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騎士とクズ
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ミュゼットが積極的にアレックスの身の回りの世話をしていたので、リリアナとメイベルは共同場の掃除や洗濯などを行っていた。それで特に問題はなかったはずが、1週間後。イライラした様子のミュゼットが、リリアナたちの前に立ちはだかった。
「あの人、不能かもしれないわ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
リリアナたちは突然の話に、全くついていくことができなかった。頭の中で、ふのうってなんだ?と思い浮かべていた。
「もしくは、女性じゃなくて男性がお好きなのかもしれない」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
リリアナたちは誰のことを言っているのか分かって、静かに顔を青褪めさせた。相手は公爵家の嫡男だ。裏でそんなことを言っていることがバレれば、お叱りだけではすまないだろう。リリアナたちは首をスパッとされる未来を想像し、恐怖した。とりあえずミュゼットの腕を掴み、廊下の隅っこに固まった。
「なんでそんなこと思ったんですか!?」
リリアナは小声でミュゼットに詰め寄った。
流石にミュゼットも大声で話してはいけないと思ったのか、同じように小声で返した。
「転んだように倒れてくっついたり、紅茶をお出しするときに手に触れたりしたのに、鬱陶しそうに振り払われるだけでしたの」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「わたくしに触れたいと思わないなんて、おかしいでしょう?」
リリアナたちは『なんてことを!?』と思ったが、口には出さなかった。ミュゼットが自分が悪いとは少しも思っていなかったからである。
「いくら公爵家と言えど、わたくしを蔑ろにする相手には嫁ぎたくはありません。ですからメイベル。今日からあなたがお世話をしてください」
「え!?」
突然指名されたメイベルは、青い顔色を白くさせた。今にも倒れそうな様子に、リリアナは可哀想に思った。
「待ってください。身の回りのお世話をするだけなら、別に私でもいいのでは?」
リリアナの庇う言葉に、ミュゼットはため息を吐いた。
「メイベルは度胸もなさそうですし。突然夜の相手をするより、少しずつお話しができるようになった方がよろしいと思いますわ」
「・・・・・・」
なんでここで正論を言うんだと、リリアナは苦々しい気持ちになった。メイベルはぎゅっと手を握り締め、震えながら頷いた。
「わ、私、・・・・・・頑張ります」
「ええ。よろしくお願いしますね」
「・・・・・・」
ミュゼットは満足そうに微笑むが、リリアナは心配でしかたがなかった。でも、自分で頑張ると言った以上、止めることもできなかった。ふらふらの足取りで去っていくメイベルを、見えなくなるまで見つめていた。
その日の夜、仕事を終えたリリアナは、夕食を食べて部屋に戻った。お湯を浴びる準備をしていると、バンッと大きな音を立ててドアが開いた。そこに立っていたのは、メイベルだった。
「どうしたの?メイベル」
ベッドに寝転んでいたルイは体を起こし、様子がおかしいメイベルに声をかけた。すると、俯いていたメイベルは、ぐす、ぐすと鼻を啜った。
「わ、私、処刑されるかもしれないっ!」
「え!?」
処刑とは穏やかではない言葉である。
リリアナたちは体を震わせて泣くメイベルを、部屋の中に入れて座らせた。
「何があったの?」
「い、いっぱい、うっ、・・・・・・失敗しちゃって」
メイベルは手で顔を覆い、わっと大きな声を上げて泣き出した。嗚咽混じりの話を繋ぎ合わせると、どうやら紅茶が入ったカップをひっくり返してアレックスの服を汚したり、転けて書類にインクをぶち撒けてしまったりしたそうだ。ルイはとにかく落ち着かせようと、メイベルの背中を擦って慰めた。一方、リリアナは想像していた通り最悪の事態が起こってしまったと頭を抱えた。ミュゼットに引き続き、メイベルもアレックスを怒らせてしまったのだ。明日、執務室に行くのが恐ろしかった。
