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第五章 この世のすべてを照らすもの
最後の祭り
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二度目の選定の儀を迎えた朝も、よく晴れていた。
前回同様、斉城学園にはいたるところに注連縄が張り巡らされている。敷地内は清浄な気で満たされていた。
桃子と春彦は早朝から登校し、それぞれの家の持ち場につくため離れ離れになっていた。
一度目の選定の儀を思い返すと懐かしい。あのときは、二人とも儀式の運営には一切関与していなかった。
けれども今は、素知らぬ顔などできない立場になっていた。
儀式の準備を手伝う最中、桃子は母――雪江の姿を見つけていた。雪江は来賓客用のパイプテントのもとで、車椅子に座っている。療養中ではあるものの、病院からの外出許可を得て儀式に参列するということは、叔父の誠一から知らされていた。さすがに仕事は何も割り振られていないようだ。
雪江は順調に回復しているそうだが、やはりまだ桃子のことは思い出していないらしい。悲しかったが、今はそれが一番雪江のためなのかもしれなかった。
儀式の準備は、一般の生徒や来賓客が学園に到着する時間までには間に合っていた。前回と同様、学園の校庭には、教師、生徒やその保護者、町の神社の代表者たち、そしてそれぞれの神社の氏子総代などが一同に介しており、あっという間に場は騒がしくなっていた。
桃子はずっと、祭壇が祀られた高台付近で準備を手伝っていたが、その作業もようやく一段落ついていた。誠一から、そろそろ一般の生徒列に加わるよう告げられ、校庭のグラウンドに降り立つ。
そこにはすでに、準備の手伝いを終えたであろう忍がいた。
「桃子、いよいよだな」
「うん……。でも、どんな結果になっても受け止めようと思ってるよ」
「そうか。お前、強くなったな」
「それは忍ちゃんもでしょう。みんな、強くなったよ」
桃子は噛みしめるように言った。
一度目の儀式のときとは、多くの状況が異なっていた。あのときの桃子は、ただ怯え、隠れることしかできなかった。しかし、今は違う。自分の意思で立ち向かおうと思えていた。
そして、間もなく前儀の一つ――雅楽奏上が始まろうとしていた。雅楽奏上は、東雲神社神職たちによるものだ。
高台には正装した神職たちが、それぞれ雅楽器を携え現れた。前回と一つ違う点は、その中に春彦が加わったことだった。
春彦が用意した雅楽器を見て、桃子はさらに驚く。春彦が演奏するつもりでいるのは、いつもの龍笛ではなく、彼の背丈以上の大きさをもつ箏だった。
奏者が各々の所定位置につき、膝を折る。春彦も自ら運んできた箏の前に、胡坐の姿勢で座していた。
辺りがしんと静まり返る。演奏が始まると、場の空気がひときわ厳かなものに変わった。
演奏は平調音取から入った。平調音取とは、雅楽の管弦合奏の始めに作法として行う小曲序奏――いわゆる音合わせだ。曲の調子や楽器の音調を整え、雰囲気を醸成する導入部分。順々に各楽器の音色が少しずつ合わさっていき、箏はその最後の締めくくりの、ほぼ独奏として奏でられた。とても美しい音色だった。
本来の曲が始まると、誰もがその清浄な音曲に心を奪われていた。特に、春彦の演奏は見事なものだった。
桃子は直感的に、あの箏が、皇彦の形見の品だということを悟った。音色には春彦の想いが乗せられているようで、胸が締め付けられた。
雅楽奏上が終了すると、盛大な拍手が沸き起こった。これが形式張っただけの拍手でないことは、感極まった人々の表情が証明していた。
東宮当主の隣に座っていた志津音が、静かに泣いている。彼女の心情を思えば無理もなかった。
東雲神社の神職たちが高台から退場しているあいだに、ほぼ同時進行で、参列者の眼前には同心円の大的が用意された。
次はお弓神事だ。
正装した西宮が現れると、たちまち女子生徒からの黄色い歓声が上がった。
