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第三話
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映画館の入場ゲートに並びながら、玄夜はぷんぷんと不機嫌だった。
蒼牙の方を見もせずに、
「信っじらんねぇ! 俺がこんなに忠告してやっているのに!」
「うるせぇなぁ。だから言っただろう? 俺は飲まず食わずを強要された155分の映画なんてお断りだって。飲んで食べて楽しんで見て、もたなかったら途中で普通にトイレ行くよ。周りの迷惑にならないように、ちゃんと端の席も予約できたしな」
「お前も見たら絶対面白いから! 絶対トイレ行きたくなくなるから! 周り見てみろよ! みんな飲み物も食べ物も買ってねぇじゃねぇか!」
「いや、お前こそ周り良く見てみろよ。半々くらいだろ。拷問映画勢と、エンジョイ映画勢は」
「拷問言うなっ! せめてガチ勢って言えよ!」
「うるせぇなぁ。人のスタンスに口出すんじゃねぇよ。俺だってお前の鑑賞スタイルに口出してねぇだろ?」
「口は出さねぇけど、ディスってるだろうが! 拷問映画勢とか言いやがって!」
「お前が俺に突っかかってくるからだろ!? 俺からお前に強要してることなんて何もねぇじゃねぇか! 入場特典俺の分もやるから、もう突っかかってくるなよ。な?」
「はぁ!? それまさか和解案のつもりか!? やっぱケンカ売ってんだろ! そこは入場特典欲しがれよ! バカにしてんのか!?」
「……あぁ、もう! お前、もうマジでうぜぇ! 俺をこの作品のファンにしたいなら、これ以上あれこれ面倒なこと言ってくんな! 見てもねぇのに、続編行くのもだるくなるわ!」
「…なっ! ――……もういいっ! しゃべんねぇよ! お前もしゃべりかけてくんなよ!」
「そうしようぜ。もめるくらいなら、確かにしゃべんねぇ方がマシだ」
「……………」
「……………」
呆れ顔でそっぽを向いた蒼牙の横顔を、玄夜はきっと睨みつけた。
(……ちげぇのに。一緒に楽しみにしてもらいてぇだけなのに。そんなにワガママな願いなのか?)
――数日前の光景が脳裏に甦る。
幼馴染の金髪の男が、気が付いたら蒼牙の親友の紅清と付き合っていて、この映画の話題で盛り上がっていたのだ。
金髪の男は光羽と言う。
玄夜と違って線が細く中性的で、彼氏と腕を組んで歩いていても可愛く見えるような男だ。
趣味の合う彼氏のことをことあるごとに自慢してきて、それを思い出して苛立ってしまった。
蒼牙と紅清が一緒に会社をやっているから、どうしても玄夜と光羽も顔を合わせることが多い。
光羽と紅清は付き合い立てでラブラブだが、光羽は蒼牙にもぶりっ子モードでぐいぐいと迫る。
付き合っている、付き合っていないに関わらず。
気に入った相手には、徹底的に可愛く媚びて取り入ろうとするタイプだ。
腹立たしいことに、あのムカつく声まで耳に甦ってきた。
四人で蒼牙の会社の事務所に居合わせた時の話――。
「ボクと紅君は趣味が合うからねー。なんなら、好きなキャラとか、好きなシーンとかかぶったりするし! ねぇー紅君!」
「まぁ、俺も光羽も王道好きだからね。そりゃかぶるでしょ」
「そうだけどぉー、ボクは玄夜と違って妙な意地とかないから、好きな人が好きなものは何でも一緒に楽しめるもん! 蒼牙君の好きなサンデーも好きだし! ――蒼牙君、パンデーしてる?」
「あっは! ちょ、光羽! お前パンデー知ってんのか!?」
「うん! 北海道編も面白かったよねー!」
「え、ちょっと、光羽それ何? なんか、めっちゃエロいこと俺の前で蒼牙と話してるの?」
「違うよ、紅くぅーん! ねぇー、全然エロくないよねー、蒼牙君!」
「あぁ、エロくねぇよ。――あはは! パンデーは不意打ちだったわ。光羽、ウェブリも読んでたんだ!」
「うん! プリチーのやつも好きだよ!」
「あははははは!」
「え!? それ何!? 今度こそエロいやつ!? 俺怒っていいやつ!?」
「いや、全然エロくねぇって。むしろ、ホラーだよ」
「えへへ! 蒼牙君、ボクとの方が話はずむでしょー」
「――紅清、今のは怒っていいやつ」
「よぉーし、光羽。泣かせちゃうぞ?」
「へへへへへ? やだぁー! 二人でボクのことイジメないでよー!」
――あああああああああああああああ、死ねぇぇぇぇ!!