しかし、いくら恐ろしくても、仕事を放棄するわけにはいかなかった。現状、アレックスの怒りをどうにかする方法もない。リリアナは明日のことは明日考えることにして、脱水症状を起こしそうなほど泣くメイベルを、ルイと一緒に慰めることにした。
次の日、リリアナはメイベルに変わり、アレックスの執務室を訪れた。仕事に行くというよりも処刑台に向かうような気持ちで、ドアをノックする手は震えていた。ティーセットが乗ったお盆を片手で持ち、コンコンと2回ドアを叩く。中から「入れ」という低い声が聞こえた。
「失礼いたします。メイドのリリアナ・ダウイットです。紅茶をお持ちしました」
ドアを開け、すぐに頭を下げた。
「待て」
一歩目を踏み出そうとしたところで、すぐに待ったがかかった。リリアナは恐る恐る視線を上げてアレックスの表情を伺った。その瞬間、見なければ良かったと、ここからダッシュで逃げ出したくなった。アレックスは今人を殺してきたところです。と言われてもおかしくないほど、険しい表情をしていた。
「そこのテーブルに置いておけ」
「かしこまりました」
リリアナは自分の命を守るため、アレックスの機嫌をこれ以上損ねないようにしようと心に誓った。素早く動き、ティーセットを執務机の前にあるローテーブルの上に用意した。その時、騎士の制服を着た男性が部屋の中に入ってきた。
「おや、新しいメイドの子かな?」
軽薄そうな雰囲気を滲ませた男性は、ふにゃっと目元を緩ませた。リリアナはその男性の顔を見て、たくさんの女性を泣かせていそうだなと思った。
「はい。リリアナ・ダウイットです」
「僕はアレックスの補佐を務めるジェイデン・ホークスだよ。よろしくね」
「よろしくお願いします」
リリアナはきちんと立ち、深く頭を下げた。
「もう一つカップをお持ちしましょうか?」
「いや、いいよ。書類を持ってきただけだから」
「かしこまりました」
ジェイデンはにこやかな笑顔で話した。だが、リリアナは自分を見つめるジェイデンの目を見て、ただの優しい人ではないだろうと感じていた。目の奥が笑っていないのだ。
「他に御用はございますでしょうか?」
「ない」
アレックスが書類を見たまま、きっぱりと答えた。
「では、御用の際は、お呼びください。失礼いたします」
リリアナは部屋の外に出ると、大きく息を吐いた。もう今のやり取りだけで、HPが50ぐらい減ったような気がした。ポーションのような便利なアイテムがあるわけではないので、疲労感満載の体で仕事をこなしていかないといけない。
リリアナはもう一度大きく息を吐くと、アレックスの洗濯物を回収するために騎士団の寮に向かった。
洗濯物がある場合、ドアの外に籠に入れて出しておくのがこの騎士団での決まりらしい。部屋の中の掃除は、ホテルのドアノブに掛けるような札が用意されているので、『部屋の掃除必要』『部屋の掃除不要』のどちらかを表にしてドアノブに掛けておけばOKだ。
リリアナがアレックスの部屋に向かうと、『部屋の掃除不要』の札が掛かっていた。想定通りだなと思いながら、ドアの外に放置されていた洗濯籠を回収する。シーツや服がぎゅっと詰め込まれているので、それなりに重い。
「ふぅ」
途中で籠を置きながら洗濯場に向かっていると、2人の若い騎士が近寄ってきた。制服を見るところによると、第一騎士団に所属しているようだ。
「俺たちが手伝いましょうか?」
「・・・・・・」
言葉だけ聞けばありがたい申し出なのだが、2人はニヤニヤと笑っておりあまり良い表情とは言えなかった。視線も、リリアナの大きな胸の上をチラチラと動いている。いくら規律を厳しくしようとも、守らない人というのはどこの世界にもいるらしい。
昼間の騎士団の寮の近くは、人の気配がほぼなかった。身の危険を感じたリリアナは籠を持ち、平静を装いながらその場を離れようとした。
「ありがとうございます。でも、1人で大丈夫なので」
「まぁまぁ、そんな遠慮せずに」
ツンツンヘアーの男はスカートのスリットから片手を入れ、リリアナの尻を抱き締めるように手を添えた。茶髪の男はリリアナの肩を抱くと、布の隙間から片手を入れ下着の上から胸を揉んだ。2人はリリアナの体の感触を楽しみながら、物陰に引きずり込むために辺りを見回した。
この世界で生きる以上、騎士の人たちとエッチをすることについては覚悟を決めていた。だがそれは、こんな卑劣な男たちに触れられても良いということではない。リリアナは恐怖と嫌悪感から、ブルブルと体を震わせた。
「いやっ!」
「そんなに嫌がらなくても」
「そうそう。僕たちとっても優しいよ」