しかし、今回は応援する側も浮かれるばかりではない。前回調子を崩した西宮が雪辱を果たせるよう、彼女たちも必死に声援を送っているのだ。
そして、表立って声を上げずとも、桃子も心中では同じ気持ちだった。
(西宮くん、がんばって。またいつもの強気なあなたを、どうか取り戻して)
しかし、桃子の願望とは裏腹に、今の西宮には少しも覇気が感じられなかった。表情は強張り、手足の動作もぎこちなく、明らかに緊張しているのがわかる。
介添えから弓と矢を受け取った西宮が、弓構えをとる。唇はきつく引き結ばれ、その横顔に余裕はなかった。前回の堂々とした立ち姿からは、ほど遠い。彼の緊張はすぐさま参列者にも伝わり、重苦しい空気に包まれた。
そんな中、最初の矢が放たれた。矢はギリギリのところで的から外れていた。二本目は、的の高さに届いてすらいない。三本目、四本目……と、ことごとく外し、中には耐えきれずにすすり泣く女子生徒もいた。西宮がさらに苦々しい顔つきになってくる。桃子も気の毒で、もう見ていられなかった。
それでも、ここで自分まで弱気になってしまえば、それこそ彼に失礼だ。桃子は、しっかりと彼を見据えた。
西宮は、以前「弓が引けなくなった」と悔しそうにこぼしていた。あのときからずっと、今の状態を引きずっていたのだとしたら、さぞ不安で苦しかっただろう。それでも彼は逃げずに、この的前に現れた。その勇気は何より称えられるべきものだった。
誰もが固唾を呑んで見守る中、最後の矢が放たれる。矢は的の中央を射抜いていた。とても美しい射形だった。
人々は一瞬呆けてから、そのあとは悲鳴のような大歓声を上げていた。桃子も手を叩いて飛び跳ね、大いに喜んだ。
ただ一人、この流れに苦言を呈したのが、桃子の隣にいた忍だった。
「まったく、西宮め。つくづく周りを振り回すはた迷惑なやつだ。もともとこの弓祓いは、最初の四本はわざと外すもの。あいつは今日、初めて正式な作法に乗っ取って神事を行ったに過ぎない。わざとらしく緊張した演技までして、ずいぶんと安っぽい復活劇を仕立てたものだ」
桃子は初めのうちはまさかと思ったが、言われてみれば、忍の言うとおりのような気がしてきた。現に、西宮は今ほっとしているというより、いたずらに成功した悪童のように笑っていた。今では嘘のように、晴れやかな顔をしている。
桃子も、まんまと騙されてしまった。
自分などが心配せずとも、西宮はとうに己自身で立ち直っていたのだ。もう彼に覇気がないとは思わなかった。西宮は、すっかりもとの明るい気質を取り戻していた。
続いて、祝詞奏上や奉幣などの儀礼が行われたが、桃子はそれらを見ることが叶わなかった。なぜなら、桃子自身も、今回は神事を奉納する立場にあったからだ。
「準備はいいか、桃子」
忍が問いかけてくる。
「うん、いつでも大丈夫」
「いい返事だ。それじゃあ、行こうか」
曲の前奏が開始して参入音声の笛の音が入ると、高台に二人の巫女がそそと現れる。南条と北条による神楽舞奉納だ。しかし、前回のものとは何もかもが異なっていた。
南条は本家の一人娘である桃子を、そして、北条は、巫女装束を身にまとった美しい男子――忍を、それぞれ舞台に立たせていた。
この二人の舞に目をとめない参列者は、ただの一人としていなかった。
忍は切った髪は短いままだが、それ以外は、女性として振る舞っていたときと変わらない様相で舞っていた。忍が男子であることは、今や学園だけでなく、町中の者たちに周知の事実である。会場は瞬く間にざわめきを帯びていた。
けれども、忍はそんなことなど少しも気にとめていない様子で、ただひたすら優美に舞っていた。桃子もそんな忍の舞に触発されるように、生き生きと舞った。二人の息はぴったりだった。
互いが互いに合わせようとする心がけが、ごく自然にできている。つがいの蝶が空中で絡み合うように、睦言を交わすように、舞の調子を合わせていく。そこに他者が入り込む余地は、ただの少しもない。
初めのうちは困惑していた参列者も、次第にこの舞に魅入られていく。二人の巫女が手にした神楽鈴が鳴るたびに、この地は清浄な気で満たされていった。
