ココロノオト オトノカタチ

柚杏

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二章

「我に従え」

 触手の一本を手で握り命令する。この手の魔物とは違う特殊な生物は寄生先が強い方を選ぶ。形はグネグネとして気持ち悪いが頭のいい生物だ。

 その証拠に命令をしただけで触手の動きが止まり、二人から離れていく。魔王に服従するという触手からの答えだ。

「なーんだ。つまんない。快楽に堕ちてしまえば良かったのに」

 ため息を吐きながらエルフが言う。その声音には微塵の悔しさも感じられない。

「でも――そう、我等エルフ族は如何なる時もお前達を監視している。もしどちらかでも世界のバランスを崩そうものなら、触手などでは済まさぬ。魔王、ゆめゆめ忘れることなかれ――」

 すっと辺りの空気が変わった。エルフ特有の神聖な圧が消えた。触手だけがにょろにょろと蠢いている。

 やはり魔王と勇者の旅はあらゆる所で問題視されているようだ。良い方へ動くか、それとも破滅へ向かうか。

 今回のエルフは本気でどうにかしようとは考えておらず、恐らく様子を見に来て反応を探っただけだろう。いささか、やり方が極端すぎるが。

「ライラ……?」

 先程よりも幾分か意識をはっきりさせたフィンがライラの顔を覗き込む。互いの身体中に体液が塗りたくられ少しでも動けば滑って倒れてしまいそうだ。風呂にでも入って流したいがそんなものはここにはない。どうしようかと考えを巡らせていると頬をフィンの舌が舐めた。

 驚いてフィンを見ると今度は顎から耳のラインを下から上へと舐めていく。

「フィン……何をして……」

「ん……何かぬるぬるが光って綺麗だから」

 焚き火の消えた暗闇には月の灯りだけがお互いを照らしている。触手が全身に塗った体液が月灯りで照って不思議な光景だった。

 まだ催淫効果が抜けきれていないのかとフィンの身体を離そうとすると、それを拒み首に腕を回してくる。その反動で後ろに倒れそうになり、慌てて触手達を使いクッション代わりにした。

 ライラがフィンに組み敷かれるという体勢になり、下から見上げたフィンの美しい身体にライラの目は釘付けになった。

 触手達がライラの気持ちに反応してにゅるにゅると近付き周りを囲んでいく。半透明の触手の檻に月灯りがぼんやりと滲む。

「ライラの身体、美味しい」

 味なんてあるわけがない。あるとしたら触手の体液の味だ。それでも夢中になってライラの顔中を舐めるフィンを拒むことも出来ずにその舌の熱さに目を閉じた。

 今のフィンはいつものフィンとは違う。催淫効果がまだ抜け切っていないせいで欲に抗えないだけだ。そんな彼に手を出せば必ず後悔する。ずっと手を出すのを我慢していたのだ。それをこんな形で成し遂げたくはない。

「ライラ……オレが嫌か? 触られたくないか?」

「フィン?」

 急に真面目な声になったフィンに閉じていた目を開けた。目の前で、哀しそうに俯くフィン。

「いつも触れ合おうとするとライラに眠らされているの、オレ知ってるよ。これでも勇者って言われてたんだ、毎回暗示で眠らされたら耐性もつく。オレが勇者なのはそういう……オレの体質みたいなものが備わっているからだ」

「……いつから気付いて……?」

「一緒に旅に出て三日目には確信してた」

 つまりたった三日で暗示に気付き、敢えてかかったフリをしていたということか。

 好きあっているのに触れ合いを拒まれて、フィンの心情を思うと胸が苦しくなる。

「まだ最後までするのは早いと考えてるのかもしれないと思ってた。だから知らないフリをしてた。だけど……こんな状態でもライラは何もしない……」

 もしかしたら途中からフィンにかかった催淫効果はきれていたのかもしれない。耐性がすぐにつく体質ならば触手の催淫効果などすぐに耐性が出来るだろう。

 それをまだかかっているフリをしてライラを誘惑した。なんていじらしいのか。

「……怖いんだ、フィン……」

「怖い……?」

「魔族と人間が交じりあって人間の身体がもたずに死んでしまう事は多い。もしフィンとそうなって壊してしまったら……私は一生悔やむだろう」

 フィンがこの先、人間の天寿を全うしてもライラは生き続ける。生命の長さが違うのならば、出来るだけ長い時間を共に過ごしたい。たとえ一生、触れ合えなくても。

 フィンの生きている世界が、ライラの全てだから。

「そんな心配しなくてもいいんだ、ライラ。オレはそんなに弱くはない。簡単に壊れたり死んだりしない」

 森の中の小屋で魔物にやられて死にかけていたくせに、と言いたくなったがやめた。あれはライラと剣を交えて体力を使い果たした後だから簡単にやられたのだ。あの時と今では状況が違う。

「だから……」

 ライラの手を取って、その手を自らの胸に当てる。

 ドクドクと心臓が早鐘を打つのが手のひらから伝わってくる。心地の良い、暖かい振動。

「触ってほしいんだ。オレの身体の隅々まで、全て余すことなく」

 そこまで言われて拒むことなど出来ない。フィンに恥をかかせたくもない。

 だけど、少し怖いのだ。自らの欲で彼が傷付いてしまわないかと。

 他人のことなど全く興味のなかった魔王である自分が、彼のこととなるとこんなにも臆病になる。

 誰かを好きになるとは、なんて愚かなのだろう。今までの考え方が簡単に覆ってしまう。愚かで、愛おしい。自分にはない心臓が鼓動を打った気がした。
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