リリアナは身を捩るが、体を鍛えている騎士から逃げることはできなかった。
2人の男はリリアナの抵抗を弱めるため、下着の中に手を入れた。ツンツンヘアーの男は陰部のふにふにとした感触を楽しみ、茶髪の男は隠れていた乳首を爪で擦りぷっくりと膨れてくる様子を楽しんだ。リリアナが悲鳴をあげようとしたそのとき、別の低い声が響いた。
「何をしている」
リリアナが涙目で顔を上げると、眉間に皺を寄せたアレックスが立っていた。
「ふ、副団長!えっと、これは」
2人の騎士はリリアナから離れると、慌てながら弁明した。
「このメイドが相手をしてほしいと誘ってきたんです」
「そうです、そうです」
とんでもない嘘を平然と吐く騎士たちに、リリアナは唖然とした。
「そうなのか?」
アレックスは侮蔑が籠もった視線をリリアナに向けた。
リリアナは騎士たちの言い分をすぐに信じたアレックスにショックを受けた。いくらミュゼットたちの行いに腹を立てていたとしても、リリアナ自身は何もしていないのだ。最低でも話を聞くぐらいのことは、してくれると思っていた。だが、その信頼を裏切られてしまい、リリアナの胸に深い悲しみが襲った。
リリアナは涙を零しながら、アレックスを睨みつけた。
「アレックス様はそのような、いい加減な仕事をなさる方なんですね」
「何?」
アレックスは泣くリリアナに驚きながらも、貶された不快感から眉間に皺を寄せた。
「当事者がここにもいるのに、話を聞く前に私のせいだと結果を出してしまわれるのですね」
「・・・・・・」
アレックスはリリアナの言葉に、軽く目を見開いた。
「ここに私の話を聞いてくれる方はいないようなので、これで失礼します」
リリアナは落ちた洗濯物を回収し、籠を持ち上げた。歩きだそうとした瞬間、アレックスに腕を掴まれた。
「待て、どこに行く」
「・・・・・・洗濯をした後、ライナズ様に今回のことを話に行きます。・・・・・・ですので、腕を離してください」
毅然としたリリアナの態度に、アレックスは何も言うことはできなかった。力が抜けるように離すと、リリアナは振り返りもせずにその場を離れた。
リリアナが洗濯場に到着すると、その場で作業をしていたメイドたちがぎょっとした顔で驚いた。リリアナの目元は赤く腫れており、泣いたことがひと目で分かったからだ。
「どうしたの!?何かあった?」
「えっと・・・・・・」
リリアナは流石にアレックスのことは言えず、2人の騎士に襲われそうになったことを話した。すると、洗濯物は私たちでしておくから早くライナズ様の元に行ってきなさいと、心配そうな顔のみんなに送り出されることになった。
精神的に疲れ果てていたリリアナは、同僚たちの優しさに甘えることにした。
リリアナはライナズの執務室に急ぎ、緊張した面持ちでドアをノックした。『どうぞ』という声を聞き、中に足を踏み入れる。
「どうしたんだ?」
ライナズも顔を見て、リリアナが泣いたことにすぐに気づいた。リリアナは再び涙を零しながら、2人の騎士と、話を聞いてくれなかったアレックスのことを話した。
「アレックスがねぇ・・・・・・。甥だからと、甘やかしすぎたか」
どうやらライナズとアレックスは、叔父と甥の関係にあるらしい。リリアナは密かに驚くが、今回のこととは関係がないので深く聞くことはしなかった。
リリアナはアレックスの対応に傷ついていたが、ミュゼットたちのことを思えば、完全に腹を立てることもできずにいた。ライナズには全てを知った上で判断をしてもらいたかったので、これから話すことは罪に問わないでほしいとお願いをし、ミュゼットが行ったことやメイベルの失敗について話した。
「なるほどね。アレックスの気持ちは分かった。だが、上に立つ以上、私情を挟んで物事を見てはいけないと思う」
「・・・・・・はい」
ライナズの言い分は当然のことであり、リリアナにとっても納得できることだった。
「君を襲った騎士団員についてはきちんと処分を下す。アレックスについては、処分よりも話し合いが必要だな」
「よろしくお願いします」
リリアナは自分が望む結果が出たことに、ほっと安心のため息を漏らした。
「それでも、怖い目に合わせてしまって申し訳なかった。団長として謝罪させて頂く」
ライナズは立ち上がると、深く頭を下げた。リリアナは突然のことに驚きながら、謝罪は必要ないと伝えた。
「私はライナズ様が団長でよかったと思ってます。困ったことがあれば、こうして話を聞いてくださいますし。悪いのはあの騎士たちでライナズ様ではないのですから、謝罪などしないでください」