桃子は忍と舞えることが、心から楽しかった。彼の美しさと比較されることを恐れていた以前の自分は、なんと愚かで浅はかだったのか。そんな考えは、今では頭の片隅にも上らない。むしろ、彼の輝きをこの場で独り占めできることが、ただただ誇らしかった。
神に奉納する舞だというのに、桃子の中には我欲しか渦巻いていなかった。
このままずっと舞っていたいと夢想しながら、最後の拍子で身をひるがえす。そのとき、参列者から驚嘆の声が上がった。
辺り一面に雲海が広がる。足元は宙に浮いており、雲の隙間から、遥か遠くに地上の景色が垣間見えた。陽の光が降り注ぐ天上からは、無数の花びらが舞っている。
二人の巫女による、結びと幻術の、奇跡の合わせ技だった。
すぐにも神力は解かれたが、あまりに美しいものに触れ、人々はしばらく魂が抜けたように立ち尽くしていた。そして我に返ると、二人の巫女に、割れんばかりの盛大な拍手を送った。
ほんの一瞬だったが、人々は異層に誘われていた。「ひょっとすると、あれが天津神の住まう高天原では」と憶測が飛びかうほど、彼らは先ほどの霊験にすっかり心を奪われていた。
参列者たちの反応を受けて、桃子と忍は少なからず驚いていた。今回披露した神楽舞は、受け継がれてきた伝統や過去の前例に則していない部分も多く、非難を浴びるものと内心覚悟して実行に移していた。
特に、忍が男子だという事実は町中に周知されている。――にもかかわらず、その事情を押して、彼が巫女として再び舞うことを人々がどう捉えるか。正直不安はかなりあった。
それでも忍は誰よりも素晴らしい巫女だと、桃子は揺るぎなく信じていた。その想いに触発されて、忍はもう一度、北条の巫女として舞う決意を固めたのだ。
二人とも、ただひたすら無心に舞っていただけに過ぎず、人々がどんな反応を示すのかは、実のところ二の次になっていた。
もともと巫女舞は神に捧げるもので、参列者たちを喜ばせるためのものではない。――だとしても、やはり称賛を得られたことは素直に嬉しかった。
桃子と忍は互いに顔を見合わせたのちに、心からの笑みを交わした。
前回同様、斉城学園にはいたるところに注連縄が張り巡らされている。敷地内は清浄な気で満たされていた。
桃子と春彦は早朝から登校し、それぞれの家の持ち場につくため離れ離れになっていた。
一度目の選定の儀を思い返すと懐かしい。あのときは、二人とも儀式の運営には一切関与していなかった。
けれども今は、素知らぬ顔などできない立場になっていた。
儀式の準備を手伝う最中、桃子は母――雪江の姿を見つけていた。雪江は来賓客用のパイプテントのもとで、車椅子に座っている。療養中ではあるものの、病院からの外出許可を得て儀式に参列するということは、叔父の誠一から知らされていた。さすがに仕事は何も割り振られていないようだ。
雪江は順調に回復しているそうだが、やはりまだ桃子のことは思い出していないらしい。悲しかったが、今はそれが一番雪江のためなのかもしれなかった。
儀式の準備は、一般の生徒や来賓客が学園に到着する時間までには間に合っていた。前回と同様、学園の校庭には、教師、生徒やその保護者、町の神社の代表者たち、そしてそれぞれの神社の氏子総代などが一同に介しており、あっという間に場は騒がしくなっていた。
桃子はずっと、祭壇が祀られた高台付近で準備を手伝っていたが、その作業もようやく一段落ついていた。誠一から、そろそろ一般の生徒列に加わるよう告げられ、校庭のグラウンドに降り立つ。
そこにはすでに、準備の手伝いを終えたであろう忍がいた。
「桃子、いよいよだな」
「うん……。でも、どんな結果になっても受け止めようと思ってるよ」
「そうか。お前、強くなったな」
「それは忍ちゃんもでしょう。みんな、強くなったよ」
桃子は噛みしめるように言った。
一度目の儀式のときとは、多くの状況が異なっていた。あのときの桃子は、ただ怯え、隠れることしかできなかった。しかし、今は違う。自分の意思で立ち向かおうと思えていた。