目の前で自分のわからないだろう話を人の彼氏に振って、話題の中心になってこっちを向いてほくそ笑んでいた幼馴染の金髪の憎たらしい顔と声に、玄夜は胸中で怒声を叩きつけた。
(……ああああああ、思い出したらムカムカしてきた! 結局、こうやって俺は光羽のバカに踊らされて、蒼牙に突っかかっちまうんだ! 前作の時は出会ってもいねぇけど、今作は一緒に見て、一緒に続編楽しみにしてぇだけだったのに、クソがぁぁー! ――…はぁ。…ったく、何で俺はこうなっちまうんだろう。光羽みてぇな二重人格ぶりっ子バカヤローなら、映画前に彼氏怒らせたりしねぇのかな)
しねぇだろうな、と思う。
光羽は玄夜と対照的で、えげつないくらい相手によって態度をコロコロと器用に変える。
好かれたい相手には可愛く取り入り、どうでもいい相手には辛辣な毒を吐く。
二重人格みてぇでいけすかねぇ!――と思うと同時に。
その潔いまでの徹底したぶりっ子に、一周回って感心する時もあるし、ほんのたまにだが、羨ましく思ったりもする。
(…俺なんか、悪いと思ってても謝れねぇし、一緒に楽しみたいはずなのに険悪になっちまう。…本当、何でこうなるんだろう。こんなんじゃ、光羽に蒼牙取られちまうかもしれねぇのに。――俺も、光羽みてぇに可愛いタイプだったら、蒼牙にもっと素直な態度になれんのかなぁ)
言ってもしょうがないことが、脳裏をぐるぐると駆け回る。
そして、蒼牙にもちょっかいを出す光羽を思い出しては、本末転倒なことに蒼牙に突っかかってしまうのだ。
きっと。
長い付き合いで玄夜の性格を知り尽くしている光羽が、玄夜をおちょくって自滅させようと蒼牙にべたべたしているのだ――と、わかっている。
そこまで頭ではわかっているのに、まんまと策略にはまって蒼牙ともめてしまう自分が、玄夜は忌々しかった。
(…もめてぇわけじゃねぇんだ。こんなんしてたら、光羽の一人勝ちになっちまう! 断じて、このバカと一生一緒にいる気じゃねぇけど、光羽にとられるのは絶対阻止してぇ! あいつは蒼牙が好きだからとかじゃなくて、俺への嫌がらせで狙ってるだけだろうし!)