「ああ。ありがとう。何かあればいつでも来てくれ」
ライナズが微笑むと、リリアナも安心したように笑顔を返した。
「あの人、不能かもしれないわ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
リリアナたちは突然の話に、全くついていくことができなかった。頭の中で、ふのうってなんだ?と思い浮かべていた。
「もしくは、女性じゃなくて男性がお好きなのかもしれない」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
リリアナたちは誰のことを言っているのか分かって、静かに顔を青褪めさせた。相手は公爵家の嫡男だ。裏でそんなことを言っていることがバレれば、お叱りだけではすまないだろう。リリアナたちは首をスパッとされる未来を想像し、恐怖した。とりあえずミュゼットの腕を掴み、廊下の隅っこに固まった。
「なんでそんなこと思ったんですか!?」
リリアナは小声でミュゼットに詰め寄った。
流石にミュゼットも大声で話してはいけないと思ったのか、同じように小声で返した。
「転んだように倒れてくっついたり、紅茶をお出しするときに手に触れたりしたのに、鬱陶しそうに振り払われるだけでしたの」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「わたくしに触れたいと思わないなんて、おかしいでしょう?」
リリアナたちは『なんてことを!?』と思ったが、口には出さなかった。ミュゼットが自分が悪いとは少しも思っていなかったからである。
「いくら公爵家と言えど、わたくしを蔑ろにする相手には嫁ぎたくはありません。ですからメイベル。今日からあなたがお世話をしてください」
「え!?」
突然指名されたメイベルは、青い顔色を白くさせた。今にも倒れそうな様子に、リリアナは可哀想に思った。
「待ってください。身の回りのお世話をするだけなら、別に私でもいいのでは?」
リリアナの庇う言葉に、ミュゼットはため息を吐いた。
「メイベルは度胸もなさそうですし。突然夜の相手をするより、少しずつお話しができるようになった方がよろしいと思いますわ」
「・・・・・・」
なんでここで正論を言うんだと、リリアナは苦々しい気持ちになった。メイベルはぎゅっと手を握り締め、震えながら頷いた。
「わ、私、・・・・・・頑張ります」
「ええ。よろしくお願いしますね」
「・・・・・・」
ミュゼットは満足そうに微笑むが、リリアナは心配でしかたがなかった。でも、自分で頑張ると言った以上、止めることもできなかった。ふらふらの足取りで去っていくメイベルを、見えなくなるまで見つめていた。
その日の夜、仕事を終えたリリアナは、夕食を食べて部屋に戻った。お湯を浴びる準備をしていると、バンッと大きな音を立ててドアが開いた。そこに立っていたのは、メイベルだった。
「どうしたの?メイベル」
ベッドに寝転んでいたルイは体を起こし、様子がおかしいメイベルに声をかけた。すると、俯いていたメイベルは、ぐす、ぐすと鼻を啜った。
「わ、私、処刑されるかもしれないっ!」
「え!?」
処刑とは穏やかではない言葉である。
リリアナたちは体を震わせて泣くメイベルを、部屋の中に入れて座らせた。
「何があったの?」
「い、いっぱい、うっ、・・・・・・失敗しちゃって」
メイベルは手で顔を覆い、わっと大きな声を上げて泣き出した。嗚咽混じりの話を繋ぎ合わせると、どうやら紅茶が入ったカップをひっくり返してアレックスの服を汚したり、転けて書類にインクをぶち撒けてしまったりしたそうだ。ルイはとにかく落ち着かせようと、メイベルの背中を擦って慰めた。一方、リリアナは想像していた通り最悪の事態が起こってしまったと頭を抱えた。ミュゼットに引き続き、メイベルもアレックスを怒らせてしまったのだ。明日、執務室に行くのが恐ろしかった。
しかし、いくら恐ろしくても、仕事を放棄するわけにはいかなかった。現状、アレックスの怒りをどうにかする方法もない。リリアナは明日のことは明日考えることにして、脱水症状を起こしそうなほど泣くメイベルを、ルイと一緒に慰めることにした。
次の日、リリアナはメイベルに変わり、アレックスの執務室を訪れた。仕事に行くというよりも処刑台に向かうような気持ちで、ドアをノックする手は震えていた。ティーセットが乗ったお盆を片手で持ち、コンコンと2回ドアを叩く。中から「入れ」という低い声が聞こえた。
