ココロノオト オトノカタチ

柚杏

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二章

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 既に相手の手中に取り込まれ、横で寝ている筈のフィンの足に絡みついた蛇の様にうねる半透明の生き物が二人の周りを囲っていた。

 エルフの忠実なる下僕であるその触手は相手に絡みついて体力を吸い取り、記憶を読み取る。知らぬ間にフィンの足に絡みついたそれは既にフィンから記憶を読み、主であるエルフに伝えた後だった。

「この子達は今、空腹でね。ちょうど獲物を探していたのだよ。なに、命までは取りはしない。少し分けてもらうだけだから、大人しくしておれ」

 にゅるにゅると蠢く触手がいくつも伸びてきてフィンの両手両足に絡みついた。阻止しようと動こうとするとライラの両手首を触手が絡みついた。

「今日の食事は豪華になりそうだ」

 触手の間を縫って現れたエルフは長く美しい金の髪とこの世の者とは思えない端正な顔立ちをしていた。男か女か、見た目だけでは判断の出来ない涼やかな表情で触手達がフィンの身体に絡みつくのを見ていた。

「フィン! 起きろ!!」

 恐らく触手の体液には睡眠作用のあるのだろう。これだけ好きにされて目が覚めない訳が無い。

 フィンを助けたいのにライラも触手に絡まれ身動きが取れず、体液が眠りを誘う。

 否、これはただの睡眠作用ではない。

「さあ、見せておくれ。勇者と魔王。お前達の欲望を――」

 誘惑されていく。甘美な夢の中に。

 このような形でフィンに手を出したくはないのに、触手から出される液体は催淫効果をもたらす。

 彼を犯してしまいたい。欲望のまま、何も考えずに。

 魔王なのだから好き勝手に振舞っても誰も咎めたりしない。

 フィンだってきっと怒りはしない。

「フィン……」

 触手達がフィンをライラの腕の中に寄越し、二人を緩く縛る。二人の身体中を這い回る触手が服の中に侵入してくるのを抵抗もせずに目の前のフィンの頬を撫でた。

「ん……」

 薄らと目を開けたフィンはまだ微睡みの中にいる。それでもライラに気付き笑みを見せる。

「フィン……フィン……」

 二人だけの快楽の海に沈んでしまいたい。

 何も考えず、旅もやめて、何処か誰も知らない場所で二人きりで永遠に睦みあって生きていきたい。

「ライラ……熱い……」

 煽る様にトロンとした瞳で甘い声を出すフィンの唇を舐め、舌で咥内を味わう。

 応えるようにフィンの舌がライラの舌に絡まり、夢中で貪りあった。

 何度か舌を絡ませる口付けをしてはいたが、こんなに深く激しい口付けは初めてだった。これまで理性の糸が切れない程度にしかしてこなかった口付けは、簡単に糸を切って飲み込まれていく。

 もっと近くに、そう思い腕をフィンの腰に回そうとすると急に触手が二人の間に距離を作った。思わず、ギリと奥歯を噛む。

 触手達は先程までライラが貪っていたフィンの口の中にその先端を無理やり押し込みグリグリと咥内をかき混ぜる。苦しそうな声をあげ、唇の端から唾液なのか触手の体液なのか分からない透明の汁を滴らせる。

 身体中を這い回る触手はフィンの衣服を無造作に剥ぎ取り、鍛えられて引き締まった肉体があらわになる。

 まだライラも触れていない靱やかな肉体に巻き付く触手。催淫効果で段々とうっとりした表情になっていくフィン。

 自分の身体にも巻き付いている触手を何とかして引きちぎろうとするが、上手く力が入らず触手によって淫らに変えられていくフィンをただ見ているしかなかった。

 己の身体にも触手の催淫効果が効いているせいで、フィンの艶かしい姿に興奮を覚えながらも、その身体を好き勝手に弄る触手に激しく嫉妬した。

「ライラ……ライラ、もっと触って……」

「……フィン」

 触手の体液で全身をぬるぬるとさせ、快楽に溺れるフィンにはその相手がライラだと思い込んでいる様だった。

 フィンがもっと深い触れ合いを求めているのは気が付いていた。けれど人間であるフィンと魔王である自分が交わる事に抵抗があった。

 自分はどうなっても構わない。しかしフィンに何らかの悪い影響があったら取り返しがつかない。魔物達の中にも人間と性交をした者はいたが多くは人間の方が耐えられずに命を落としてしまう。人間の男の性器とは違い、どんなに優しくしても壊してしまう。

 過去、魔物と人間が恋に落ちた事は一度や二度ではない。見た目や思考の違いを乗り越えて一緒になっても元々作りの違う身体。一回上手くいっても二回、三回と繰り返すうちに人間の身体に負担がかかり最後にはその身体を引き裂いてしまう。

 人の姿になれる魔物は少ない。魔王もその一人だ。人の姿であればフィンを抱いても傷付けたりはしないだろう。それでももしも引き裂いてしまったらと考えると簡単に交わる訳にはいかない。

「……ダメ、だ」

 だから我慢するべきなのだ。フィンがいくら求めていても。

「フィン……私はこっちだ……フィン……」

 けれど触手になど穢されてたまるか。それならばいっそ自らの手で彼を貫きたい。

「ライラ……」

 ライラの声に反応してフィンが視線を移す。

 恍惚の笑みでライラを見つけたフィンが手を伸ばす。その動きに合わせて触手も伸びてくる。

 ライラもフィンに手を伸ばす。手と手が重なり指が絡まるとそこに触手が巻き付きやがて二人を包み込んだ。

「誰にもお主を触らせてたまるか。フィン……全ては私のものだ」

「ライラ……? どうした……? そんな怖い顔をして……」

 夢見心地な瞳でライラを見つめ頬に触れてくるフィンの額に口付けを落とした。

 二人の身体を縦横無尽に這う触手がこの瞬間もフィンの快楽を吸っているのかと思うと苛立ちに任せて殺してやりたくなる。けれどこの触手は主であるエルフの指示に従っているまで。ならば、主が変われば触手が吸い取った快楽も全て新しい主のものになる。

 そう、魔王ならばいとも簡単にそれが出来る。
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