ふぅーっと、落ち着かせるために息を吐いた。
この場にいない光羽のおちょくりにのって、これ以上もめるなんて馬鹿げている。
玄夜はちらっと蒼牙に視線を走らせた。
そこにいるだけで男の色香が漂うような涼しげな顔立ちの蒼牙からは、もうすっかり尖った雰囲気が消えていた。
玄夜とケンカした直後であろうと。
ドリンクやポップコーンののったトレイを持っていようと。
当然のように、自分のスマホで二人分の入場QRコードを表示する準備を始めてくれている。
「……………」
きゅっと不機嫌そうに唇を結んだ後。
玄夜は蒼牙が持つトレイの前に手を差し出した。
「…それ貸せ。俺が持ってやるっ」
「ん? あぁ、ありがとな」
蒼牙は玄夜が差し出した手に、素直にトレイを渡した。
入場がすんで入場特典を受け取ると、今度は蒼牙がトレイに手を伸ばした。
「ありがとな。俺のだから寄越せよ。――はい、これ玄夜の分の入場特典。渡しておくぞ」
「あぁ」
トレイを返すと、入場特典を一つ手渡された。
お前の分、結局くんねぇのかよ――と思っていると、
「俺は別にこの映画のファンじゃねぇけど、玄夜と来た思い出に持っておくよ。続編あったらまた誘ってくれ。――つーかさぁ、途中でトイレ行っちまったら、また来ればよくね? もめる必要なくねぇか?」
「…金持ちの発想だな! お前、別に二回見たくねぇだろ!」
「見たいよ」
「は?」
「お前がそんだけ入れ込んでるもんなら、何度だって一緒に見るよ。紅清みてぇにガチファンじゃねぇのは悪ぃけど、恋人への愛なら負けてないと思ってるから。つーか、圧勝だから!」
「…っ!! …バーカ! んなこと真顔で言うなよ!」
顔を真っ赤にした玄夜の指先は、せっかくの入場特典を握りつぶしてしまいそうなほど照れて力が入ってしまった。
スマートに座席にエスコートされて座ると。
二人の席の真ん中に置かれたポップコーンを玄夜はつまんだ。
「…お前はもう来たくねぇと思ってたから、一回入魂の気分だったんだ。…もう一回来てもいいなら、最初からそう言えよ、バカ。…コーヒーとポップコーン半分くれ」
「ははは。いいよ、やるよ。トイレ行くなら言え。ついてってやるから」
「いらねぇよ! ついてくんな! つーか、見ててほしいわ!」
「もう一回来るなら別にいいじゃねぇか」
「……それもそうだな」
「まぁ、普通に腹冷やさないほうがいいらしいぞ。ほら、これかけとけ」
「わかった」
どんだけ準備してんだよ、こいつ。
と思ったが口にはせず、バックから取り出されたブランケットを玄夜は受け取った。
――そして。
周りをちらりと確認してから。
さりげなく二人の間の肘掛けまでブランケットで覆った。
「……ッ!!」
「いいだろ! いちいち驚くなよ!」
ブランケットの下からぎこちなく伸びてきた手が。
蒼牙の手を探し当て。
ぎゅっと。
甘えるように握りしめてきたのだ。
控えめで。
照れているけれど。
自分の物だと主張するように。
指先にまで力を込めて…。
「あぁ、もう、玄夜かわいい。たまらんっ! こんなんしてくれるなら、この映画のガチファンなるわ、俺」
「動機が不純で嫌だ!」
「いいじゃねぇか。不純でも」
「…ま、そうか。お前、金落とすタイプのファンだしな」
「落とすぜー。玄夜が可愛いことしてくれた記念に、物販めっちゃ買って帰るわ」
「ばーか、物販人気過ぎて品薄なんだよ。終わった頃には何もねぇって」
「じゃ、帰りに本屋行こうぜ。これ完結してんだろ? 全巻買って読むよ」
「…スピンオフも買えよ。面白いぞ」
「おう。任せろ。全部すぐ読む」
「ん。そうしろ」
館内の照明が落ちて、鑑賞中のマナー啓発動画が流れると。
蒼牙はブランケットの中から繋いでいる手を出して。
何をする気かと、玄夜が自分の方を見たのを確認してしてから。
その黒い瞳が見つめる先で、玄夜の手の甲に。
――ちゅっと。
触れるような。
捧げるようなキスをした。
(もうバカ! 浮かれすぎなんだよ!)
