てないんだろ?」
「見てないね。そもそも曹さんの部屋は細かい所まで調べていたけど、うちの他の部屋についてはそこまで細かくは見ていないと思う。そもそもお地蔵様のなかになにか隠すなんて思わないしね」
「やった!」
その言葉に、思わず立ち上がった。
「お地蔵様の中を、父上に見てもらおうぜ! 明日早速父上に手紙を送ろう」
うん、と秋櫻が力強く頷く。もしかしたら空振りかもしれないけど、一縷の望みを感じて、俺は胸が高鳴るのを感じた。
「……だからさ、やっぱりあの口説き文句に鍵があると思うんだよね」
伸びをして体を解しつつ言うと、秋櫻は首を傾げた。
「あるかなぁ? ただ言いたかっただけかもよ。詩を残したわけでもないし」
「そうなんだよ。詩なら読み解き甲斐もあるのにな」
……読み解けるかは置いといて。
「なあ。曹さんは秋櫻のうちに間借りしてたんだよな。彼の部屋じゃなくても、お前のうちに人形とかないかな? ぬい……布でできたのとか。弟のおもちゃとか。腹かっさばけそうなやつ」
「酷いこと言わないでよ。でも人形……さすがにそんなのには入れないと思うけどなぁ」
秋櫻はお湯を肩にかけながら眉をひそめた。
「あの事件のとき、犯人が曹さんと断定されたのは、事件後に姿を消したことがいちばんの理由だけど。そのほかに、うちの金品の在処を知ってたことと、金庫の開け方を知ってたことと、っていうのが大きくてね。もちろん彼の部屋も片っ端から調べられたんだ。たしかに弟の人形は調べられてないと思うけど、安物だったし、多分もう捨てられてると思う。もしもなにかの告発なら、いつかは見つけて貰わないと困るんじゃない? そんな危ないものには入れないでしょ」
ぐぬぬ、正論だ。たしかに成長すれば人形やぬいぐるみは捨てられるだろう。余程大事なものでなければ。
「高価な人形は? その、飾って楽しむみたいな」
「うちには女の子がいないし、母上も好きじゃなかったみたいで、そういうのもなかったな」
秋櫻は首を振る。日本でいえば雛人形とか市松人形とかみたいなものがあればと思ったが。
「そっかあ」
また行き詰ってしまった。俺はなすすべもなく、首まで湯に浸かり、目を閉じた。
湯屋を出たあと、湯冷ましで少し街を歩くことにした。夜の街であるここは日が暮れると俄然活気づく。行き交う男たちの間をすり抜け、街の両端を流れる疏水まで行くことにした。
するとふと、真波さんと過ごした街のお堂が目に入った。こじんまりとしたお堂だがいつも綺麗に掃除されていて、大切にされていることがうかがえる。灯籠の橙の明かりがぼんやりとお堂を照らし出している。
「ちょっとお参りしていこうか」
何の気なしに言った。前に場所を借りた時にお参りもしなかったし。秋櫻が頷いたので、中に入った。こじんまりとしたお堂の中には、鉄製の風防がついたろうそく立ての中で、ろうそくの火が揺らめいていた。
髭が豊かな柔和な表情のおじいさんの神様にお参りし、前にも座った、お堂の前の石に腰かけた。座るのに丁度いい石なのだ。
「なあ、ここはなんの神様なの?」
「月下老人だよ。縁結びの神様なんだ。ここは縁が大事な町だからね」
にこ、と秋櫻が笑う。へえ、と改めてお堂の方を見た。割とリアルな、カラフルなおじいさんの像が飾られている。日本では見たことない神様だ。笑顔がやけにリアルで、仏像よりも人っぽい。
「いいお客さまが来てくれますように、ってお祈りにくることもあるって、皐月兄さんも言ってた」
なるほど。きっと俺のいた世界よりも、ずっと神様が身近な存在なのだろう。
何気なく像を見ていて、はっとした。もしかして……。
「なあ、秋櫻のうちにもこういう像はあるの?」
聞くと、うん?と首を傾げる。
「うちにいらっしゃるのは、神様じゃなくて仏様だね。地蔵菩薩様がいらっしゃるよ」
「地蔵菩薩!」
お地蔵様か? なんか俺が知ってる呼び名と違うけど、家にあるなんてすごいな。
「それ、どれくらいの大きさ???」
「大きさは、んー、これくらい?」
秋櫻は胸あたりから頭のてっぺんくらいまでの幅を手で示した。ざっと……50㎝くらいか。
「けっこう大きいんだな……。なあ、その地蔵様の中に、空洞ないかな? 手紙入れられそうな空洞……」
気になっていたことを聞いてみる。すると、秋櫻の表情が変わった。目を見開いて俺を見る。
「ぁ……あるかもしれない」
「えっ」
秋櫻はハッとした様子で俺に向き直った。
「うちには二体、お地蔵様がいらっしゃるんだ。大きいものと小さいもの。昔、気になって亡くなったおじいさまに聞いたことがある。そうしたら、小さいものは、胎内仏だって言ってた」
「たいないぶつ?」
なんだそれ? キョトンとして聞くと、秋櫻はうん、と頷いた。
「仏像の中に小さな仏像を入れることがあるんだって。中の仏様を守るためで、戦乱のときに、中の仏様だけが綺麗に残ったこともあるそうだよ」
「え……じゃあ、秋櫻の家のお地蔵様は、その、タイナイブツだったってことか?」
すると秋櫻はうんと頷いた。
「小さいほうはね。っていっても古いものじゃなくて、おじいさまが作らせたものなんだって。うちでは中の仏様もお出しして飾ってたんだ。お地蔵様の中にお地蔵様がいらっしゃるなんて面白いでしょ。僕も子供だったからはしゃいじゃって、よく覚えてる」
秋櫻は興奮したように言った。暗いから見えないが、白い頬をバラ色に染めているのかもしれない。
「……だから大きいお地蔵様の中には空洞があると思う。そして、うちでは離れの一間にお地蔵様を祀ってた。そこの掃除をしてたのが曹さんだった……」
秋櫻の中で何かが繋がっていくようだった。曹純義とその部屋で会ったこともあったのかもしれない。
「それだ。役所の人も、お地蔵様の中は見てないんだろ?」
「見てないね。そもそも曹さんの部屋は細かい所まで調べていたけど、うちの他の部屋についてはそこまで細かくは見ていないと思う。そもそもお地蔵様のなかになにか隠すなんて思わないしね」
「やった!」
その言葉に、思わず立ち上がった。
「お地蔵様の中を、父上に見てもらおうぜ! 明日早速父上に手紙を送ろう」
うん、と秋櫻が力強く頷く。もしかしたら空振りかもしれないけど、一縷の望みを感じて、俺は胸が高鳴るのを感じた。
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