そして、間もなく前儀の一つ――雅楽奏上が始まろうとしていた。雅楽奏上は、東雲神社神職たちによるものだ。
高台には正装した神職たちが、それぞれ雅楽器を携え現れた。前回と一つ違う点は、その中に春彦が加わったことだった。
春彦が用意した雅楽器を見て、桃子はさらに驚く。春彦が演奏するつもりでいるのは、いつもの龍笛ではなく、彼の背丈以上の大きさをもつ箏だった。
奏者が各々の所定位置につき、膝を折る。春彦も自ら運んできた箏の前に、胡坐の姿勢で座していた。
辺りがしんと静まり返る。演奏が始まると、場の空気がひときわ厳かなものに変わった。
演奏は平調音取から入った。平調音取とは、雅楽の管弦合奏の始めに作法として行う小曲序奏――いわゆる音合わせだ。曲の調子や楽器の音調を整え、雰囲気を醸成する導入部分。順々に各楽器の音色が少しずつ合わさっていき、箏はその最後の締めくくりの、ほぼ独奏として奏でられた。とても美しい音色だった。
本来の曲が始まると、誰もがその清浄な音曲に心を奪われていた。特に、春彦の演奏は見事なものだった。
桃子は直感的に、あの箏が、皇彦の形見の品だということを悟った。音色には春彦の想いが乗せられているようで、胸が締め付けられた。
雅楽奏上が終了すると、盛大な拍手が沸き起こった。これが形式張っただけの拍手でないことは、感極まった人々の表情が証明していた。
東宮当主の隣に座っていた志津音が、静かに泣いている。彼女の心情を思えば無理もなかった。
東雲神社の神職たちが高台から退場しているあいだに、ほぼ同時進行で、参列者の眼前には同心円の大的が用意された。
次はお弓神事だ。
正装した西宮が現れると、たちまち女子生徒からの黄色い歓声が上がった。
しかし、今回は応援する側も浮かれるばかりではない。前回調子を崩した西宮が雪辱を果たせるよう、彼女たちも必死に声援を送っているのだ。
そして、表立って声を上げずとも、桃子も心中では同じ気持ちだった。
(西宮くん、がんばって。またいつもの強気なあなたを、どうか取り戻して)
しかし、桃子の願望とは裏腹に、今の西宮には少しも覇気が感じられなかった。表情は強張り、手足の動作もぎこちなく、明らかに緊張しているのがわかる。
介添えから弓と矢を受け取った西宮が、弓構えをとる。唇はきつく引き結ばれ、その横顔に余裕はなかった。前回の堂々とした立ち姿からは、ほど遠い。彼の緊張はすぐさま参列者にも伝わり、重苦しい空気に包まれた。
そんな中、最初の矢が放たれた。矢はギリギリのところで的から外れていた。二本目は、的の高さに届いてすらいない。三本目、四本目……と、ことごとく外し、中には耐えきれずにすすり泣く女子生徒もいた。西宮がさらに苦々しい顔つきになってくる。桃子も気の毒で、もう見ていられなかった。
それでも、ここで自分まで弱気になってしまえば、それこそ彼に失礼だ。桃子は、しっかりと彼を見据えた。
西宮は、以前「弓が引けなくなった」と悔しそうにこぼしていた。あのときからずっと、今の状態を引きずっていたのだとしたら、さぞ不安で苦しかっただろう。それでも彼は逃げずに、この的前に現れた。その勇気は何より称えられるべきものだった。
誰もが固唾を呑んで見守る中、最後の矢が放たれる。矢は的の中央を射抜いていた。とても美しい射形だった。
人々は一瞬呆けてから、そのあとは悲鳴のような大歓声を上げていた。桃子も手を叩いて飛び跳ね、大いに喜んだ。
ただ一人、この流れに苦言を呈したのが、桃子の隣にいた忍だった。
「まったく、西宮め。つくづく周りを振り回すはた迷惑なやつだ。もともとこの弓祓いは、最初の四本はわざと外すもの。あいつは今日、初めて正式な作法に乗っ取って神事を行ったに過ぎない。わざとらしく緊張した演技までして、ずいぶんと安っぽい復活劇を仕立てたものだ」
桃子は初めのうちはまさかと思ったが、言われてみれば、忍の言うとおりのような気がしてきた。現に、西宮は今ほっとしているというより、いたずらに成功した悪童のように笑っていた。今では嘘のように、晴れやかな顔をしている。