暗がりの中で真っ赤になった玄夜だったが。
恥ずかしくて衝動的に手を振り払いそうになったのを堪えて。
――応えるように。
ぎゅーっと力を込めて蒼牙の手を握りしめた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※サークル『擬人化色劇団』の作品は、色を擬人化した当サークル専属劇団員が演じている設定です。→詳細はサイトへ
【CAST】
表紙:学生社長役 海堂蒼牙(青)
裏表紙:大学生役 幹影玄夜(黒)
蒼牙の方を見もせずに、
「信っじらんねぇ! 俺がこんなに忠告してやっているのに!」
「うるせぇなぁ。だから言っただろう? 俺は飲まず食わずを強要された155分の映画なんてお断りだって。飲んで食べて楽しんで見て、もたなかったら途中で普通にトイレ行くよ。周りの迷惑にならないように、ちゃんと端の席も予約できたしな」
「お前も見たら絶対面白いから! 絶対トイレ行きたくなくなるから! 周り見てみろよ! みんな飲み物も食べ物も買ってねぇじゃねぇか!」
「いや、お前こそ周り良く見てみろよ。半々くらいだろ。拷問映画勢と、エンジョイ映画勢は」
「拷問言うなっ! せめてガチ勢って言えよ!」
「うるせぇなぁ。人のスタンスに口出すんじゃねぇよ。俺だってお前の鑑賞スタイルに口出してねぇだろ?」
「口は出さねぇけど、ディスってるだろうが! 拷問映画勢とか言いやがって!」
「お前が俺に突っかかってくるからだろ!? 俺からお前に強要してることなんて何もねぇじゃねぇか! 入場特典俺の分もやるから、もう突っかかってくるなよ。な?」
「はぁ!? それまさか和解案のつもりか!? やっぱケンカ売ってんだろ! そこは入場特典欲しがれよ! バカにしてんのか!?」
「……あぁ、もう! お前、もうマジでうぜぇ! 俺をこの作品のファンにしたいなら、これ以上あれこれ面倒なこと言ってくんな! 見てもねぇのに、続編行くのもだるくなるわ!」
「…なっ! ――……もういいっ! しゃべんねぇよ! お前もしゃべりかけてくんなよ!」
「そうしようぜ。もめるくらいなら、確かにしゃべんねぇ方がマシだ」
「……………」
「……………」
呆れ顔でそっぽを向いた蒼牙の横顔を、玄夜はきっと睨みつけた。
(……ちげぇのに。一緒に楽しみにしてもらいてぇだけなのに。そんなにワガママな願いなのか?)
――数日前の光景が脳裏に甦る。
幼馴染の金髪の男が、気が付いたら蒼牙の親友の紅清と付き合っていて、この映画の話題で盛り上がっていたのだ。
金髪の男は光羽と言う。
玄夜と違って線が細く中性的で、彼氏と腕を組んで歩いていても可愛く見えるような男だ。
趣味の合う彼氏のことをことあるごとに自慢してきて、それを思い出して苛立ってしまった。
蒼牙と紅清が一緒に会社をやっているから、どうしても玄夜と光羽も顔を合わせることが多い。
光羽と紅清は付き合い立てでラブラブだが、光羽は蒼牙にもぶりっ子モードでぐいぐいと迫る。
付き合っている、付き合っていないに関わらず。
気に入った相手には、徹底的に可愛く媚びて取り入ろうとするタイプだ。
腹立たしいことに、あのムカつく声まで耳に甦ってきた。
四人で蒼牙の会社の事務所に居合わせた時の話――。
「ボクと紅君は趣味が合うからねー。なんなら、好きなキャラとか、好きなシーンとかかぶったりするし! ねぇー紅君!」
「まぁ、俺も光羽も王道好きだからね。そりゃかぶるでしょ」
「そうだけどぉー、ボクは玄夜と違って妙な意地とかないから、好きな人が好きなものは何でも一緒に楽しめるもん! 蒼牙君の好きなサンデーも好きだし! ――蒼牙君、パンデーしてる?」
「あっは! ちょ、光羽! お前パンデー知ってんのか!?」
「うん! 北海道編も面白かったよねー!」
「え、ちょっと、光羽それ何? なんか、めっちゃエロいこと俺の前で蒼牙と話してるの?」
「違うよ、紅くぅーん! ねぇー、全然エロくないよねー、蒼牙君!」
「あぁ、エロくねぇよ。――あはは! パンデーは不意打ちだったわ。光羽、ウェブリも読んでたんだ!」
「うん! プリチーのやつも好きだよ!」
「あははははは!」
「え!? それ何!? 今度こそエロいやつ!? 俺怒っていいやつ!?」
「いや、全然エロくねぇって。むしろ、ホラーだよ」
「えへへ! 蒼牙君、ボクとの方が話はずむでしょー」
「――紅清、今のは怒っていいやつ」
「よぉーし、光羽。泣かせちゃうぞ?」
「へへへへへ? やだぁー! 二人でボクのことイジメないでよー!」
――あああああああああああああああ、死ねぇぇぇぇ!!
