ココロノオト オトノカタチ

柚杏

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二章

 町に二日滞在し、必要な物資を補充するとまた旅が始まった。

 この先には長い山道が控えている。獣が獲物を探して彷徨くその山は旅人や商人などが使う安全な道も整備されているが、その道を使うと次の町まで遠回りになる。

 先を急いでいる訳ではなかったがフィンはこれでも勇者と呼ばれた男。獣などに恐れをなす様な性格ではなかった。

 それに今はライラも一緒だ。魔物もいない。

 安全な道は退屈すぎる、山中には珍しい生き物や植物だって見る事が出来る。

 そう言って道とはお世辞にも言えない道を行くことをフィンは選んだ。

 ライラはフィンと一緒ならば獣道でも何でも良かった。自分に襲いかかってくるような獣などいないと分かっていたからだ。

 人の背ほどある草むらを抜け、陽の光の届かない深い木々の合間を抜けていく。途中で何度も足を止めては、あれは見た目は綺麗だが食べれば瞬時に死んでしまう毒キノコだ、とか、あの小さな虫は木に穴を開けて根を腐らせる事が出来る、等と目を輝かせてライラに説明するフィン。

 全てを魔王討伐の旅の途中で知ったのだと楽しそうに話すフィンをライラは微笑ましく見つめた。

 自分を倒すための旅で培った知識を何の躊躇いもなく魔王であるライラに話すということは、フィンの中でライラの存在が『魔王』ではなくなっているという意味に取れた。

 この男はつい最近まで剣を交えて死ぬか生きるかの闘いをしてきたというのに、本当に不思議な男だ。

 下手をしたら魔王であるライラに殺されていたかもしれないのに。

 魔王に一目で恋に落ち、それでも剣を抜いたフィンの覚悟はライラには計り知れない。

 どのような気持ちで剣を向けていたのだろうか。少なくとも本気で倒す気ではあったはずだ。惚れたからといって憎き魔王に手を抜いて掛かるような、そんな性格の男ではない。

 あの時に彼の剣に切り裂かれて死んでいれば良かったのかもしれない。

 自分に惚れた相手に殺されるのも悪くない。もしもこの先、フィンに不利益な事があれば喜んでこの身を投げ出そう。

 もしもその時が来たら、出来るだけ彼が哀しまぬように。

 この世の全ての悪を背負い、彼に憎まれたまま死にたい。

 それが魔王である自分の出来る事だから。

「ライラ、楽しいか?」

 甘酸っぱい木の実を採り頬張りながらフィンは不安気に訊ねた。

「ああ、もちろん」

「そっか! 良かった! 魔王ならもしかしたら何でも知ってるんじゃないかって思ってたからさ」

 嬉しそうに木の実を齧るフィンの頬は薄く紅に染まっていた。

 本当に、彼は素直な男だとライラは思う。

 ライラの言葉一つで一喜一憂する姿は可愛らしく、一時の気の迷いで好かれているのではないと安心させられる。

「私の目は魔物達の目と繋がっておる。城から出ずとも外がどのような物かは何時でも見る事が出来るのだ」

「えっ!? じゃあ、見た事のない物なんてないのか?」

「それは違う」

 フィンの口元についた木の実の汁をライラは自らの袖口で拭った。渋色の汁が袖口にシミを残す。

「魔物達の行動を操作する事は私には出来ぬ。命令は出来ても体まで乗っ取る事は出来ぬ。だから目を通して見た物が私の見たい物とは限らぬのだ」

 暇を持て余し、たまに外を覗き見ても興味を持つような物はなかった。魔物達の目に映る景色はいつも淀み、たとえ美しい物を見ていたとしてもそうとは気が付かなかっただろう。

 彼等は産まれ堕ちた瞬間から穢れた世界しか知らないのだ。

「それに見えてもそれがどの様な匂いをするかも、どんな手触りなのかも分からぬのだ。ただ見えるだけの外に何の思いも抱かなくて当然だろう?」

 実際に五感全てを通してみることで始めてそれがどれだけ魅力的なものかが分かる。

 フィンがそれを教えてくれた。この世界は淀み穢れたものばかりではないのだと。

「フィン……お主と共に旅が出来て私はとても楽しんでいる。だから案ずるな。もっと色々なものを私に見せてくれ」

 フィンの見ている世界をもっと見たい。もっと知りたい。

 穢れたものばかりではないことを理解出来れば、この身から産まれ落ちた淀みしか知らない魔物達を解放してやれるかもしれない。

 今は森の中で穏やかに過ごす魔物達。ライラの家族。何処にいても切り離せない己の一部。

「もちろん!」

 勇者と出会い旅をする事に意味があるのだとしたら、魔族は変われるのかもしれない。

 永く変化のなかった魔王とその配下達の存在意義が、良い方向へ変われば。

 希望など強く抱いた事のないライラの中に燻り始めた小さな望み。
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