「失礼いたします。メイドのリリアナ・ダウイットです。紅茶をお持ちしました」
ドアを開け、すぐに頭を下げた。
「待て」
一歩目を踏み出そうとしたところで、すぐに待ったがかかった。リリアナは恐る恐る視線を上げてアレックスの表情を伺った。その瞬間、見なければ良かったと、ここからダッシュで逃げ出したくなった。アレックスは今人を殺してきたところです。と言われてもおかしくないほど、険しい表情をしていた。
「そこのテーブルに置いておけ」
「かしこまりました」
リリアナは自分の命を守るため、アレックスの機嫌をこれ以上損ねないようにしようと心に誓った。素早く動き、ティーセットを執務机の前にあるローテーブルの上に用意した。その時、騎士の制服を着た男性が部屋の中に入ってきた。
「おや、新しいメイドの子かな?」
軽薄そうな雰囲気を滲ませた男性は、ふにゃっと目元を緩ませた。リリアナはその男性の顔を見て、たくさんの女性を泣かせていそうだなと思った。
「はい。リリアナ・ダウイットです」
「僕はアレックスの補佐を務めるジェイデン・ホークスだよ。よろしくね」
「よろしくお願いします」
リリアナはきちんと立ち、深く頭を下げた。
「もう一つカップをお持ちしましょうか?」
「いや、いいよ。書類を持ってきただけだから」
「かしこまりました」
ジェイデンはにこやかな笑顔で話した。だが、リリアナは自分を見つめるジェイデンの目を見て、ただの優しい人ではないだろうと感じていた。目の奥が笑っていないのだ。
「他に御用はございますでしょうか?」
「ない」
アレックスが書類を見たまま、きっぱりと答えた。
「では、御用の際は、お呼びください。失礼いたします」
リリアナは部屋の外に出ると、大きく息を吐いた。もう今のやり取りだけで、HPが50ぐらい減ったような気がした。ポーションのような便利なアイテムがあるわけではないので、疲労感満載の体で仕事をこなしていかないといけない。
リリアナはもう一度大きく息を吐くと、アレックスの洗濯物を回収するために騎士団の寮に向かった。
洗濯物がある場合、ドアの外に籠に入れて出しておくのがこの騎士団での決まりらしい。部屋の中の掃除は、ホテルのドアノブに掛けるような札が用意されているので、『部屋の掃除必要』『部屋の掃除不要』のどちらかを表にしてドアノブに掛けておけばOKだ。
リリアナがアレックスの部屋に向かうと、『部屋の掃除不要』の札が掛かっていた。想定通りだなと思いながら、ドアの外に放置されていた洗濯籠を回収する。シーツや服がぎゅっと詰め込まれているので、それなりに重い。
「ふぅ」
途中で籠を置きながら洗濯場に向かっていると、2人の若い騎士が近寄ってきた。制服を見るところによると、第一騎士団に所属しているようだ。
「俺たちが手伝いましょうか?」
「・・・・・・」
言葉だけ聞けばありがたい申し出なのだが、2人はニヤニヤと笑っておりあまり良い表情とは言えなかった。視線も、リリアナの大きな胸の上をチラチラと動いている。いくら規律を厳しくしようとも、守らない人というのはどこの世界にもいるらしい。
昼間の騎士団の寮の近くは、人の気配がほぼなかった。身の危険を感じたリリアナは籠を持ち、平静を装いながらその場を離れようとした。
「ありがとうございます。でも、1人で大丈夫なので」
「まぁまぁ、そんな遠慮せずに」
ツンツンヘアーの男はスカートのスリットから片手を入れ、リリアナの尻を抱き締めるように手を添えた。茶髪の男はリリアナの肩を抱くと、布の隙間から片手を入れ下着の上から胸を揉んだ。2人はリリアナの体の感触を楽しみながら、物陰に引きずり込むために辺りを見回した。
この世界で生きる以上、騎士の人たちとエッチをすることについては覚悟を決めていた。だがそれは、こんな卑劣な男たちに触れられても良いということではない。リリアナは恐怖と嫌悪感から、ブルブルと体を震わせた。
「いやっ!」
「そんなに嫌がらなくても」
「そうそう。僕たちとっても優しいよ」
リリアナは身を捩るが、体を鍛えている騎士から逃げることはできなかった。
2人の男はリリアナの抵抗を弱めるため、下着の中に手を入れた。ツンツンヘアーの男は陰部のふにふにとした感触を楽しみ、茶髪の男は隠れていた乳首を爪で擦りぷっくりと膨れてくる様子を楽しんだ。リリアナが悲鳴をあげようとしたそのとき、別の低い声が響いた。