目の前で自分のわからないだろう話を人の彼氏に振って、話題の中心になってこっちを向いてほくそ笑んでいた幼馴染の金髪の憎たらしい顔と声に、玄夜は胸中で怒声を叩きつけた。
(……ああああああ、思い出したらムカムカしてきた! 結局、こうやって俺は光羽のバカに踊らされて、蒼牙に突っかかっちまうんだ! 前作の時は出会ってもいねぇけど、今作は一緒に見て、一緒に続編楽しみにしてぇだけだったのに、クソがぁぁー! ――…はぁ。…ったく、何で俺はこうなっちまうんだろう。光羽みてぇな二重人格ぶりっ子バカヤローなら、映画前に彼氏怒らせたりしねぇのかな)
しねぇだろうな、と思う。
光羽は玄夜と対照的で、えげつないくらい相手によって態度をコロコロと器用に変える。
好かれたい相手には可愛く取り入り、どうでもいい相手には辛辣な毒を吐く。
二重人格みてぇでいけすかねぇ!――と思うと同時に。
その潔いまでの徹底したぶりっ子に、一周回って感心する時もあるし、ほんのたまにだが、羨ましく思ったりもする。
(…俺なんか、悪いと思ってても謝れねぇし、一緒に楽しみたいはずなのに険悪になっちまう。…本当、何でこうなるんだろう。こんなんじゃ、光羽に蒼牙取られちまうかもしれねぇのに。――俺も、光羽みてぇに可愛いタイプだったら、蒼牙にもっと素直な態度になれんのかなぁ)
言ってもしょうがないことが、脳裏をぐるぐると駆け回る。
そして、蒼牙にもちょっかいを出す光羽を思い出しては、本末転倒なことに蒼牙に突っかかってしまうのだ。
きっと。
長い付き合いで玄夜の性格を知り尽くしている光羽が、玄夜をおちょくって自滅させようと蒼牙にべたべたしているのだ――と、わかっている。
そこまで頭ではわかっているのに、まんまと策略にはまって蒼牙ともめてしまう自分が、玄夜は忌々しかった。
(…もめてぇわけじゃねぇんだ。こんなんしてたら、光羽の一人勝ちになっちまう! 断じて、このバカと一生一緒にいる気じゃねぇけど、光羽にとられるのは絶対阻止してぇ! あいつは蒼牙が好きだからとかじゃなくて、俺への嫌がらせで狙ってるだけだろうし!)
