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9:図書室とハリス伯爵
しおりを挟む肌寒く薄暗い時間から始める朝会の会議室の外で、王様や王太子を待つ従者たちは静かに立ち、今日も平和でありますようにと願っていた
その時、緊張した面持ちで陛下と会議室に入室して行ったダリルが、普段よりも早く会議室から1人で出てきて、マルコは驚き声をかける
「王太子様、朝会はもう終わりですか?」
ダリルは何も話さず難しそうな顔をしつつ目は真っ直ぐ廊下の向こうを見て歩いていく
マルコとジャンは慌ててダリルの後ろを追いかける
「先ほどハリス伯爵とカート伯爵が順番に退出されておりましたが、もしや何かありましたか?」
マルコは何も話さないダリルに続けて話しかける
昼会で途中退出する者はよく見かけるが今日はダリルが出て来るなんてきっと余程のことだろうと考えたからだ
ずんずんと大股で進むダリルを廊下ですれ違う侍女や従者は慌てて廊下の端に移動して頭を下げてダリル達が通り過ぎるのを待つ
人が裁けたその時、ダリルはピタリと足を止め
一度だけ短く息を吸い、腹を決めたように2人へ向き直る。
そして低く小さな声で話し始めた
「マルコ、ジャン・・・図書室にある歴代の先王様の戦争戦利品が何者かによって盗まれた」
「な、なんですって!?ぶっ」
大きな声で驚いたマルコの口をジャンの大きな手がバチンと塞いだ
「ジャン、よくやった」
ダリルに褒められ少し嬉しそうな表情のジャンといまだ口を塞がれているマルコがジタバタと身体をよじった
「ジャン、そろそろ離してやれ。マルコ、黙って聞くんだ」
鋭い眼光といまだに低い声色で話すダリルの王太子としての威圧に2人は自然と背筋が伸びた
こういう時の王太子様はまさに王の威厳がある
長く王太子付きの側近・護衛として共にしてきたのだ、その空気感がどれだけのものか言葉にしなくても2人には伝わった。
これは王様から王太子としての資質を見定められている試練を与えられていると—
落ち着きを取り戻したマルコとジャンは姿勢を正し、ダリルの言葉を待つ
「今回私は王様から、盗まれた古文書の捜索と犯人探しを任された」
ダリルは厳しい目力で今回の件を話した
だがその目の奥には、王様の期待を上回る仕事がしたいという力強い光が見えた
「とりあえず、まずはこのまま図書室へ向かう。ハリス伯爵と共に第一発見者の話を聞き、図書室内に盗まれた本がないかの捜索を始める」
「「はい」」
淡々とこれからの行動を決めていき、マルコとジャンへの指示も的確にこなしていく。
「よいな。これはただの盗難ではない可能性もある。万が一を考え私たちはできる限りかたまって行動する。」
「「承知いたしました」」
そこまで決めて、3人は再び図書室への道を歩き出した。
図書室の前に着くと普段静かな場所の図書室から人の声やバタバタと忙しなく走り回る音が聞こえてくる
図書室の仕事を担当している者たちがダリルたちの姿を確認すると立ち止まり礼をする。
その姿を見てダリルはスッと肩辺りまで手を上げる。
「私たちの事は気にせず仕事に戻ってくれ」
その言葉を聞き、止まって礼をしていた者たちはまた作業に戻っていった
マルコとジャンを入り口で待たせ、図書室内に入る。
古い紙と新しい紙。インクの匂いが鼻腔をくすぐった。
ダリルの大好きな匂いの1つだ。
「王太子殿下!」
図書室特有の匂いを堪能していると後ろから声をかけられる
「ハリス伯爵。」
「殿下、先程はありがとうございました!」
先程の青い顔から打って変わって、大きく見開いた薄緑の瞳でダリルに近づき、少し興奮気味にハリス自身の両手を胸の前で握る
「礼を言われる事をした覚えは・・・」
ダリルはハリスの圧に押され、一歩後ろへ下がる
「いいえ!殿下があのように仰ってくださらなければ、私のような大した位のない貴族は他の貴族方の意見の前では黙るしかございません。」
そう言ってハリスは握った自分の手をさらに固く握る
「他の貴族方にとって、もう読めぬ古本だと思っておられるのでしょうが、私はこの役職を賜るよりももっと前から読めぬ古文書にロマンを感じているのです!」
キラキラと瞳を輝かせ語るハリスはあの自信なさげな会議室での姿はない
「古文書にロマン?」
ダリルは、世の中にはいろんな趣味趣向の人間がいるのは知っているが、こんなに身近にもなかなか変わった物に魅力を感じる人がいるのかと、ハリスを見ながら思った
ハリスはダリルの表情から何を考えているのかわかったかのように、にこりと微笑みダリルに問う
「左様でございます。 殿下はご自身の家系の歴史を辿る際何で辿りますか?」
突然のハリスからの質問にダリルは驚きながらも答える
「・・・家系図や歴史書?」
「そうです。その歴史書は勿論の事、歴代の王様の普段の様子が細かく書かれている王様日誌も全ては皆さんが知る古文書と同じなのです。」
「なるほど、確かにそうだ。」
ダリルが納得したと頭を上下に振るとハリスはさらに嬉しそうに口角が上がる
「そうです殿下。たとえ我々には読めぬ元は他国の書物であっても、その国の歴史や文化。
その国の人々の生活が垣間見えるような素晴らしい宝なのです。その宝の山から読めるところだけでも読み解き、この国にとっても良い事が書かれているのならば、民の為にも反映するべきと思っているのです!」
そう話すハリスに、ダリルはこの宮中にこんなにも面白い人材が居たのかと嬉しくなった。
それと同時に、もっと早くから出会っていたかったとも思った。
ダリル自身も、敵国・他国関係なく民が幸せになれるような制度などの見習うべき点は敬意を持ち、自国でも民の為に法を変えるべきと思っている。
だが実際の貴族たちは、自分の家門の私腹を肥やす事ばかりで法整備等なかなか進まない。
そんな私利私欲まみれの貴族ばかりかと思っていたが、誠実な貴族もいるのだと感じられて、まだまだこの国には未来があると思うと、
嬉しさから胸が熱く高鳴った。
そんな事を考えていると目の前のハリスが少し慌てたように話し出す
「はっ・・・申し訳ありません、また語りすぎてしまいました・・・
古文書のことになるとつい熱くなってしまう癖がありまして・・・」
長いまつ毛を伏せて、しゅんと項垂れる背の高いハリスに思わず吹き出しそうになる。
「いやいや・・・なるほど、確かにハリス伯爵の言う通りだ。 今までそんな風に感じることができず、あの場にいた貴族たちのようにただ読めぬ本だと思っていた自分が恥ずかしい」
情けない。本心からそう思って口から出た言葉にハリスは慌てて否定する
「何を仰います殿下。そう思いつつも本を探す事をお許しくださったのは他でもない殿下です。 それに、今この瞬間に私の考えに賛同してくださり、恥ずかしいとまで仰られた。未来の君主であられるお方だと再認識できました。大変ご立派でございます。」
そう言うハリスの顔は本心を表していた。
「感謝するぞ、ハリス伯爵。 では、今から私も一緒に本を探すとしよう。」
そう言ってダリルとハリスは破壊された本棚へ向かった。
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