「何をしている」
リリアナが涙目で顔を上げると、眉間に皺を寄せたアレックスが立っていた。
「ふ、副団長!えっと、これは」
2人の騎士はリリアナから離れると、慌てながら弁明した。
「このメイドが相手をしてほしいと誘ってきたんです」
「そうです、そうです」
とんでもない嘘を平然と吐く騎士たちに、リリアナは唖然とした。
「そうなのか?」
アレックスは侮蔑が籠もった視線をリリアナに向けた。
リリアナは騎士たちの言い分をすぐに信じたアレックスにショックを受けた。いくらミュゼットたちの行いに腹を立てていたとしても、リリアナ自身は何もしていないのだ。最低でも話を聞くぐらいのことは、してくれると思っていた。だが、その信頼を裏切られてしまい、リリアナの胸に深い悲しみが襲った。
リリアナは涙を零しながら、アレックスを睨みつけた。
「アレックス様はそのような、いい加減な仕事をなさる方なんですね」
「何?」
アレックスは泣くリリアナに驚きながらも、貶された不快感から眉間に皺を寄せた。
「当事者がここにもいるのに、話を聞く前に私のせいだと結果を出してしまわれるのですね」
「・・・・・・」
アレックスはリリアナの言葉に、軽く目を見開いた。
「ここに私の話を聞いてくれる方はいないようなので、これで失礼します」
リリアナは落ちた洗濯物を回収し、籠を持ち上げた。歩きだそうとした瞬間、アレックスに腕を掴まれた。
「待て、どこに行く」
「・・・・・・洗濯をした後、ライナズ様に今回のことを話に行きます。・・・・・・ですので、腕を離してください」
毅然としたリリアナの態度に、アレックスは何も言うことはできなかった。力が抜けるように離すと、リリアナは振り返りもせずにその場を離れた。
リリアナが洗濯場に到着すると、その場で作業をしていたメイドたちがぎょっとした顔で驚いた。リリアナの目元は赤く腫れており、泣いたことがひと目で分かったからだ。
「どうしたの!?何かあった?」
「えっと・・・・・・」
リリアナは流石にアレックスのことは言えず、2人の騎士に襲われそうになったことを話した。すると、洗濯物は私たちでしておくから早くライナズ様の元に行ってきなさいと、心配そうな顔のみんなに送り出されることになった。
精神的に疲れ果てていたリリアナは、同僚たちの優しさに甘えることにした。
リリアナはライナズの執務室に急ぎ、緊張した面持ちでドアをノックした。『どうぞ』という声を聞き、中に足を踏み入れる。
「どうしたんだ?」
ライナズも顔を見て、リリアナが泣いたことにすぐに気づいた。リリアナは再び涙を零しながら、2人の騎士と、話を聞いてくれなかったアレックスのことを話した。
「アレックスがねぇ・・・・・・。甥だからと、甘やかしすぎたか」
どうやらライナズとアレックスは、叔父と甥の関係にあるらしい。リリアナは密かに驚くが、今回のこととは関係がないので深く聞くことはしなかった。
リリアナはアレックスの対応に傷ついていたが、ミュゼットたちのことを思えば、完全に腹を立てることもできずにいた。ライナズには全てを知った上で判断をしてもらいたかったので、これから話すことは罪に問わないでほしいとお願いをし、ミュゼットが行ったことやメイベルの失敗について話した。
「なるほどね。アレックスの気持ちは分かった。だが、上に立つ以上、私情を挟んで物事を見てはいけないと思う」
「・・・・・・はい」
ライナズの言い分は当然のことであり、リリアナにとっても納得できることだった。
「君を襲った騎士団員についてはきちんと処分を下す。アレックスについては、処分よりも話し合いが必要だな」
「よろしくお願いします」
リリアナは自分が望む結果が出たことに、ほっと安心のため息を漏らした。
「それでも、怖い目に合わせてしまって申し訳なかった。団長として謝罪させて頂く」
ライナズは立ち上がると、深く頭を下げた。リリアナは突然のことに驚きながら、謝罪は必要ないと伝えた。
「私はライナズ様が団長でよかったと思ってます。困ったことがあれば、こうして話を聞いてくださいますし。悪いのはあの騎士たちでライナズ様ではないのですから、謝罪などしないでください」
「ああ。ありがとう。何かあればいつでも来てくれ」
ライナズが微笑むと、リリアナも安心したように笑顔を返した。
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