ふぅーっと、落ち着かせるために息を吐いた。
この場にいない光羽のおちょくりにのって、これ以上もめるなんて馬鹿げている。
玄夜はちらっと蒼牙に視線を走らせた。
そこにいるだけで男の色香が漂うような涼しげな顔立ちの蒼牙からは、もうすっかり尖った雰囲気が消えていた。
玄夜とケンカした直後であろうと。
ドリンクやポップコーンののったトレイを持っていようと。
当然のように、自分のスマホで二人分の入場QRコードを表示する準備を始めてくれている。
「……………」
きゅっと不機嫌そうに唇を結んだ後。
玄夜は蒼牙が持つトレイの前に手を差し出した。
「…それ貸せ。俺が持ってやるっ」
「ん? あぁ、ありがとな」
蒼牙は玄夜が差し出した手に、素直にトレイを渡した。
入場がすんで入場特典を受け取ると、今度は蒼牙がトレイに手を伸ばした。
「ありがとな。俺のだから寄越せよ。――はい、これ玄夜の分の入場特典。渡しておくぞ」
「あぁ」
トレイを返すと、入場特典を一つ手渡された。
お前の分、結局くんねぇのかよ――と思っていると、
「俺は別にこの映画のファンじゃねぇけど、玄夜と来た思い出に持っておくよ。続編あったらまた誘ってくれ。――つーかさぁ、途中でトイレ行っちまったら、また来ればよくね? もめる必要なくねぇか?」
「…金持ちの発想だな! お前、別に二回見たくねぇだろ!」
「見たいよ」
「は?」
「お前がそんだけ入れ込んでるもんなら、何度だって一緒に見るよ。紅清みてぇにガチファンじゃねぇのは悪ぃけど、恋人への愛なら負けてないと思ってるから。つーか、圧勝だから!」
「…っ!! …バーカ! んなこと真顔で言うなよ!」
顔を真っ赤にした玄夜の指先は、せっかくの入場特典を握りつぶしてしまいそうなほど照れて力が入ってしまった。
スマートに座席にエスコートされて座ると。
二人の席の真ん中に置かれたポップコーンを玄夜はつまんだ。
「…お前はもう来たくねぇと思ってたから、一回入魂の気分だったんだ。…もう一回来てもいいなら、最初からそう言えよ、バカ。…コーヒーとポップコーン半分くれ」
「ははは。いいよ、やるよ。トイレ行くなら言え。ついてってやるから」
「いらねぇよ! ついてくんな! つーか、見ててほしいわ!」
「もう一回来るなら別にいいじゃねぇか」
「……それもそうだな」
「まぁ、普通に腹冷やさないほうがいいらしいぞ。ほら、これかけとけ」
「わかった」
どんだけ準備してんだよ、こいつ。
と思ったが口にはせず、バックから取り出されたブランケットを玄夜は受け取った。
――そして。
周りをちらりと確認してから。
さりげなく二人の間の肘掛けまでブランケットで覆った。
「……ッ!!」
「いいだろ! いちいち驚くなよ!」
ブランケットの下からぎこちなく伸びてきた手が。
蒼牙の手を探し当て。
ぎゅっと。
甘えるように握りしめてきたのだ。
控えめで。
照れているけれど。
自分の物だと主張するように。
指先にまで力を込めて…。
「あぁ、もう、玄夜かわいい。たまらんっ! こんなんしてくれるなら、この映画のガチファンなるわ、俺」
「動機が不純で嫌だ!」
「いいじゃねぇか。不純でも」
「…ま、そうか。お前、金落とすタイプのファンだしな」
「落とすぜー。玄夜が可愛いことしてくれた記念に、物販めっちゃ買って帰るわ」
「ばーか、物販人気過ぎて品薄なんだよ。終わった頃には何もねぇって」
「じゃ、帰りに本屋行こうぜ。これ完結してんだろ? 全巻買って読むよ」
「…スピンオフも買えよ。面白いぞ」
「おう。任せろ。全部すぐ読む」
「ん。そうしろ」
館内の照明が落ちて、鑑賞中のマナー啓発動画が流れると。
蒼牙はブランケットの中から繋いでいる手を出して。
何をする気かと、玄夜が自分の方を見たのを確認してしてから。
その黒い瞳が見つめる先で、玄夜の手の甲に。
――ちゅっと。
触れるような。
捧げるようなキスをした。
(もうバカ! 浮かれすぎなんだよ!)
暗がりの中で真っ赤になった玄夜だったが。
恥ずかしくて衝動的に手を振り払いそうになったのを堪えて。
――応えるように。
ぎゅーっと力を込めて蒼牙の手を握りしめた。
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※サークル『擬人化色劇団』の作品は、色を擬人化した当サークル専属劇団員が演じている設定です。→詳細はサイトへ
【CAST】
表紙:学生社長役 海堂蒼牙(青)
裏表紙:大学生役 幹影玄夜(黒)
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