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二章
その日は予定より奥深くまで山の中へ入ってしまった。
日も傾き始め、足下も見づらくなってきたので早めに休む事にした。
獣避けに火を絶やさぬ為にライラが火の番をする。フィンがマントを布団代わりに丸くなって眠る横でライラは火が揺れるのを眺めていた。
山の夜は夏でもひんやりと冷える。フィンは丈夫そうだが万が一、風邪でもひいたらと心配になる。人間とは思いもよらぬ事がきっかけで簡単に死んでしまう生き物だ。たとえ、勇者であろうともそれは同じ。
それにどうやらこの山には獣以外にも住み着いている者がいるようだ。寝込みを襲うつもりでいるのか、先程から近くでじっとこちらの様子を窺っている何かがいる。
生憎、ライラは眠る必要のない身体だ。何者かは分からないがさっさと諦めていなくなれば見逃すつもりでいる。だがもしフィンの眠りを邪魔するようならば容赦はしない。
常に周りの気配に注意しながら眠っていたフィンの眠りは浅く、短い。そんなに気を張っていたら休まる時などないだろう。だからせめて自分と一緒の時はゆっくりと眠っていてほしい。
木々の葉が風もないのにざわめいた。
どうやら向こうはこのまま大人しくしているつもりはないようだ。
気配に意識を集中させ出方を待つ。
魔物のいないこの世界で獣以外に襲撃しようとする者など、大抵は賊かそれに近い者。しかしこの気配はどうも人間の臭いがしない。どんなに残虐な山賊でも人間には人間の独特の臭いがする。それが今はフィン以外しない。
だとすれば考えられるのは、魔物でも人間でもない、どの部類にも属さず自らの文化のみを信条とする者。
「――エルフか」
「ご名答」
声がしたかと思うと焚き火が風もないのにふっと消え、辺りはたちまち真っ暗闇になった。
フィンが目を覚ましてしまわない様に物音も気配も瞬時に消して、声の主が何処にいるか五感を研ぎ澄ます。
フィンが眠る際には深く眠れるように暗示をかけているが、強い暗示ではない。フィン程の腕と感覚があれば知らない気配ですぐに目覚めてしまう弱い暗示だ。強くかけることも出来るがそうするとフィンに暗示がバレてしまい機嫌を損なうと思い、弱めにかけている。
エルフが傍に来たとなるとその暗示もすぐに解けてしまうだろう。
「ここは我等の領域。なにゆえ不浄の者がいる?」
声の主は姿を現さない。場所を特定しようにも相手の領域ではライラの力も上手く発揮出来ない。エルフは特に厄介だ。エルフの中には魔力を無効に出来る力を備えている者もいる。もし相手がそうならば圧倒的に不利になる。
「一晩休めば直ぐに去る。お主等の領域とは気付かなかった」
そう言っても相手は信じてはくれないだろう。エルフは魔族を毛嫌いしている。エルフが光ならば魔物は闇。相反する存在が理解し合える筈もない。
「気付かないとは……おかしな話。魔王ともあろう者が」
確かにその通りだと返す言葉もない。何故、エルフの領域に気付かなかったのか。周囲の様子には気を張っていたというのに。
それにこのエルフはライラを魔王と呼んだ。魔王の姿を見た者は極少数で、ましてやエルフがその姿を知るわけがない。
「……フィン!」
気付くのが遅すぎた。
エルフ相手だと感覚が鈍るせいで眠っているフィンが目をまだ覚まさない事にもっと早くに気付くべきだった。
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