桃子も、まんまと騙されてしまった。
自分などが心配せずとも、西宮はとうに己自身で立ち直っていたのだ。もう彼に覇気がないとは思わなかった。西宮は、すっかりもとの明るい気質を取り戻していた。
続いて、祝詞奏上や奉幣などの儀礼が行われたが、桃子はそれらを見ることが叶わなかった。なぜなら、桃子自身も、今回は神事を奉納する立場にあったからだ。
「準備はいいか、桃子」
忍が問いかけてくる。
「うん、いつでも大丈夫」
「いい返事だ。それじゃあ、行こうか」
曲の前奏が開始して参入音声の笛の音が入ると、高台に二人の巫女がそそと現れる。南条と北条による神楽舞奉納だ。しかし、前回のものとは何もかもが異なっていた。
南条は本家の一人娘である桃子を、そして、北条は、巫女装束を身にまとった美しい男子――忍を、それぞれ舞台に立たせていた。
この二人の舞に目をとめない参列者は、ただの一人としていなかった。
忍は切った髪は短いままだが、それ以外は、女性として振る舞っていたときと変わらない様相で舞っていた。忍が男子であることは、今や学園だけでなく、町中の者たちに周知の事実である。会場は瞬く間にざわめきを帯びていた。
けれども、忍はそんなことなど少しも気にとめていない様子で、ただひたすら優美に舞っていた。桃子もそんな忍の舞に触発されるように、生き生きと舞った。二人の息はぴったりだった。
互いが互いに合わせようとする心がけが、ごく自然にできている。つがいの蝶が空中で絡み合うように、睦言を交わすように、舞の調子を合わせていく。そこに他者が入り込む余地は、ただの少しもない。
初めのうちは困惑していた参列者も、次第にこの舞に魅入られていく。二人の巫女が手にした神楽鈴が鳴るたびに、この地は清浄な気で満たされていった。
桃子は忍と舞えることが、心から楽しかった。彼の美しさと比較されることを恐れていた以前の自分は、なんと愚かで浅はかだったのか。そんな考えは、今では頭の片隅にも上らない。むしろ、彼の輝きをこの場で独り占めできることが、ただただ誇らしかった。
神に奉納する舞だというのに、桃子の中には我欲しか渦巻いていなかった。
このままずっと舞っていたいと夢想しながら、最後の拍子で身をひるがえす。そのとき、参列者から驚嘆の声が上がった。
辺り一面に雲海が広がる。足元は宙に浮いており、雲の隙間から、遥か遠くに地上の景色が垣間見えた。陽の光が降り注ぐ天上からは、無数の花びらが舞っている。
二人の巫女による、結びと幻術の、奇跡の合わせ技だった。
すぐにも神力は解かれたが、あまりに美しいものに触れ、人々はしばらく魂が抜けたように立ち尽くしていた。そして我に返ると、二人の巫女に、割れんばかりの盛大な拍手を送った。
ほんの一瞬だったが、人々は異層に誘われていた。「ひょっとすると、あれが天津神の住まう高天原では」と憶測が飛びかうほど、彼らは先ほどの霊験にすっかり心を奪われていた。
参列者たちの反応を受けて、桃子と忍は少なからず驚いていた。今回披露した神楽舞は、受け継がれてきた伝統や過去の前例に則していない部分も多く、非難を浴びるものと内心覚悟して実行に移していた。
特に、忍が男子だという事実は町中に周知されている。――にもかかわらず、その事情を押して、彼が巫女として再び舞うことを人々がどう捉えるか。正直不安はかなりあった。
それでも忍は誰よりも素晴らしい巫女だと、桃子は揺るぎなく信じていた。その想いに触発されて、忍はもう一度、北条の巫女として舞う決意を固めたのだ。
二人とも、ただひたすら無心に舞っていただけに過ぎず、人々がどんな反応を示すのかは、実のところ二の次になっていた。
もともと巫女舞は神に捧げるもので、参列者たちを喜ばせるためのものではない。――だとしても、やはり称賛を得られたことは素直に嬉しかった。
桃子と忍は互いに顔を見合わせたのちに、心からの笑みを交わした。
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